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永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
小蓮(シャオリエン)編
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20/93

淡い恋と秘密

 ある初夏の夕暮れ、一座は川辺に幕を張って休んでいた。川面を渡る風は涼しく、柳が揺れ、蛍がちらほらと飛び交う。


 小蓮は舞台の稽古を終え、そっと川辺に座った。水面に映る自分の姿を見て、指で頬の紅を撫でる。


 ――私は、もう子どもじゃない。




 背後から草を踏む音がして、振り向けば愚楽が団子を頬張りながらやってきた。


「おー、小蓮。団子食うか?」


「また団子? 兄ちゃんはほんと、そればっかり」


「うまいんだもん!」


 いつも通りの馬鹿な笑顔。だが小蓮の胸は妙にざわついた。




 「兄ちゃん」


「ん?」


「……変わらないよね」


 愚楽はきょとんと目を瞬かせた。


「何が?」


「だって、わたしが子どもの頃からずっと同じ顔。同じ声。同じ笑い方」


「そりゃ俺は馬鹿だからな。賢い奴は皺を刻むけど、馬鹿は年取らないんだ」


 笑ってごまかす愚楽に、小蓮は一歩踏み込んだ。


「違う。兄ちゃん……本当は、どうして変わらないの?」




 愚楽の手が止まった。団子の串を持ったまま、しばし黙り込む。


 夕闇が濃くなり、蛍が二人の間を飛んだ。


 やがて愚楽は苦笑して頭を掻いた。


「参ったな……小蓮には隠し通せねぇか」


 小蓮の瞳が揺れる。


「やっぱり……秘密があるんだね」


「うん。実は俺、死なないんだ」




 その言葉はあまりにも淡々としていて、小蓮は思わず笑った。


「……そんな馬鹿な」


「俺自身も馬鹿だから、よく分かってない。でもな、始皇帝さまの宮廷で、変な薬を飲んじまったんだ。菓子だと思って食ったら……気づけば、俺だけ歳を取らなくなった」


 小蓮は震える声で尋ねた。


「ずっと……ずっと一人で?」


「そうだな。周りは老けて死んでいくのに、俺はそのまんま。だから逃げて、笑って、腹を満たして……それで今までやってきた」




 小蓮の目から涙が零れた。


「そんなの……寂しすぎるよ」


「でも、俺は馬鹿だから深く考えないようにしてる。笑って、食って、それで一日が終わればいいってな」




 小蓮は両手で顔を覆い、しばらく泣いた。


 やがて顔を上げ、強く微笑んだ。


「兄ちゃん、わたし……好きだよ」


 愚楽は目を丸くした。


「へ? 団子のこと?」


「違う! ……兄ちゃんのこと」


 愚楽は頭を掻き、困ったように笑った。


「でも俺は、変わらない。小蓮は大人になって、やがて老いて……俺だけが取り残されるんだ」


「分かってる。だからこそ言うの。わたしは人の道を歩むよ。老いて、恋して、子を残す。それを兄ちゃんに見ていてほしい」




 愚楽は唇を噛み、何も言えなかった。


 小蓮は涙を浮かべながらも、笑い声を立てた。


「ほら、やっぱり泣きそうな顔してる。馬鹿な兄ちゃん。でも、そんな兄ちゃんが好き」




 蛍の光が二人を照らした。川面には二つの影――変わらぬ愚楽と、大人へ踏み出した小蓮が並んで揺れていた。



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