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永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
小蓮(シャオリエン)編
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23/93

余韻と旅立ち

 舞台で小蓮が息を引き取った夜、村は静まり返っていた。だが観客の胸には彼女の笑いが残り、祭りの余韻のようにいつまでも響いていた。




 愚楽は楽屋の隅で、小さな娘を抱いていた。三歳の少女は母を失ったことを理解できず、不思議そうに愚楽の顔を見つめていた。


「母ちゃん、どこいったの?」


 その問いに答える言葉を愚楽は持たなかった。ただ大きな手で娘の背を撫で、涙を隠すように笑った。


「母ちゃんは、みんなの心の中で笑ってるよ」




 翌朝、一座の仲間たちが集まり、座長が口を開いた。


「小蓮は芸人として生き、母として去った。残されたこの子を、我らが育てよう」


 仲間たちは深く頷いた。


「私が衣を縫ってあげる」


「俺が太鼓を教える」


「食べ物の心配はいらない、みんなで分け合おう」


 彼らの言葉に、愚楽は胸が熱くなった。




 娘は母によく似ていた。大きな黒い瞳で人をじっと見つめ、笑えば舞台を照らすような明るさがあった。


 愚楽はしばらくの間、一座と共に彼女を見守った。小さな手で太鼓を叩こうとし、転んでは笑い、仲間たちの膝で眠る。


「この子は、大丈夫だな……」


 愚楽はそう感じ始めていた。




 だが、夜になると愚楽の胸はざわついた。


――俺は不老不死だ。


 小蓮が「人の道を歩む」と決断したように、娘もまた人の道を歩むだろう。だが自分は永遠に変わらず、老いることも死ぬこともない。


 共にいれば、やがて「なぜ」と問われる日が来る。小蓮の時と同じように。




 ある夜、座長が焚き火の前で愚楽に声をかけた。


「お前は、そろそろ旅立つ気だな」


 愚楽は驚いて目を丸くした。


「わかるか?」


「わかるさ。お前の目はいつも遠くを見ている。だが安心しろ。小蓮の子は我らが娘同然に育てる。芸も、人としての道も、きっと立派に」


 仲間たちも頷いた。


「お前がいなくても、この子は笑って生きられるさ」




 愚楽は黙って娘を見つめた。小さな寝顔は安らかで、時折夢の中で笑っているように口元を動かしていた。


「小蓮……お前の願い通りだ。子は人の中で育ち、笑いを忘れないだろう」




 翌朝、愚楽は一座の仲間に深く頭を下げた。


「頼む。この子を……」


「心配するな、愚楽。お前はお前の道を行け」


 座長が力強く答え、仲間たちは娘を抱き寄せた。




 愚楽は娘の額に口づけした。


「また会おうな。お前が大人になっても、俺はこのまんまだ。驚くなよ」


 娘は小さな声で「兄ちゃん、いかないで」と呟いたが、仲間の腕の中で眠りについた。




 愚楽は背を向け、歩き出した。市場の喧噪も、舞台の笑い声も背中に遠ざかっていく。胸は痛んだが、それでも彼は歩いた。


 「俺は……馬鹿で、不老で、どこにも落ち着けない。でも……」


 振り返ると、舞台の前に灯籠が揺れ、仲間たちが子を抱いて立っていた。小さな手が振られているように見えた。


 愚楽は涙を拭い、大声で笑った。


「はははっ! またどこかで会おう! 俺は馬鹿だから、必ず戻ってくる!」




 笑い声は谷にこだまし、山々へと響いた。




 こうして愚楽は小蓮の子を人々に託し、再び孤独な旅へと戻った。だが心には確かに残っていた。


 ――有限の命が残すもの。


 ――笑いが繋ぐもの。




 愚楽の旅は終わらない。次の町で、次の世代で、また誰かと出会うために。




小蓮シャオリエン編完結です。

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