別れと未来
巨大な卵料理の宴は夜更けまで続いた。
市場の人々も、船乗りも、異国の商人も、皆が腹をさすりながら大笑いし、酒を酌み交わした。港町リスボンはその夜、まるで世界中の人間が一つの家族になったかのように賑わった。
翌朝、まだ潮の匂いの残る石畳を歩きながら、蓮承は港へと向かっていた。背には帆布袋、手には帳簿。小蓮商会の若き跡取りは、いよいよ大西洋の向こう――アメリカ大陸への進出を目指して船に乗り込むのだ。
愚楽とイザベラも見送りに駆けつけた。
「ほんとに行くのかい、蓮承」
イザベラが腕を組み、海に並ぶ帆船の群れを見つめた。マストは林のようにそびえ、白い帆は朝の風を孕んで膨らんでいる。
蓮承は頷いた。
「海は未知だ。危険もある。だが商会は陸の道から海の道へ広がらねばならない。小蓮の血を継ぐ者として、この挑戦から逃げるわけにはいかない」
愚楽は荷を背負う蓮承の肩を叩いた。
「よし! 行ってこい! だが忘れるな! どんな偉業より、旨い飯の味の方が心に残るんだぞ!」
「……君らしい励ましだな」
蓮承は苦笑した。だがその瞳は確かに愚楽を見ていた。
「覚えている。愚楽、お前の名も、言葉も。我が一族は代々語り継いできた。海の向こうでも、その名を忘れはしない」
愚楽は胸を張り、いつもの台詞を叫んだ。
「名は愚楽! 馬鹿でも旨い飯の味は忘れない!」
港に響いた声に、荷を運んでいた船員たちが振り向き、笑い声が広がった。
イザベラはため息をつきながらも笑った。
「まったく、あんたといると退屈はしないね」
「退屈だけは死ぬより辛え!」
愚楽は両手を広げ、空に向かって笑った。
やがて出港の鐘が鳴り響いた。
蓮承はタラップを上り、大型帆船の甲板へ。マストの上で水夫たちがロープを操り、帆が次々と張られていく。船体が軋みを上げ、ゆっくりと岸を離れる。
愚楽は両手を口に当てて叫んだ。
「海の向こうにも旨い飯があるはずだ! 見つけたら俺に教えろーっ!」
蓮承は振り返り、甲板から手を振った。
「必ずだ! 小蓮商会の名とともに!」
白い帆が風を受け、大西洋の青へと滑り出す。
愚楽とイザベラは並んでその姿を見送った。波のきらめきがまぶしく、水平線の彼方へと小さくなっていく船影に、人々は祈るように手を振った。
「……すごいね」
イザベラがぽつりと言った。
「未知の海へ行くなんて、あたしには到底できない。けど、憧れるよ」
愚楽は大きなあくびをしながら笑った。
「飯を求めて歩いてりゃ、気づけば俺もそこに行くさ」
「本当に行きそうだから怖いよ、あんた」
イザベラは肩をすくめ、けれど笑顔だった。
港の喧騒は再び日常を取り戻していく。だが愚楽の胸には、どこまでも広がる海と、そこに眠る未知の料理への期待が燃えていた。
そして彼の歩みは、再び新たな時代へ――。
大航海時代港町編 リスボン完結です。




