グラク三世、断頭台の影を見上げる
パリの街はざわめきに満ちていた。
ヴェルサイユから押し寄せた群衆が「パンを! 自由を!」と叫び、王と王妃を首都へ連れ戻したのだ。
民衆の手には農具や槍が握られ、女たちは鍋や杓文字を打ち鳴らして行進した。
それはもはや宮廷の豪華な舞踏会とは別の世界だった。
甘美な砂糖菓子の塔は消え、黒く硬いパンひとつのために命を賭ける時代が始まろうとしていた。
ヴェルサイユの道化――“グラク三世”もまた、混乱の波に巻き込まれていた。
人々は彼を見て驚き、「道化だ! 王の馬鹿だ!」と指を差したが、次の瞬間、笑い声をあげた。
「こいつの顔は三代続けて同じだ! まるで永遠の馬鹿だな!」
グラクは胸を張って答えた。
「そうだ! 俺は馬鹿だが、旨い飯の味は忘れん! だからこそ言う――パンをよこせ!」
その声は、民衆の叫びと奇妙に重なった。
やがて、パリの広場に“新しい正義”の象徴が築かれた。
ギロチン――断頭台である。
木組みの台の上、滑るように落ちる刃。血が石畳を染めるたびに、人々は「自由万歳!」と叫び、喝采を送った。
その場に立ち尽くしたグラク三世は、頭を掻きながら空を見上げた。
「なんだか……大きな鍋の蓋みたいだな。あれじゃスープじゃなくて、人の首が煮えてしまうじゃないか」
民衆の何人かは吹き出した。だが、別の者は顔を強ばらせた。
「笑っていいのか……? いや、でも確かにそうだ」
笑いは、恐怖の中に小さな裂け目を作った。
数日後、宮廷の廃墟のようになった一室で、グラクは王妃の影を遠くに見た。豪奢な衣装も、宝石の輝きも、すでに光を失っていた。
かつての饗宴の笑い声はなく、残るのは不安とざわめきだけ。
外ではまた断頭台の刃が落ちる音が響いていた。
グラクはつぶやいた。
「笑いは死ぬかもしれない……だが馬鹿は死なない。馬鹿はまた、次の世でも笑うんだ」
そう言って彼は、民衆の群れの中に消えていった。
“グラク三世”の名は革命の嵐の中で溶けていったが、馬鹿の影は次の時代へと受け継がれていくのであった。




