笑いの旅路
旅芸人の一座は街道を北へと進んでいた。山を越え、川を渡り、村々を巡って舞台を披露する。粟粥や干し肉だけの粗末な食事が続く日もあれば、祭りにぶつかって御馳走にありつける日もある。愚楽は常に腹をすかせ、「次はどんな旨いものが食えるか」とそればかりを考えていた。
その日、一座は小さな町に到着した。ちょうど市が立ち、屋台が並んでいる。香ばしい匂いに誘われた愚楽は、舞台の準備もそっちのけでふらふらと歩き回った。
「おぉ……焼き餅か! 蜜を塗ってある! ……うまそう!」
屋台の棚に手を伸ばした瞬間、店主に見咎められた。
「こら、金を出せ!」
「へ、へへっ、後で払うから!」
愚楽は餅を口にくわえたまま逃げ出した。
あっという間に追いかけられ、町の真ん中で大騒ぎに。兵士まで出てきて、観客たちは「泥棒だ!」と叫ぶ。
そのとき小蓮が駆けつけた。
「兄ちゃん! またやったの!」
「いや、ちょっと腹が勝手に……」
「言い訳しないの!」
小蓮はすぐに小太鼓を叩き、観客の前に立った。
「皆さん見てください! これは芝居ですよ!」
「芝居?」
「そう! “腹ぺこ盗人と正義の娘”!」
観客は目を丸くする。小蓮は声を張った。
「盗人よ! 何を盗んだ!」
愚楽は慌てて答えた。
「焼き餅を盗んだ!」
「なぜだ!」
「腹が減ったからだ!」
「ならば観客の皆さんに笑いを盗んで返すんだ!」
小蓮の掛け声に合わせ、愚楽は餅を喉に詰まらせて咳き込み、背中を叩かれて団子を飛ばす。飛んだ餅が兵士の兜にぺたりと張り付き、観客は大爆笑。兵士まで笑い出した。
「まったく……兄ちゃんは手がかかる!」
小蓮が腰に手を当てて言うと、観客はさらに笑い、拍手を送った。
結局、店主も「面白かったから許す」と笑い、愚楽はこっぴどく叱られながらも舞台の出番を果たすことになった。
その夜、焚き火を囲みながら小蓮が呟いた。
「兄ちゃんといると、いつも騒ぎになるね」
「悪いな……俺は馬鹿だから」
「でも、不思議。みんな最後は笑ってくれる。兄ちゃんがいると、怖い人も笑っちゃうんだ」
愚楽は首を傾げた。
「そうかな? 俺はただ腹が減ってるだけなのに」
小蓮は小さく笑った。
「ううん。兄ちゃんは特別なんだよ」
翌日、一座が別の村に着いたとき、今度は喧嘩の仲裁に巻き込まれた。村人たちが水の取り合いで揉め、殴り合い寸前。愚楽は慌てて真ん中に飛び出した。
「待て待て! 水なら俺が飲んでやる!」
桶の水を一気に飲み干し、腹を膨らませてげっぷをすると、村人たちは唖然とした。
小蓮がすかさず叫ぶ。
「ほら! もう喧嘩する水は残ってないでしょ!」
村人たちは思わず吹き出し、険悪な空気が霧散した。
喧嘩は笑いで収まり、村人たちは感謝して一座に食べ物を振る舞った。山菜の汁、炙った魚、粟の蒸し餅。愚楽は腹いっぱい食べ、小蓮は横で楽しそうに眺めていた。
「兄ちゃん、ほんとに馬鹿だけど……やっぱりすごいよ」
「そうか? 俺は腹を満たしてるだけなんだけどな」
小蓮は少しだけ大人びた笑みを浮かべ、焚き火の炎に顔を赤く照らされていた。
こうして旅は続く。
愚楽のドジと小蓮の機転は各地で笑いを巻き起こし、一座の名を広めていった。
だが小蓮の心の中には、幼い憧れが少しずつ変わり始めていた。
――兄ちゃんは、ただの馬鹿じゃない。
――いつか、この人の隣にいたい。
その想いが芽吹き始めたことを、愚楽だけがまだ気づいていなかった。




