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永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
大航海時代港町編 リスボン
45/55

市場と国際色

 翌朝、愚楽は港の市場に足を踏み入れた。


 夜明けとともに開かれた広場には、世界の果てから運ばれた品々が所狭しと並んでいる。




 東インドから届いた胡椒とクローブ、シナモンの山。


 西アフリカからは象牙や金、干した魚。


 新大陸からは砂糖の塊、乾いた唐辛子、そして見慣れぬ赤い果実が籠いっぱいに盛られていた。


 色とりどりの布をまとった人々が声を張り上げ、アラビア語、スペイン語、ポルトガル語、ヘブライ語、ヒンドゥスターニーまで、さまざまな言葉が飛び交う。




 愚楽は口をぽかんと開け、よだれを垂らしながら辺りを見回した。


「うおお……匂いだけで腹が減る……! 俺は一生この匂いを忘れねえ!」




 その横でイザベラが腕を組み、呆れた顔をした。


「まったく、あんたの辞書には『我慢』って言葉が載ってないのかい」




 ふと、愚楽は香辛料の山の前に立つアラブ商人に近づき、耳で覚えたアラビア語らしき言葉を叫んだ。


「フィッシュ! フィッシュ! 俺は魚が欲しい!」


 商人は目を丸くした。


「お前、今“靴下が欲しい”って言ったぞ」


 周りの客たちはどっと笑い、愚楽は赤面しながら頭を掻いた。


「おかしいな……昨日の夜に聞いたのを真似したんだが……」


 イザベラは腰に手を当て、笑いをこらえきれずに言った。


「博士、耳はいいが脳みそは半分こぼれてるんじゃないの?」


「そうだ! 俺は馬鹿だ! でも旨い飯の味は忘れない!」


 決め台詞を叫ぶと、市場の子供たちが拍手して囃した。




 そのとき、愚楽の目に赤い果実が映った。


「おお! なんだこの赤玉は!」


 手に取ると、瑞々しい光沢を放ち、太陽の下で宝石のように輝いている。


 商人が片言のポルトガル語で説明した。


「これはインディアスから来た“トマト”。珍しい果実。だが、毒だと言う者もいる」


 客たちは不安げに首を振り、「悪魔の果実」と囁く者もいた。




 しかし愚楽は構わずかじりついた。


 ぷちりと皮が弾け、酸味と甘みが口に広がる。


「うまっっっ!!!」


 果汁を滴らせながら叫んだ。


「これは新しい味だ! 俺は一生忘れねえ!」




 周囲の人々は目を丸くし、やがて大爆笑となった。


「見ろ、あの馬鹿、毒を食ったぞ!」


「まだ倒れないぞ! いや、むしろ旨いと叫んでる!」




 イザベラは額に手を当ててため息をついた。


「博士、あんた命知らずだね……」


 だが彼女の瞳には好奇心がきらめいていた。


「でも……面白い。今夜、うちの厨房で煮込みにしてみようじゃないか」




 愚楽は顔を輝かせた。


「やった! 旨い新しい飯ができるぞ!」


「ただし、倒れても責任は取らないからね」


 イザベラは勝気に笑った。




 こうして、愚楽の食い意地と市場の喧騒は、異国の果実トマトを「食べ物」として港町に受け入れるきっかけとなったのである。



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