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永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
始皇帝編
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笑いが逆転する時

 咸陽宮に笑いが満ちるようになったのは、愚楽が従者になってからのことだった。


 だが、誰もが笑いを歓迎していたわけではない。




 権勢を誇る廷臣・李仲りちゅうは、陰鬱な顔で呟いた。


「なぜ陛下は、あのような馬鹿を傍らに置かれるのだ……」


 李仲は法を盾に権力を強め、誰もが彼を恐れていた。だが最近は陛下の目が愚楽に向き、自分の発言力が薄れていると感じていた。




 ある日、李仲はわざと従者たちの前で命じた。


「本日の御前会議で租税の巻物を献上する。愚楽、お前が運べ」


 愚楽は目を白黒させた。


「お、俺が? こんな山みてぇな巻物を?」


「そうだ。字が読めぬ下働きが持てば、陛下も目を覚まされるだろう」


 李仲は冷笑した。罠を仕掛けたのだ。




 御前会議の日、廷臣がずらりと並び、始皇帝が玉座に座す。愚楽は山のような竹簡を抱え、よろよろと進み出た。


「うぐっ……重っ……!」


 足をもつれさせ、巻物を床にばらまいてしまった。




 広間にざわめきが走る。李仲がすかさず叫ぶ。


「陛下、やはりこのような者を傍に置くのは――」




 しかし愚楽は頭をかき、竹簡を拾い集めながらにやりと笑った。


「おお、こりゃあまるで魚市だな!」




 彼は竹簡を立て並べ、魚や野菜に見立てて大声で叫んだ。


「へいらっしゃい! 粟三千石、どっさり入荷! 羊百頭、大安売り! さあさあ誰が買う?」




 廷臣たちは愕然とした。誰も止められない。


 愚楽は竹簡に描かれた文字を必死に睨んだが、ぐにゃぐにゃとした線は虫の行列にしか見えない。


 だから、適当に叫ぶしかなかったのだ。




「おっと、これは……なんだ? ええい、魚千匹! 鮮度抜群だよ!」




 場違いな声に、広間はますますざわめいた。


 だが――最初に吹き出したのは始皇帝だった。


「ふはははは! 魚市か! なるほど、租税も兵糧も、結局は民の食う物よな!」




 帝は立ち上がり、巻物を一つ拾って愚楽に差し出した。


「愚楽、続けよ。今日の税を市の売り声で読み上げよ!」


「えっ……ええと……」




 愚楽は竹簡を凝視する。だがやはり虫の行列にしか見えない。


 そこで大声を張り上げた。


「はいはい、布二千反! 今なら三反買えば一反おまけ!」




 廷臣たちは頭を抱えた。だが始皇帝は膝を叩いて大笑いした。


「はははは! 余が民に布を売るとは、面白いではないか!」




 李仲は顔を真っ赤にし、震える声を放つ。


「陛下! これは重大な報告にございます、愚弄に等しい……!」


 だが始皇帝は鋭く睨み返した。


「黙れ李仲! 余は愚楽の声に、民の息吹を聞いた。数字はただの記号。だが笑いの中にこそ、生きた天下がある!」




 李仲は言葉を失い、廷臣たちは畏れながらも笑いをこらえきれずに肩を震わせた。




 愚楽は汗を拭きながら、心の中で安堵した。――どうせ字なんて読めやしねぇ。でも、なんとかなるもんだな。




 こうして李仲の企みは逆に自らの威を削ぐこととなり、愚楽はますます始皇帝の信任を得ることになった。




 咸陽宮に笑いが響く。その笑いは、帝国の重苦しい空気を少しずつ溶かし始めていた。



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