グラク二世、恋のスキャンダル
ヴェルサイユの宮廷は、砂糖菓子と音楽、舞踏と愛の噂で満ちていた。
ルイ十五世の治世は、政治の厳しさよりも、恋と享楽に彩られていたと言ってよい。
そんな中、道化グラク二世もまた、知らぬ間に宮廷の恋愛模様に巻き込まれてしまった。
きっかけはある夜の舞踏会であった。
黄金の燭台が照らす大広間、絹のドレスが波打つように揺れる。楽士の奏でるリュートとヴァイオリンの調べに合わせて、貴族たちが優雅に踊っていた。
その片隅で、グラクは皿に山と積まれた砂糖漬けの果物をむさぼっていた。
「う、うまい! この葡萄、皮まで甘い! あっ、この柑橘は酸っぱ……でも砂糖でまた甘い! 酒より旨いぞ!」
口の周りをべたべたにしながら夢中で食べていると、一人の貴婦人が近づいてきた。
「まあ……あなたって、本当に子供のように無邪気なのね」
絹の扇を持ち、紅をさした唇で笑うその女性は、国王の愛妾のひとり、マダム・ド・ポンパドゥールに仕える若い貴婦人だった。
彼女はわざと人々の目の前で、グラクに砂糖菓子を差し出した。
「ほら、これも召し上がって? あなたの笑顔をもっと見たいの」
グラクは大喜びでそれを頬張った。
「んんっ! 甘い! お前は天使か? 俺にこれをくれるとは、愛してるぞ!」
――その瞬間、周囲の空気が変わった。
貴婦人は顔を赤らめ、笑ってごまかしたが、他の貴族たちは一斉に囁き合った。
「見たか? あの女が道化に……」
「まさか、あの二人が?」
「いや、ありえる。恋は身分を超えるものだ」
たちまち「恋の噂」は広がり、翌日には「グラク二世と貴婦人の密会」が囁かれるようになった。
そしてある日、嫉妬に駆られた若い貴族が、グラクを庭園に呼び出した。
「この馬鹿め! 我が婚約者に手を出したと聞いたぞ! 今すぐ謝れ!」
グラクは首を傾げ、口の中のマカロンをもぐもぐと飲み込んだ。
「え? 俺はただ、旨い菓子を食っただけだぞ?」
「嘘をつけ! 『愛してる』と言っただろう!」
貴族は剣の柄に手をかける。周囲には人だかりができ、緊張が走った。
その時、グラクは大声で叫んだ。
「愛してるとも言った! だがな、俺は旨い菓子をくれる奴なら誰にでも言うんだ!」
一瞬の沈黙。
そして、見物していた貴族たちから爆笑が起こった。
「ははは! なんだそれは!」
「恋ではなく、菓子への愛か!」
剣を抜こうとした若い貴族も、怒りより先に笑いに崩れた。
その騒ぎを耳にしたルイ十五世は、かえって上機嫌で言った。
「よいではないか! 恋も菓子も、笑いに変えられるならば、宮廷は安泰だ!」
こうして「恋のスキャンダル騒動」は、道化の馬鹿げた一言によって笑いに終わった。
その夜もグラクは甘い菓子を前にして幸せそうに言った。
「俺は馬鹿だが、甘いもんは嘘をつかない。愛よりも砂糖だ!」
ヴェルサイユの夜会に、また新たな笑いが広がった。




