賢者たちと会う
愚楽は白い部屋にいた。
壁も床も天井も、無機質な白に覆われ、温度もにおいもなかった。
それは牢でも部屋でもない。
“完全な中立空間”――そうAIが定義した場所だった。
正面の壁が音もなく開き、数人の男女が入ってきた。
みな銀灰色の衣をまとい、顔には感情の影がない。
彼らこそ世界政府の中枢機関〈理性評議会〉。
知識と統計、論理のすべてを司る者たちだった。
「不老不死の存在、愚楽――あなたの記録が確認されました」
中央に座る女性議長が口を開く。
「複数の時代、国家、文明において目撃証言があります。
小蓮商会の家系記録にも、あなたの名が残っています。
数百年、外見も変化せず、病も老いもない。
――あなたはいったい何者ですか?」
愚楽は頭をかきながら笑った。
「何者って言われてもな。腹の減る生き物だよ」
議長は表情を動かさずにデータをめくる。
「あなたは学者でもなく、発明家でもなく、思想家でもない。
それでいて、何世紀も生き延びている。
我々は知りたいのです――あなたが何を得てきたのか」
「何を得たか?」
愚楽は少し考えたふりをした。
「うーん……腹の減り方のコツと、笑い方の種類だな」
静寂。
評議会の空気が一瞬、止まった。
議長の隣の男性がデータを再確認しながら呟く。
「質問の意味を理解していないようだ」
「認知構造に欠陥があるのかもしれません」
「いや、過去文明の精神的退行現象では?」
議論が飛び交う。愚楽はあくびをした。
「おいおい、欠陥じゃねぇよ。
みんな腹の減り方が違う。笑い方も違う。
それを見てきたら、退屈なんてしてる暇がなくなるんだ」
評議員の一人が不満げに眉をひそめた。
「あなたは“学習”をしていない。
同じ行動を繰り返し、同じ過ちを繰り返している。
それで永遠をどう生きるというのですか?」
「どうって?」
愚楽は首をかしげた。
「生きるのに理由なんか要るのか?
腹が減るから食って、面白ぇことがあったら笑う。
それでけっこう長く生きられるもんだぞ」
議長は静かに言った。
「あなたは非論理的です。
しかし――興味深い。
我々が追い求めてきた“永続する心の仕組み”を、
あなたは無意識のうちに体現しているのかもしれません」
「難しく言うなよ。馬鹿は長持ちする、それだけだ」
「馬鹿、とは?」
「気にしねぇ奴のことさ。
正しいかどうかより、楽しいかどうかで動く。
だからすぐ笑えるし、すぐ腹も減る。
その分、心が腐らねぇんだ」
評議員たちは互いに視線を交わした。
彼らには理解できなかった。
知識はあっても、感情の言葉が欠落していた。
議長が最後の質問を投げる。
「あなたは何世紀も見てきた。
戦争も革命も、AIの誕生も。
その果てに、今の世界をどう思いますか?」
愚楽はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくり笑った。
「よくできてる。
でもな、整いすぎてる。
腹は満ちてるのに、心が痩せてる顔ばっかりだ」
議長の瞳が微かに揺れた。
沈黙が数秒、続いた。
そのとき、部屋の上方にある光球がふっと明滅した。
白い光が収束し、無機質な声が響く。
『識別:AIセントラル。
愚楽――あなたに質問があります。
あなたは、なぜ退屈しないのですか?』
愚楽は天井を見上げて笑った。
「そりゃあ簡単だ。
退屈してる暇があったら、笑ってりゃいい。
笑いってのは、心の腹ごしらえだ」
部屋に静かなざわめきが広がる。
AIは何も答えなかった。
ただ、記録装置の奥で、かすかな“ノイズ”が生まれた。
それは、この完璧な世界で、初めての――笑いの気配だった。




