断食明けの大饗宴
ひと月にわたるラマダーンが終わり、バグダードの街は祝祭の熱気に包まれていた。
朝、ミナレットから流れるアザーンが響くと、人々は晴れやかな顔でモスクに集い、祈りを捧げる。
その後は待ちに待った大饗宴――イードの祝祭が始まった。
市場には色とりどりの天幕が張られ、香辛料の香りが立ちこめる。黄金色のピラフが大皿に山盛りとなり、柔らかく煮込まれた羊肉のシチューが湯気を上げる。鳩の詰め物焼きには米とナッツが詰められ、蜂蜜をかけた胡桃菓子が皿からこぼれそうだ。
ザクロの赤い粒は宝石のように散らされ、果物の盛り合わせは虹のように輝いていた。
「うわああ! ついに来たぞ! 料理学問の総仕上げだぁ!」
愚楽は大皿の前に突進し、両手を広げて叫んだ。
「この肉! この米! これぞ人類最高の発明!」
子どもたちが「博士!博士!」と囃し立て、大人たちも笑いながら料理を彼に勧めた。
ユースフはやや呆れ顔で見守りながらも、目を細めた。
「……お前のせいで、この宴が一層賑やかになったな」
「俺のせいじゃない! 料理のせいだ!」
「いや、お前の笑いもだ。人々は空腹に耐え、心が張り詰めていた。だが、お前の愚かさが、皆を和ませた」
愚楽は口いっぱいに羊肉を頬張りながら、もごもご言った。
「……笑いで人が救えるなら、俺は博士だ!」
「料理博士か?」
「そうだ! 料理は人を満たし、笑いは心を満たす。どっちも博士級だ!」
群衆は再び爆笑し、祝祭の喧騒はますます高まった。
宴の合間、ユースフは真顔で愚楽に語りかけた。
「愚楽。お前がどこから来たのか、なぜ老いぬのか、私は深くは問わない。だが、ひとつだけ覚えておけ」
「ん? なんだ? どうして老いないのばれた?」
「人は縁によって結ばれる。血の縁、学びの縁、笑いの縁。お前の旅も、縁が導くだろう」
愚楽は少し考え込み、にやりと笑った。
「縁か……なら俺と料理の縁は一生だな!」
「……お前は本当に馬鹿だ」
だがその馬鹿げた言葉に、ユースフはどこか安堵を覚えた。
夜更けまで続いた饗宴。焚き火の周りで歌と踊りが繰り広げられ、人々の笑い声が響き渡った。
満腹になった愚楽は、空を仰ぎながら大きく伸びをした。
「さて……次はどこの料理学問を学びに行くか!」
ユースフは静かに頷いた。
「行け、愚楽。だが忘れるな。縁はお前を見守る」
別れの握手を交わすと、愚楽は人混みに紛れ、また一人の旅人となった。
背中を見送りながら、ユースフは胸の奥で呟いた。
「祖母が言っていた。愚楽という名の不老不死の人を笑わせる道化の男がいた、と……。やはり縁は続いているのだ」
バグダードの夜空には満月が輝いていた。断食を終えた街は、笑いと食に満ちあふれ、その只中に愚楽の影は消えていった。
イスラム黄金時代編完結です。




