舞台での最期
季節は秋を迎えていた。山間の村の祭りに合わせ、旅芸人の一座は広場に舞台を設けた。紅葉が風に舞い、屋台の串焼きや団子の匂いが漂う。村人たちは子どもから老人まで総出で集まり、舞台を待ち望んでいた。
小蓮は楽屋の隅で椅子に腰を下ろしていた。顔色は青く、体を震わせていた。病は長い旅の疲れを蝕み、もう立つのもやっとだった。
だが彼女の膝の上には、小さな子が眠っている。まだ三歳ほどの娘――小蓮が数年前に産んだ子だ。旅の仲間の一人と結ばれ、夫は既に亡くしたが、この子がいる限り小蓮は「母」として生きてきた。
愚楽は不安げに覗き込み、声を潜めた。
「小蓮、無理するな。今日は休んだっていい」
小蓮は微笑んだ。
「いいの。わたしは芸人だから。最後まで舞台で笑わせたいの」
愚楽は言葉を失った。小蓮は髪に紅い紐を結び、化粧を施すと、震える足で舞台へと向かった。
太鼓が鳴り響き、幕が開く。観客の期待が一斉に注がれる。
小蓮は小太鼓を叩き、声を張った。
「英雄は叫んだ!」
愚楽が応じる。
「『腹を裂け! 肉を焼け!』」
観客はどっと笑い、子どもたちが声を真似した。
小蓮は必死に声を張り続けた。
「英雄は剣を振るった!」
「俺は箸を振るった!」
観客は爆笑し、舞台は熱気に包まれた。
だが次第に小蓮の声は掠れ、足元がふらついた。観客は気づかず笑い続ける。愚楽は小蓮の肩を支え、必死に芝居を続けた。
「英雄は……!」
小蓮が震える声で叫ぶと、愚楽が大声で応じる。
「『団子を食った!』」
観客は腹を抱えて笑い、拍手が鳴り響いた。
その笑いと拍手に包まれながら、小蓮はふっと笑顔を見せ、観客に深く頭を下げた。
「みんな……ありがとう……」
次の瞬間、彼女の体は力を失い、愚楽の胸に崩れ落ちた。
幕が下り、楽屋に戻された小蓮は、荒い呼吸の中で微笑んでいた。
「兄ちゃん……約束、覚えてる?」
「……覚えてる。俺が、お前の生きる姿を見届けるって」
「うん。だから、子や孫に会ったら……笑っていてね」
小蓮の瞳に涙が溢れた。
「わたしは人の道を歩いたよ。老いて、恋して、子を残した。……これがわたしの芸なんだ」
愚楽は唇を噛みしめ、声にならない嗚咽をこらえながら頷いた。
「小蓮……お前は、最高の芸人だったよ」
小蓮は安らかな笑みを浮かべ、そのまま息を引き取った。
舞台の外では、観客がなお拍手を続けていた。誰もが最後の笑いを心に焼きつけ、涙を拭いながら声を張っていた。
「小蓮! 愚楽! ありがとう!」
愚楽はその声を聞きながら、小蓮の小さな娘を抱き上げた。子は泣くこともなく、無垢な瞳で愚楽を見つめていた。
「小蓮……ちゃんと繋いでくれたんだな」
愚楽は小さな額に口づけ、空を仰いで大声で笑った。
「はははっ! 聞いてるか小蓮! お前の芸は終わらないぞ! 次はこの子の番だ!」
笑いと涙が混じった声は夜空に響き渡り、拍手の音と一つになった。
こうして、小蓮は舞台で笑いを残し、母として命を繋ぎ、幕を下ろした。
だがその余韻は愚楽と観客の胸に、いつまでも消えることなく残ったのである。




