淡い恋と秘密
ある初夏の夕暮れ、一座は川辺に幕を張って休んでいた。川面を渡る風は涼しく、柳が揺れ、蛍がちらほらと飛び交う。
小蓮は舞台の稽古を終え、そっと川辺に座った。水面に映る自分の姿を見て、指で頬の紅を撫でる。
――私は、もう子どもじゃない。
背後から草を踏む音がして、振り向けば愚楽が団子を頬張りながらやってきた。
「おー、小蓮。団子食うか?」
「また団子? 兄ちゃんはほんと、そればっかり」
「うまいんだもん!」
いつも通りの馬鹿な笑顔。だが小蓮の胸は妙にざわついた。
「兄ちゃん」
「ん?」
「……変わらないよね」
愚楽はきょとんと目を瞬かせた。
「何が?」
「だって、わたしが子どもの頃からずっと同じ顔。同じ声。同じ笑い方」
「そりゃ俺は馬鹿だからな。賢い奴は皺を刻むけど、馬鹿は年取らないんだ」
笑ってごまかす愚楽に、小蓮は一歩踏み込んだ。
「違う。兄ちゃん……本当は、どうして変わらないの?」
愚楽の手が止まった。団子の串を持ったまま、しばし黙り込む。
夕闇が濃くなり、蛍が二人の間を飛んだ。
やがて愚楽は苦笑して頭を掻いた。
「参ったな……小蓮には隠し通せねぇか」
小蓮の瞳が揺れる。
「やっぱり……秘密があるんだね」
「うん。実は俺、死なないんだ」
その言葉はあまりにも淡々としていて、小蓮は思わず笑った。
「……そんな馬鹿な」
「俺自身も馬鹿だから、よく分かってない。でもな、始皇帝さまの宮廷で、変な薬を飲んじまったんだ。菓子だと思って食ったら……気づけば、俺だけ歳を取らなくなった」
小蓮は震える声で尋ねた。
「ずっと……ずっと一人で?」
「そうだな。周りは老けて死んでいくのに、俺はそのまんま。だから逃げて、笑って、腹を満たして……それで今までやってきた」
小蓮の目から涙が零れた。
「そんなの……寂しすぎるよ」
「でも、俺は馬鹿だから深く考えないようにしてる。笑って、食って、それで一日が終わればいいってな」
小蓮は両手で顔を覆い、しばらく泣いた。
やがて顔を上げ、強く微笑んだ。
「兄ちゃん、わたし……好きだよ」
愚楽は目を丸くした。
「へ? 団子のこと?」
「違う! ……兄ちゃんのこと」
愚楽は頭を掻き、困ったように笑った。
「でも俺は、変わらない。小蓮は大人になって、やがて老いて……俺だけが取り残されるんだ」
「分かってる。だからこそ言うの。わたしは人の道を歩むよ。老いて、恋して、子を残す。それを兄ちゃんに見ていてほしい」
愚楽は唇を噛み、何も言えなかった。
小蓮は涙を浮かべながらも、笑い声を立てた。
「ほら、やっぱり泣きそうな顔してる。馬鹿な兄ちゃん。でも、そんな兄ちゃんが好き」
蛍の光が二人を照らした。川面には二つの影――変わらぬ愚楽と、大人へ踏み出した小蓮が並んで揺れていた。




