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STIGMA  作者: キタガワ
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6/15

酒場1

「今日は壊さないでくださいよ」


 挨拶より先に店主が言った。アルベルトは店の入口で足を止め、扉に打ちつけられた新しい板を見た。窓の方にも板が当てられている。昨日はあれほど日当たりが良くなったのに、今朝は元より暗い。


「日当たりが悪いんじゃないか」

「昨日はちょっと良くなり過ぎましたよ」

「良いじゃないか、テラス席になる」

「勘弁してくださいよ」


 店主は肩を竦めた。


「捕まえた人はどうなりました?」

「治安局が預かっている。店の被害については、昨日来た連中に伝えてくれ」

「もう伝えましたよ。その場で直してくれるならなお良いんですけどね」


 マルコムの件は、昨夜のうちに報告をまとめたので、アルベルトの手からは離れている。


「もう来ないでくれって言っといてくださいよ」


 マルコムのことだろう。


「治安局の連中に言ってくれ」

「役人の方はお忙しいですねえ。私のような小市民には割く時間が無いとおっしゃる」


 店主は恨めしそうにアルベルトに言った。一般の犯罪は治安局が調べる。だが、聖痕が関わる事件では監察局にも捜査権限があり、身柄や検分を押さえた側だけで全て済ませるわけにはいかない。


 互いに調書の照会や追加の確認を求めることになるが、それがすんなり通るとは限らなかった。むしろ揉めることの方が多い。オリヴァーは昔、治安局にいたそうだが、それが関係改善につながっているわけではないらしい。


 むしろ何かやらかしたんじゃないですか、とイングリッドに問うたときには、オリヴァー自身は笑っていた。逆に関係が悪化したという可能性も否定できない。


「昨日言っていた、その日に働いていた者は来ているか」

「奥にいますけど。今声かけますんで少し待っててください」


 店主は布巾を置き、厨房の方へ声を掛けた。ほどなく、袖をまくった女が出てきた。片手にはまだ水滴がついていて、前掛けの端で拭きながらこちらを見る。


 簡単な質問から始めた。その日はやはり一人だったらしい。

 

「酒以外には何か頼んだか」

「いいえ、何も。食べるなら何か持っていこうかって聞いたんですけど、いらないと」


 食事をするためではない。一杯を飲むためだけに来た可能性はあるし、誰かを待っていた可能性もある。今のところどちらともつかない。


 アルベルトが滞在時間を聞くと、女はまた少し考えた。長居していた印象はない、ただし、いつ席が空いたかまでは分からないという。


「私がいない間にお勘定したんだと思います」

「ああ、俺が受け取ったよ」と店主が口を挟んだ。


 アルベルトは頷いたが、知りたい部分は曖昧なままだった。これが普通の聞き込みである。誰も殺される予定で酒を飲みに来るわけではないし、店の人間も後で証言するつもりで働いてはいない。


「仕事に不満はあったみたいですけどね」と女が言った。

「その晩の話か」

「いえ、もっと前でしたね。役所を離れたって、世話したやつの機嫌を取るなら同じだ、みたいなことをね。まあただの愚痴だと思うけど、その日は酔ってたのか声が大きくてね」

「人が少なかったんだろうよ」と店主がまた投げやりに言って窓を見た。


 誰と話していたかも、女は覚えていなかった。配置を決める役所への不満か、別の仕事を世話した者との揉め事か。アルベルトは、詳細不明、と添えて記録した。


 窓を塞いだ板を見ていたニコルが振り返った。目を細め、板の隙間から入る光を避ける。明るい場所で見ると、まつ毛の影がほんの少し、頬に落ちていた。


「役所を離れた、と言ったのですか」

「確か、そんなことを言いましたけど。別の人から仕事を貰ってる、みたいな話だったかしらね」


 そこで店主が口を挟んだ。


「仲介をしている女のことか?」

「そうそう」

「ああ、なんて呼ばれてたかな……」


 仲介屋。女。確か別件に関わる資料の中に名前があったはずだ。確かクレマンス――。


「クレマンス・ルロワか」

「そう、それです。知り合いですか?」

「いや。あんたたちが知ってるのと変わらん。仲介屋だな?」


 仕事を探す者と、人手を探す者をつなぐのが仲介屋だ。ただし真っ当な斡旋所に行けば済む話ばかりを扱っているわけではない。名前を出したがらない依頼主や、素性を詳しく聞かれたくない働き手の間にも入る。


 監察局へ持ち込まれる揉め事でも、そういう仲介屋の名前は時折出る。クレマンスもその一人で、ルッソファミリーの一員との噂だった。この街では主に二つのファミリーが鎬を削っている。ルッソとビアンキーニである。


 彼らは、配置先から逃げた聖痕者にも声を掛ける。内部で働かせることもあれば、街の外へ逃がす代わりに、仕事を引き受けさせることもある。同じ者を両方が欲しがり、仲介屋が間に入ることもあった。


 店主がまた瓶を拭き始めると、女の方が何か思い出したように口を開いた。


「昨日暴れた人とも、喋ってたことはあるんじゃないですか。あの人もここではよく人と話してたし」

「実際に見たのか?」

「……そう言われると。二人とも見かけるから、そう思っただけかしらねえ」


 マルコムなら、そういう口から仕事を貰っていてもおかしくない。だからといって、今の返事を二人の取引の証言として扱うわけにはいかない。昨日の騒動までクレマンスへ結びつけるのは、まだ早い。しかし、リストの中の一人に過ぎなかったが、ここでつながるとは。


 礼を言って店を出たあと、近くの店でも情報を集めて、ようやく聞き込みに区切りがついた。


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