人の道を歩む
それから数日の旅の後、一座は山間の村に滞在していた。春祭りが近く、村人たちは浮き立っていた。広場には灯籠が並び、屋台では串焼きや酒饅頭が準備され、川辺では若者たちが歌を合わせていた。
小蓮は稽古を終え、舞台裏で一人、髪を梳いていた。指先には新しく手に入れた紅い紐の髪飾り。まだぎこちない仕草だが、彼女は確かに少女から大人の娘へと変わりつつあった。
そこへ愚楽がやって来た。
「おー、小蓮。またオシャレしてるな。今日は団子の色とおそろいだな!」
「団子と比べないで!」
小蓮は吹き出し、しかしすぐに真剣な顔に戻った。
「兄ちゃん。話したいことがあるの」
二人は舞台を離れ、村はずれの小道を歩いた。鳥の声と川のせせらぎだけが響いている。
小蓮は深呼吸し、振り返った。
「兄ちゃん、不老不死だって打ち明けてくれたよね」
「ああ……馬鹿な俺が、仙薬を飲んじまったせいでな」
「それで分かったの。わたしは兄ちゃんみたいにはなれない」
愚楽は足を止め、彼女を見つめた。小蓮の瞳には涙が光り、それでも笑顔を絶やしていなかった。
「わたしは人の道を歩むよ。老いて、恋をして、子を残す。いつか病に倒れて死ぬかもしれないけど、それが人間だから」
「小蓮……」
「兄ちゃんは不老で、わたしを守り続けることもできるかもしれない。でも、それじゃあ私は誰でもなくなる。わたしは“愚楽の影”としてじゃなく、一人の女として生きたい」
愚楽は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「でも……俺は守りたいんだ。お前が老いていくのを見たくない。病に苦しむのを見たくない。どうしても、助けたいんだ」
声は震えていた。馬鹿を装って笑ってきた愚楽が、珍しく涙を滲ませていた。
小蓮は一歩近づき、愚楽の手を取った。
「兄ちゃん。助けられないこともあるんだよ。だからこそ、人は笑って生きるの」
「……笑って?」
「うん。泣いても死は来る。でも笑えば、死ぬまでの道が明るくなる」
愚楽は言葉を失った。小蓮は震えながらも笑い声を立て、涙を拭った。
「兄ちゃんは永遠に変わらない。だから、わたしの変わっていく姿をちゃんと見届けてほしいの」
「俺に……できるか?」
「できるよ。だって兄ちゃんは、ただの馬鹿じゃない。誰よりも人を笑わせられる馬鹿なんだから」
愚楽は唇を噛み、やがて大きく息を吐いた。
「……分かった。俺は、お前の道を止めない。お前が笑って生きられるように、そばで見てる」
「ありがとう」
小蓮は微笑み、胸の奥から溢れる想いを抑えきれず、愚楽の胸に顔を埋めた。
愚楽はぎこちなく彼女の肩に手を置き、ただ黙って空を見上げた。沈みかける夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。
――有限を歩む少女と、永遠を背負う馬鹿。
その道は違えど、この瞬間だけは確かに重なっていた。




