盗賊との遭遇
オアシス都市を後にし、一行は再び荒野を進んでいた。道は細く、両側には低い岩山が迫っている。隊商の男たちは声を潜め、剣の柄に手をかけていた。
――嫌な気配。
その予感はすぐに的中した。岩陰から馬に乗った盗賊たちが現れ、砂煙を上げて道を塞いだ。顔を覆い、弓を構えた彼らは容赦のない目をしていた。
「荷を置いて行け!」
隊商の列に緊張が走った。子どもが泣き、女が身を寄せる。兵も数は少なく、戦えば犠牲は免れない。
玄奘は一歩進み出て、合掌した。
「どうか争いは避けていただきたい。我らはただ旅を続けるだけの者……」
「黙れ、坊主!」盗賊の首領が叫んだ。「経も衣も、すべて頂く!」
そのとき、愚楽がひょっこり前に出た。
「おーい! 待ってくれ!」
玄奘が慌てて袖を引いたが、愚楽はお構いなしだった。
「なあ兄ちゃんたち、腹減ってんだろ? だったらまず飯にしねえか?」
盗賊たちが一瞬きょとんとした。愚楽は荷から羊肉の骨を引っ張り出し、齧りながらにやにや笑った。
「うめえぞ。盗るより食えよ。ほら」
盗賊の一人が吹き出した。
「馬鹿かこいつは……!」
だが首領は眉をひそめ、馬を寄せた。
「貴様、命が惜しくないのか」
「惜しいに決まってる! でもなぁ、死ぬ前に腹いっぱい食えなきゃ、命なんて意味ねえだろ?」
愚楽はそう言って砂を掴み、大げさに口へ入れようとした。
「見ろよ! 砂まで団子に見える! はははっ!」
盗賊たちは腹を抱えて笑い出した。緊張していた隊商の兵までもが思わず吹き出し、泣いていた子どもも笑い声を上げた。
首領は一瞬怒鳴ろうとしたが、結局耐え切れず肩を震わせた。
「……こんな馬鹿に会ったのは初めてだ」
愚楽は得意げに胸を張る。
「だろ? 俺は愚楽だ! 愚かで楽しいって意味さ!」
笑いの渦に飲まれた盗賊たちは弓を下ろし、馬首を返した。
「よし、今日は見逃してやる! こんな馬鹿を殺したら、砂漠がつまらなくなる!」
そう言い残し、彼らは砂煙を上げて去っていった。
残された一行は呆然とし、次いで大きな安堵のため息をついた。玄奘もまた、しばし言葉を失っていた。
「……愚楽。そなたは武を振るわず、理を説かず、ただ馬鹿を演じただけだ。それで人を退けるとは」
「演じた? 違う違う! 俺は馬鹿のまんまだから、強いんだ!」
愚楽は腹を抱えて笑った。
玄奘は合掌し、目を閉じた。
「笑いが争いを退ける……それは経にも記されぬ真理かもしれぬな」
「ほらな! だから飯と笑いがあれば世界は救えるんだ!」
「……それはさすがに極論だ」
玄奘は苦笑したが、その瞳には尊敬の色が宿っていた。
こうして一行は命を落とすことなく道を進み、夜、焚き火の前で人々は盗賊を笑い飛ばすように語り合った。愚楽の名は隊商の間で一躍「盗賊を笑いで追い払った男」として広まっていった。




