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永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
始皇帝編
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笑いの広がる道

 始皇帝の巡幸は、大規模な行列となって各地を進んだ。兵士が前を固め、廷臣が列を整え、御車が中央を進む。その後ろに、従者の一人としてちょこまかと走り回る姿があった。




「ひぃ、腹が減って足がもつれる……」


 息を切らす愚楽の姿は、重々しい隊列の中であまりにも場違いだった。




 ある村に入ったとき、村人たちが道端に集まり、手を合わせて頭を下げた。帝の御車が通ると、誰もが沈黙し、ただ地面に額をこすりつけるばかり。空気は重く、誰も笑わなかった。




 だが愚楽が列の端でよろめき、転んで泥に顔を突っ込んだ。


「ぶへぇっ!」


 泥まみれで顔を上げると、鼻の穴に草が刺さってぴょこんと揺れている。




 子どもが思わず吹き出した。


「ははは! 鼻に草!」


 その笑い声につられて、大人たちも顔を上げた。




 兵士たちが睨みつけたが、始皇帝は御車の中で腹を抱えて笑った。


「よい、よい! 笑うがよい。余も笑っておる!」




 それからというもの、愚楽は村に着くたびに自然と人々に囲まれるようになった。


 ある村では、農民が愚楽に粟の団子を差し出した。


「陛下の従者様に食べてもらえるなんて光栄です」


「うわっ、本当に? うめぇ! ……あ、でも陛下には黙っといてくださいよ」


 その飾らぬ様子に村人たちは笑い、声を潜めて「愚楽様、愚楽様」と囁いた。




 別の町では、市場の女たちが愚楽の物真似を始めた。


「粟三千石、大安売り!」


「布二千反、三反買えば一反おまけ!」


 あの御前会議での即興が庶民の口の端に上り、いつのまにか流行り言葉になっていたのだ。


「愚楽の売り声だ!」


「俺もやってみる!」


 人々は笑い合い、兵士たちもこっそり真似していた。




 李仲をはじめ廷臣の多くは眉をひそめた。


「従者ごときが民に名を知られるとは……」


「宮廷の権威が揺らぎますぞ」


 だが始皇帝は涼しい顔で杯を傾けた。


「権威は笑いでは揺らがぬ。むしろ強まる。民が余を恐れるばかりでは、天下は固まらぬ。笑いの中に、信もまた生まれるのだ」




 愚楽はそんな帝の言葉を理解してはいなかった。ただ、食い意地と調子の良さで人々に受け入れられ、笑いを呼んでいるだけだった。


 だがそれが結果として、民の心をほぐし、始皇帝の威を一層確かなものにしていたのである。




 夜、野営の火のそばで愚楽は粟団子をほおばり、満足げに腹をさすった。


「いやぁ、笑いって飯よりうまいな。……いや、やっぱ飯の方がうまいか」


 その言葉に周りの兵士たちはどっと笑い、酒を注ぎ合った。




 こうして「愚楽」という名は、宮廷の内だけでなく、民の間にも広がり始めた。笑いは波紋のように広がり、帝国の重苦しい空気に、ささやかな光を差し込んでいったのであった。



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