表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
小蓮(シャオリエン)編
PR
17/93

一座の人気者

 市場での大爆笑から数日後、旅芸人の一座は愚楽を正式に迎え入れた。最初は渋い顔をしていた座長も、あの日の観客の笑いと銭の増え方を思い出し、結局は「馬鹿も役に立つ」と頷かざるを得なかった。




 こうして愚楽と小蓮は、奇妙なコンビとして舞台に立つようになった。




 ある町では、太鼓の合図とともに小蓮が物語を語る。


「そのとき英雄は剣を振り上げて――」


 愚楽がすかさず真似をして腰を抜かす。


「そのとき俺は箸を振り上げて――肉を奪った!」


 観客はどっと笑い、子どもたちは口を揃えて「肉だ!肉だ!」と叫んだ。




 別の町では、芸人仲間が歌をうたった。


「緑の山から流れる水よ――」


 愚楽は一度聞いただけで旋律を覚え、妙な節回しで真似した。


「緑の山から……羊が降りてきたよ!」


 観客は大笑いし、農夫たちは「まるで本当に羊が降りてくるようだ」と腹を抱えた。




 小蓮は舞台の合間に呟いた。


「兄ちゃん、ほんと耳がいいね。歌も台詞も、一度で覚えちゃうなんて」


「へへっ、腹が減ると耳がよくなるんだよ!」


「それ絶対違うよ!」


 二人のやり取りに観客はさらに沸いた。




 巡業の道は長く、町から町へと続いた。だが一座にとって、祭りや市は最大の稼ぎ時だった。




 ある村祭りでは、屋台が道の両側にずらりと並び、香ばしい匂いが立ちこめた。


 串に刺した羊肉がじゅうじゅうと焼け、胡麻をまぶした団子が油の中でぷくりと膨らむ。蜜漬けの果物は陽光を浴びて宝石のように輝き、酒饅頭からは甘い香りが漂った。




 愚楽は舞台の前にこっそり抜け出して、屋台を覗き込んだ。


「おぉ……あれも食いたい、これも食いたい……でも銭がない……」


 そこへ小蓮が太鼓を片手に追いかけてきた。


「兄ちゃん! またつまみ食いしようとしてるでしょ!」


「いやいや! 俺はただ、目で食ってただけだよ!」


「目で食べたら太るの?」


「うーん、腹は膨れないけど心は満たされる!」


 観客に聞かれ、周囲から笑い声が上がった。結局、屋台の親父が「お前ら面白いから」と串焼きを一本恵んでくれ、愚楽は幸せそうにかぶりついた。




 こうして、各地を巡るたびに「小蓮と愚楽のコンビ」は名を広めていった。


 愚楽のドジは必ず舞台でやらかし、転ぶ、落ちる、鍋をひっくり返す。だが小蓮がすかさず機転を利かせ、笑いへと変える。


 観客は二人の掛け合いに夢中になり、子どもたちは次の市でも彼らを見たいと親をせがむほどだった。




 一座の仲間も驚いていた。


「愚楽の奴は馬鹿だが、耳だけは天才だな。昨日の歌をもう歌ってやがる」


「小蓮が支えてるからこそ芸になってるんだ」


 座長は満足げに髭を撫で、「あの二人は宝だ」と呟いた。




 ある夜、野宿の焚き火の前で、小蓮が愚楽に聞いた。


「兄ちゃん、どうしてそんなに耳がいいの?」


「ん? 知らねぇよ。ただ、声って美味しそうに聞こえるんだ」


「美味しそう……?」


「そう! 歌も台詞も、まるで肉や団子みたいに、腹の中に入ってくるんだよ!」


 小蓮は呆れて笑った。


「兄ちゃんはやっぱり食い意地が張ってるだけだね」


 二人の笑い声が夜空に広がり、一座の仲間たちも安心したように微笑んだ。




 翌日、別の町に入るとき、既に子どもたちが待ち構えていた。


「愚楽! 小蓮姉ちゃん!」


「肉の歌をやってー!」


 二人は顔を見合わせ、舞台に立った。


 観客の前で愚楽が大げさに腹をさすり、小蓮が小太鼓を叩く。


「英雄は叫んだ!」


「『肉を焼けー!』」


 観客は大爆笑し、拍手と歓声が響いた。




 こうして、馬鹿と少女のコンビは、どこへ行っても人気をさらう存在となっていった。


 愚楽の耳で覚える芸は少しずつ洗練され、ただの物真似から、人を笑わせ、時には泣かせる“物語”へと姿を変えつつあった。




 愚楽自身はそれを意識していなかった。ただ腹を満たし、笑って過ごす日々が続けばよいと願っていただけだ。


 しかし――その笑いの舞台の裏で、小蓮は少しずつ成長し、やがて愚楽に問いを投げかける日が近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ