オアシス都市の宴
砂漠を越えた一行が辿り着いたのは、トルファン近くのオアシス都市だった。椰子の葉の陰に市場が広がり、隊商の列とともに人と物が集まっていた。ラクダの鈴の音、絹を広げる商人の声、香辛料の香りが入り混じり、まさに東西を結ぶ交差点であった。
玄奘は町に入るとすぐに仏寺を探しに歩き出した。
「この地には古い経典が残っているはずだ。僧に会えば確かめられる」
「へぇ……経典より飯じゃねえの?」と愚楽は腹を鳴らす。
市場を歩けば、羊の串焼きの煙が立ちのぼり、香ばしい匂いが漂ってくる。丸い鉄板で焼かれた平たい餅に香草が挟まれ、果物の山が色鮮やかに積まれていた。
「おおっ、団子だ! それも蜜がとろーり!」
愚楽は思わず屋台に飛びついたが、店主に怒鳴られた。
「カシュ! カシュ!」
何を言っているか分からず固まる愚楽。
その時、隣で子どもが小さな声で同じ言葉を口にした。
「カシュ、カシュ」
愚楽は目を丸くして真似た。
「カシュ! カシュ!」
屋台の主人が思わず吹き出した。周りの子どもたちも笑いながら口々に繰り返す。
玄奘が驚いて問う。
「愚楽、どうして分かった?」
「へへっ、小さい子でも言えるんなら、俺だって言えるさ。耳で覚えりゃ簡単だろ?」
言葉は滅茶苦茶だが、発音の妙に似ていて伝わるのだ。
その後も愚楽は市場を歩きながら耳にした単語を次々に真似した。
「ナーン! ナーン!」(餅を指して)
「シャイマ! シャイマ!」(果物を見て)
子どもたちは大笑いし、商人たちは肩を叩き合って喜んだ。
やがて夕刻、町の広場で宴が開かれた。隊商と地元の民が食事を分け合い、羊肉のシチューや干しブドウ入りの米飯が並んだ。
愚楽は山盛りの料理を前にして感涙しながら叫んだ。
「うわあ! これだよこれ! 砂漠の幻じゃなくて本物だ!」
大皿に顔を突っ込み、汁を滴らせながら食べる愚楽に、人々は爆笑した。
玄奘は隅に座し、経を読む僧と話していた。だが宴の喧騒の中、僧たちまでもが愚楽を見て笑い、皺だらけの顔に笑みを浮かべた。
「愚楽よ……そなたの耳は経を覚えるためではなく、人を笑わせるためにあるのかもしれぬな」
玄奘が呟くと、愚楽は羊骨をしゃぶりながら答えた。
「言葉なんざ、子どもでもしゃべれる。腹いっぱい食って笑えば、もう友達だろ」
その夜、広場では踊りが始まった。太鼓のリズムに合わせ、現地の歌が響く。愚楽はそれを真似て歌い、発音の怪しさに人々がさらに笑い転げた。玄奘もついに微笑を隠せず、合掌した。
「……確かに。言葉を重ねるほど本当から遠ざかる気もするな。そなたの愚かさは、真理を逆から示している」
愚楽は耳を掻いて笑った。
「難しいことは分からねえけど、腹が満ちて笑ってるなら、それでいいじゃねえか」
満天の星の下、オアシスの宴は続いた。東西の商人も僧も子どもも、みな笑いの輪に包まれ、その真ん中で愚楽はまた大皿に手を突っ込んでいた。




