グラク三世、カフェで思想家と論戦
ルイ16世の時代になった。
グラク三世を名乗った愚楽は道化の一族ということで受け入れられた。
ヴェルサイユの豪奢に飽きたグラク三世は、ある晩、密かに王都パリへと抜け出した。
馬車を降りた街の石畳は泥にまみれ、夜更けまで人々の声が響いている。
その一角に、人々が群れ集う新しい場所があった――カフェである。
燭台に照らされた店内は煙草の煙で霞み、テーブルには新聞や冊子が積まれている。杯に注がれるのは濃い黒い飲み物――苦味のあるコーヒーだった。
そこに集うのは、ただの飲み客ではない。ペンと紙を持ち、政治や社会を語る知識人たち。いわゆる「哲学者」たちである。
「人間は生まれながらに自由である!」
「いや、秩序なくして自由はない!」
議論が飛び交うなか、見慣れぬ東洋風の顔をした道化服の男――グラク三世が、興味津々とばかりに椅子に腰を下ろした。
「おいおい、お前ら、そんな難しいことを話して腹は減らんのか?」
思わず場がざわめく。議論の最中に割り込んできたのは、聞いたことのない名の道化であった。
一人の知識人が問いただす。
「君は誰だ?」
グラクは胸を張り、にやりと笑った。
「名はグラク三世! 俺は馬鹿だが、旨いものの味だけは忘れない!」
笑いが広がるが、哲学者たちは面白がって続きを促した。
「我々は人間の権利について語っているのだ。君はどう思う?」
グラクは首を傾げた。
「権利? そんなもんより、まずはパンだろ? パンがなけりゃ人は死ぬ」
「だが、人が人らしく生きるには自由が必要なのだ」
「自由? 俺は馬鹿だから難しいことはわからん。だが、腹いっぱい食って笑えるなら、そいつが自由じゃないのか?」
その素朴な言葉に、場が一瞬静まり返る。
やがて別の思想家が口を開いた。
「……確かに。我々は理屈を積み上げて自由を語るが、君の言う通り“笑いと食”を欠いた自由に意味はないのかもしれない」
グラクはにやにや笑いながら、皿の上のクロワッサンを勝手にかじった。
「ほら見ろ。こいつは旨い! 難しいことは抜きだ。笑って食えば、皆が幸せだ!」
その姿に、哲学者たちも思わず吹き出した。
「馬鹿者だが……核心を突いている」
「パンを求める民衆の声を、この男は代弁しているのだ」
議論の火花が散る中、グラク三世は腹を膨らませて満足げに椅子を傾けた。
「なあ、自由も平等もいいが、結局は笑えるかどうかだろ? 俺はそう思うぞ」
その一言は、笑いとともに、しかし確かに時代の心臓を撃ち抜いていた。




