機械は笑わぬ
工場の門をくぐった瞬間、愚楽は耳を塞いだ。
巨大な織機が並び、ガシャーン、ガシャーンと金属の歯車が噛み合う音が、まるで雷鳴のように轟き渡っている。煙突から吐き出された煤の匂いと、綿埃で白く霞む空気が、工場の内部を満たしていた。
「なんだここは……祭りか? いや、獅子舞が百匹いるみたいだ!」
労働者の一人が苦笑して、「祭りなら酒の匂いがする」と返した。若い女工たちは、糸車に向かいながらも愚楽の大げさな仕草に小さく笑った。
愚楽は織機の前に立ち、目を丸くした。布が休む間もなく吐き出されていく。青や赤の反物が川のように流れ出すさまは、まさに機械仕掛けの魔法だった。
「おいおい! こんなに布を作ってどうするんだ?」
愚楽は大声で叫んだ。
「まさか、この国の人間はみんな裸で暮らしてるのか? だから布を山ほどこしらえるのか?」
周囲の労働者たちは噴き出した。疲れ切った顔に笑みが広がる。監督役の男は「馬鹿なことを」と眉をひそめたが、誰も止められない。
愚楽はさらに織機を覗き込み、轟音に負けじと叫んだ。
「見ろよ! こいつら、働き続けるが一度も笑わねえ! 俺なんざ飯を食ったら笑って寝るのに!」
女工たちが手を止めそうになり、慌てて糸を戻しながら肩を揺らして笑った。
「機械は働くが、笑わん。笑うのは人間の役目だ!」
その一言に、誰もが一瞬黙り込み、次の瞬間に笑いの渦が広がった。機械の轟音の中で、笑い声だけが生き生きと響いた。
見学に来ていた紳士階級の男が、不快そうに杖を鳴らした。
「下らん! 労働は富を生むのだ。笑いなど腹の足しにはならん!」
すると愚楽はくるりと振り返り、真顔で言い放った。
「じゃあ聞くがな。パンを作る機械より、パンを分ける馬鹿がいれば十分じゃないか?」
その場にいた人々は、ぽかんと口を開けた。紳士は顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。だが労働者たちの間から「確かに」「そうだな」という声が漏れた。
愚楽は両手を広げ、大げさに胸を張った。
「俺は馬鹿だから、難しいことはわからん。ただな、布やパンや金は腹を膨らますためのもんだろう? それ以上のことなんてあるのか?」
笑い声と拍手が広がる。労働者たちは束の間、機械の轟音を忘れた。
工場を出るとき、女工の一人が愚楽に声をかけた。
「兄ちゃん、あんたの言葉は馬鹿みたいだけど……心に残るよ」
愚楽は照れくさそうに頭を掻き、ポケットからパンの欠片を取り出して差し出した。
「ほら、腹が減ったらこれを食え。笑って食えば、もっと旨いぞ」
夕暮れの煙突が赤く染まるなか、愚楽の笑い声は煤けた街に響き渡った。




