表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の馬鹿  作者: 火浦マリ
小蓮(シャオリエン)編
PR
16/93

市場の乱入

 秦が滅び、劉邦が天下を握って漢を興した。戦乱はやがて静まり、幾代もの月日が流れ、世は後漢の初めを迎えていた。


 洛陽をはじめとする都市では再び市場が栄え、粟や米が並び、羊や豚が屠られ、香辛料や果物の香りが通りに満ちていた。人々はようやく「食べること」「笑うこと」を取り戻しつつあった。




 だが、その雑踏の中に、いつまでも年を取らぬ男がひとり歩いていた。


 奇妙な従者として始皇帝の傍に仕え、最期を看取った愚楽である。




 帝が沙丘で崩御したあの日、愚楽は兵士の列からこっそり抜け出した。天下の覇者の死を知るただ一人の“馬鹿”として、どこへ行くともなく歩き出したのだ。


 働けば飯にありつけると知り、井戸端で水汲みをすれば粟粥をもらい、道端で聞いた物語をそのまま真似すれば、子どもたちが笑って果物をくれる。


 文字は読めないままだったが、耳で聞いたことは一度で覚え、声色まで真似できた。


 「賢い奴は皺を刻むが、馬鹿な俺は年を取らない」


 そう呟いて笑い飛ばしながら、愚楽は人の世を渡り歩いてきた。




 そして今、彼は再び腹をすかせていた。




 「うぅ……いい匂いだなぁ……」


 その日も地方の町に大市が立ち、通りは賑わっていた。羊肉を串に刺して炭火で焼く匂い、蜂蜜を絡めた団子の甘い香り、干し果物を煮詰めた酸っぱい匂い。


 愚楽の腹は鳴り止まず、彼は人混みを押し分けて屋台を覗き込んだ。




 「おっちゃん、その団子ひとつ――」


 指先を伸ばしかけたところで、屋台の親父に気づかれ、箒で追い払われる。


 「こら! 銭を払えぬなら手を出すな!」


 「ひぃぃ、ごめんなさい! 腹が勝手に!」




 逃げ回った愚楽が転がり込んだ先は、広場の中央に設けられた木舞台だった。


 そこでは旅芸人の一座が興行をしており、太鼓の音が響き渡っていた。




 「さあ皆の衆! これより英雄譚の始まり始まり!」


 舞台の中央で、語り部が声を張り上げる。観客が輪になり、子どもたちが最前列で目を輝かせている。


 語り部が物語の山場を迎えたときだった。




 「――英雄は天を仰ぎ叫んだ! 『天を裂け! 地を揺らせ!』」


 観客が「おおー!」とどよめく。




 その声を聞いた愚楽は、舞台の端で思わず同じ調子を真似した。


 「『腹を裂け! 肉を焼け!』」




 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、爆笑が巻き起こった。




 「な、何を言うか!」


 語り部が振り返るが、観客は笑い転げ、子どもたちは一斉に真似をして叫んだ。


 「腹を裂け! 肉を焼けー!」




 愚楽はぺこぺこと頭を下げる。


 「す、すみません! でも耳で聞いたら勝手に口から出ちゃうんですよ!」


 観客の笑いはさらに大きくなり、舞台は思わぬ盛り上がりを見せた。




 そのとき、舞台の袖から小さな影が現れた。


 まだ幼い小さな蓮の花のような少女、だが瞳は澄み、手に持った小太鼓を堂々と叩いていた。


 「兄ちゃん、調子に乗ってるね! じゃあ、わたしが相手してあげる!」




 少女はすぐに語り部の続きをもじって叫んだ。


 「英雄は叫んだ! 『腹が減ったら、粟の団子だ!』」


 愚楽も負けじと叫ぶ。


 「『肉の串焼きだ! 香ばしいぞ!』」




 即興の掛け合いに観客は腹を抱え、笑い声が市場全体に響き渡った。


 芸人たちも呆れつつ、客の反応に押されて二人を舞台に上げるしかなかった。




 その日、孤児の少女「小蓮シャオリエン」と不老不死の馬鹿・愚楽は、初めて舞台を共にし、爆笑をさらったのである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ