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永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
産業革命とヴィクトリア時代編
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上流階級の晩餐と愚楽のほら話

 煤煙に覆われた工場の街とは別世界のように、上流階級の館には明るいシャンデリアが輝いていた。晩餐の席に並ぶのは、金色に輝く燭台、銀の食器、そして宝石のような料理の数々。ローストビーフに仔羊のグリル、黄金色のパイ、砂糖細工の菓子塔――どれもこれも労働者の食卓では想像もできない品ばかりだ。




 そこに「グラク五世」と名乗る愚楽が、なぜか紛れ込んでいた。小蓮商会ロンドン支店の縁で「異国の道化」として招かれたのである。貴族たちは珍妙な東洋風の顔立ちに興味を示しつつ、半ば冷ややかに眺めていた。




「さあ、我らの食卓を愉快にしてみよ」


 侯爵の一人がワインを掲げ、挑むように言った。




 愚楽は胸を張って、テーブルの中央に置かれた七面鳥の丸焼きを見つめると、にやりと笑った。


「おお、七面鳥か! こいつには懐かしい味がするぞ!」




 貴族たちは顔を見合わせる。異国の田舎者が七面鳥を知っているとは、と。




「昔な、俺は海を越えて西の果てに渡った。そこで赤い羽根飾りの男たちと一緒に食ったのだ!」


 愚楽は両手を広げてみせた。


「彼らは“インディアン”と呼ばれていたな。彼らと一緒に焚き火を囲み、靴底よりも固い肉を食べて、最後に七面鳥を焼いた! あれは旨かった……歯が欠けそうだったがな!」




 場に笑いが起きた。貴族たちは「まさか」と首を振りながらも、その妙に臨場感ある口調に引き込まれる。




「ほら話を……」と伯爵夫人が扇で口元を隠す。


「いや、待て。確かに七面鳥はアメリカから来たのだ」と学識ある紳士が目を丸くする。




 愚楽はさらに得意気に、砂糖細工の塔を指差した。


「その菓子の城も見覚えがあるぞ。東の果て、長安の宴席では砂糖の細工で龍を作って食ったことがある。あれは崩すのがもったいなくてな、俺は泣きながら龍の尻尾をかじったものだ!」




 またも爆笑が起きる。子供のように素朴な語り口、だがどこか真実味がある。貴族たちは半信半疑ながら、その異様な滑稽さに惹かれていった。




 ワインを傾けながら、侯爵が問いかけた。


「では、ローストビーフについてはどんな思い出が?」




「ローストビーフか! あれなら砂漠の真ん中で食ったことがある!」


愚楽は胸を叩いて語る。


「羊を丸ごと焼いたんだ。塩がなくて、砂をまぶしたらしょっぱくなってな! あれも旨かったぞ!」




 爆笑と同時に「いやいや!」とツッコミが飛ぶ。だが、愚楽は真顔のまま自信満々に語り続けるので、笑いはさらに広がった。




 晩餐の空気はすっかり変わっていた。最初は冷ややかに見ていた貴族たちも、彼の“馬鹿げた壮大な放浪談”に引き込まれ、次々に料理と愚楽のほら話を結びつけては楽しんだ。




「道化にしては口が達者だ」


「馬鹿馬鹿しいが、奇妙に心が弾む」


「世界を食べ歩いた者だけが言える戯言かもしれぬな」




 ヴィクトリア時代の英国の食卓に、突如として“歴史の影を歩む馬鹿”が舞い降りたのである。




 最後に愚楽は皿を抱えながら言った。


「結局どこで食っても、旨いものは旨い! 王の城でも、砂漠でも、港町でもな!」




 その一言に、貴族たちの笑い声が響き渡った。豪華絢爛な館に似つかわしくない、けれども妙に胸に残る“馬鹿の真理”だった。



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