襲撃2
監察局へ戻ると、イングリッドが二人の姿を見て立ち上がった。
「連絡が入ったわ。何があったの?」
「脅迫だ。三人組だった。その場で対応したが取り押さえることはできなかった。治安局には現場で話した」
彼女はアルベルトの話が終わる前に、ニコルの方へ回ってきた。
「ニコル、怪我はない?」
「ありません。アルベルトが守ってくださいました」
「座って。何か飲む? 温かいの淹れようか? お茶でいいよね、あんた砂糖とミルクは?」
こちらが何か答える前にイングリッドは続けた。ニコルが微笑んで「砂糖は少な目で」と言うと、どこかに消えて、また戻って来た。
イングリッドは何か確かめるようにニコルの二の腕辺りを揉んでから「突っ立ってないで座りなさい」と言って椅子に座らせた。
アルベルトは立ったまま、襲われた場所を説明していた。
「すぐ書けるか」とアルベルトが尋ねた。
「調書ですか」
「正式なものじゃなくて良い。覚えているうちに特徴をまとめたい」
そこでイングリッドが口を挟む。
「あんたね、ニコルはあんたとは違うんだから。まだ新人だし、喧嘩なんてできっこないんだから、ちょっとは休ませてあげなさいよ」
そこまで子ども扱いしなくてもよいと思う。イングリッドはブランケットでニコルを包んだ。別に寒くはない。
「ご心配をおかけしました。でも大丈夫です」
「ほんと?」
「はい」
イングリッドは渋々、支局長を呼んでくると言った。
最初にこちらへ声を掛けた男の言葉は覚えていた。相手が何を知りたがっているのかを考えながら聞いていたからだ。だがその後は曖昧だった。普段ならわりと何でも覚えているのだが。物覚えは良い方だ。
「全部でなくていい。飛ばしておけ」
手が止まったのを見て、アルベルトが言った。
「忘れたつもりはなかったのですが」
「俺も、あいつらの顔を全員並べて描けと言われたら困る」
顔ならニコルにも描けなかった。絵心は皆無である。酷いと言っても良い。
オリヴァーは、イングリッドと一緒に来た。二人の顔を見てから、アルベルトに話すよう促すと、アルベルトが手短に事の成り行きを説明した。過不足ない説明だった。
「追わなかったのは良い判断だったな。根拠は」
「ニコルを一人にできません。さらに、待ち伏せされているケースもあり得たかと」
「それでいい。治安局から、こちらへ人は来るか」
「担当に伝えると言っていました」
オリヴァーは頷き、ニコルにも紙を見せるよう言った。彼女の記録を読む時は、アルベルトの話を聞いていた時より長く黙っていた。
「クレマンスの件に首を突っ込むな。そう言ったんだな」
「はい。こちらが何を聞いたかも、答えさせようとしていました」
「今日の調査中に何か掴んだか? 心当たりは」
「ありません。クレマンスの関係先なら、どちらのファミリーも考えられますが」
「当然名乗ってはいないんだろう」
「ええ。誰に頼まれたとも。ただ、素人ではなさそうでした」
オリヴァーは書きかけの紙を返した。
「ニコルは、明日からしばらく内勤にする」
返された紙を見た後でニコルは顔を上げた。なぜですか、と聞こうとしたが、聞かずとも理由は分かった。
「イングリッドについて、届出と照会を覚えてくれ。もともと、そちらも教える予定だった」
「現場の反応は私しか見れません」
「必要ならよそから呼ぶ。今は、お前たちを狙っている者がいる。アルベルト一人で守れるとは限らん」
「今日は、何ともありませんでした」
「次も同じ規模とは限らん。言うことを聞け」
ニコルは彼を見た。アルベルトは紙に何か書き足していたが、顔を上げた。
「わかりました」
「アルベルトは、一人で出るのですか」
「仕事による。誰と行くにせよ、しばらく夜道には気を付けるさ」
「私がいる方が、難しくなるのですね」
アルベルトは、返事をする前に眉を寄せた。
「そういう言い方をするな。うちの局は安全第一がモットーなんだ」
「分かりました。ではイングリッドさん、よろしくお願いします」
イングリッドが頷いた。慰めるようなことは言わず、今書いている報告も、後で一緒に確認しようと言った。オリヴァーはアルベルトへ向き直った。
「で、クレマンスの件だが、今回は聖痕反応がないんだな」
「ニコルが調べた範囲では、ありません。治安局の連中もそう言っていました」
「本人も聖痕者ではないな。最初の二件と、実行した者が違うことも考えておけ」
「傷は似ています」
「それだけで一人の犯行と決めるな。クレマンスには裏の付き合いが多い。今回脅してきた連中も、何か別に探られたくないことがあるのかもしれん」
ニコルは三人の言葉を読み返した。殺したとは一度も言っていない。こちらも、あの場でそう尋ねる余裕はなかった。
「同じ傷をつけられる者は、引き続き調べます」
「ああ。元の狩猟協会員で、追跡が続いている者もいる。現在の名簿だけで済ませるな。協会を離れてからでもつながりがあるかもしれん。厄介なのは、抜けたやつらだな」
「俺も今日の連中がマフィア関係者なら、それを考えていました」
「面倒なことになったかもしれん。引き続き気を引き締めて捜査に当たってくれ、アルベルト」
「はい」
オリヴァーは厳しい顔つきのまま、次に何かあればすぐ知らせるよう言い、部屋を出ていった。
アルベルトは翌日の面談先をイングリッドに伝えた。
「私は、何時からですか」
「いつもと同じ。机もそこ。別の部屋へ移るわけじゃないんだから」
「用意するものは」
「今使ってるもので足りる。明日の朝、書類を持ってくるわ」
窓の外はすっかり暗くなっていた。ニコルは男の言葉を書き終え、アルベルトの記録を見せてもらった。
彼の方には、男が道を塞いだ順番と、障壁を出した場所があった。ニコルが見ていなかった後ろの男の動きも記されている。二人の紙を並べると、自分がどこを見ていたかがよく分かった。
残りは目を瞑っていたか、アルベルトの背中を見ていた。




