一座の人気者
市場での大爆笑から数日後、旅芸人の一座は愚楽を正式に迎え入れた。最初は渋い顔をしていた座長も、あの日の観客の笑いと銭の増え方を思い出し、結局は「馬鹿も役に立つ」と頷かざるを得なかった。
こうして愚楽と小蓮は、奇妙なコンビとして舞台に立つようになった。
ある町では、太鼓の合図とともに小蓮が物語を語る。
「そのとき英雄は剣を振り上げて――」
愚楽がすかさず真似をして腰を抜かす。
「そのとき俺は箸を振り上げて――肉を奪った!」
観客はどっと笑い、子どもたちは口を揃えて「肉だ!肉だ!」と叫んだ。
別の町では、芸人仲間が歌をうたった。
「緑の山から流れる水よ――」
愚楽は一度聞いただけで旋律を覚え、妙な節回しで真似した。
「緑の山から……羊が降りてきたよ!」
観客は大笑いし、農夫たちは「まるで本当に羊が降りてくるようだ」と腹を抱えた。
小蓮は舞台の合間に呟いた。
「兄ちゃん、ほんと耳がいいね。歌も台詞も、一度で覚えちゃうなんて」
「へへっ、腹が減ると耳がよくなるんだよ!」
「それ絶対違うよ!」
二人のやり取りに観客はさらに沸いた。
巡業の道は長く、町から町へと続いた。だが一座にとって、祭りや市は最大の稼ぎ時だった。
ある村祭りでは、屋台が道の両側にずらりと並び、香ばしい匂いが立ちこめた。
串に刺した羊肉がじゅうじゅうと焼け、胡麻をまぶした団子が油の中でぷくりと膨らむ。蜜漬けの果物は陽光を浴びて宝石のように輝き、酒饅頭からは甘い香りが漂った。
愚楽は舞台の前にこっそり抜け出して、屋台を覗き込んだ。
「おぉ……あれも食いたい、これも食いたい……でも銭がない……」
そこへ小蓮が太鼓を片手に追いかけてきた。
「兄ちゃん! またつまみ食いしようとしてるでしょ!」
「いやいや! 俺はただ、目で食ってただけだよ!」
「目で食べたら太るの?」
「うーん、腹は膨れないけど心は満たされる!」
観客に聞かれ、周囲から笑い声が上がった。結局、屋台の親父が「お前ら面白いから」と串焼きを一本恵んでくれ、愚楽は幸せそうにかぶりついた。
こうして、各地を巡るたびに「小蓮と愚楽のコンビ」は名を広めていった。
愚楽のドジは必ず舞台でやらかし、転ぶ、落ちる、鍋をひっくり返す。だが小蓮がすかさず機転を利かせ、笑いへと変える。
観客は二人の掛け合いに夢中になり、子どもたちは次の市でも彼らを見たいと親をせがむほどだった。
一座の仲間も驚いていた。
「愚楽の奴は馬鹿だが、耳だけは天才だな。昨日の歌をもう歌ってやがる」
「小蓮が支えてるからこそ芸になってるんだ」
座長は満足げに髭を撫で、「あの二人は宝だ」と呟いた。
ある夜、野宿の焚き火の前で、小蓮が愚楽に聞いた。
「兄ちゃん、どうしてそんなに耳がいいの?」
「ん? 知らねぇよ。ただ、声って美味しそうに聞こえるんだ」
「美味しそう……?」
「そう! 歌も台詞も、まるで肉や団子みたいに、腹の中に入ってくるんだよ!」
小蓮は呆れて笑った。
「兄ちゃんはやっぱり食い意地が張ってるだけだね」
二人の笑い声が夜空に広がり、一座の仲間たちも安心したように微笑んだ。
翌日、別の町に入るとき、既に子どもたちが待ち構えていた。
「愚楽! 小蓮姉ちゃん!」
「肉の歌をやってー!」
二人は顔を見合わせ、舞台に立った。
観客の前で愚楽が大げさに腹をさすり、小蓮が小太鼓を叩く。
「英雄は叫んだ!」
「『肉を焼けー!』」
観客は大爆笑し、拍手と歓声が響いた。
こうして、馬鹿と少女のコンビは、どこへ行っても人気をさらう存在となっていった。
愚楽の耳で覚える芸は少しずつ洗練され、ただの物真似から、人を笑わせ、時には泣かせる“物語”へと姿を変えつつあった。
愚楽自身はそれを意識していなかった。ただ腹を満たし、笑って過ごす日々が続けばよいと願っていただけだ。
しかし――その笑いの舞台の裏で、小蓮は少しずつ成長し、やがて愚楽に問いを投げかける日が近づいていた。




