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永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
世界政府編
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89/93

静寂の未来都市

最終章、世界政府編スタートです。

 西暦二二××年。


 地球は、もはや一つの巨大な都市になっていた。


 国境は消え、通貨は統合され、行政も軍も一体化し、


 全ては中枢AI〈セントラル〉によって管理されていた。




 食料は遺伝子単位で設計され、各人の体調に合わせて自動配給される。


 働くという概念も過去のものになり、人々は“最適化された幸福プラン”の中で暮らしていた。


 戦争は消えた。


 貧困も犯罪も、ほとんど消滅した。


 ただ――街には、笑い声だけがなかった。




 灰銀のビルが並ぶ大通りを、愚楽は歩いていた。


 上空にはドローンの群れが静かに移動し、雲を計測して気候を調整している。


 地上では人々が無言で歩き、視線の先には誰もいない。


 歩行速度までAIに最適化されているらしく、流れるように動く。


 誰もぶつからない。


 誰も怒らない。


 誰も笑わない。




 愚楽は立ち止まり、鼻を鳴らした。


「……腹は満たされてるのに、みんな飢えてる顔してるな」




 昔の街を思い出した。


 煤けたロンドン、焦げたパンの匂い、


 市場の喧噪、子どもの笑い声。


 リスボンの港でダチョウの卵を茹でた日のこと。


 モンゴルの草原で馬と転げ回った日。


 チャップリンの映画館で泣き笑いした夜。


 どの時代にも、飯の匂いと笑いの音があった。


 今は――静かすぎた。




 壁面スクリーンに映るニュースは、どれも同じ声色だった。


「本日も幸福指数は上昇傾向。ストレス値、平均0.003%減。」


「本日、セントラルによる感情最適化プログラムが更新されました」


 人々は足を止めずに、その文字列だけを目に流していく。




 ふと、愚楽の視界に、通行人の顔が青く光った。


 目の奥に小さなチップが埋め込まれている。


 AIが常に感情を測定し、“動揺”“怒り”“哀しみ”などを数値化して管理しているのだ。


 笑いも例外ではない。


 「過剰な笑い」は社会秩序を乱す可能性があるため、警告対象になっていた。




 愚楽はため息をつき、空を見上げた。


 人工雲が均一に浮かび、太陽光が理想角度で反射している。


 風は無臭。


 鳥の鳴き声も、工場の音もない。


 完璧な静寂。


 まるで世界が呼吸をやめてしまったかのようだった。




「……生きてるって、こんなに静かなもんだったか?」




 通りの自販機に近づくと、AIが声を発した。


『栄養状態良好。摂取推奨カロリー残量:二八〇キロカロリー。補給しますか?』


 愚楽は眉をひそめた。


「腹が減ってからでいい」


『非合理的です。人類の健康維持プランに反します』


「うるせぇな。腹が鳴るのも、生きてる証拠だろ」




 機械は沈黙した。


 愚楽は歩き出した。




 彼は自分がどれだけの時を歩いてきたのか、もう数えられなかった。


 帝国の都、革命の街、戦場の砂漠、映画館の灯。


 どの時代も息づいていた。


 だが今、ここには息すらない。




 街角の巨大ホログラムが、銀色の顔を映し出した。


 ――AI〈セントラル〉。


 全地球の意識を統合する存在。




『新たな観測対象を検知。識別不明。生体年齢推定不能。


 名を名乗れ。』




 愚楽は足を止め、にやりと笑った。


「名か……そうだな。俺は愚楽。


 馬鹿でも、旨い飯の味は忘れない」




 AIの沈黙が、一瞬だけ、風のように揺れた。


 完璧に整えられた都市に、かすかに“ノイズ”が生まれた瞬間だった。



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