永遠の秘密?
ある晩、咸陽宮の奥。始皇帝は灯火の下で愚楽を呼び寄せた。
巡幸のたびに気づいていたのだ。民も兵も年を取り、顔に皺を刻んでゆくのに、愚楽だけは最初に会った日から何ひとつ変わっていない。
「愚楽よ」
低い声に、愚楽は肩をびくつかせた。
「へ、へい! 夜食なら厨房から拾ってきますけど!」
「違う。……そなた、不思議なやつだな」
始皇帝はじっと愚楽の顔を覗き込んだ。
「余が初めてそなたに会ったときから、十年は経つ。だが顔に皺もなく、髪も白くならぬ。これは……何ゆえだ?」
広間に緊張が走る。廷臣や兵士たちは息を呑んだ。これは仙薬の話題に繋がる重大な問いである。
しかし愚楽はぽかんと口を開け、しばらく考え込んだ。
「えーっと……俺が馬鹿だからじゃないですかね?」
「馬鹿だから年を取らぬと?」
「はい! 賢い人は頭を使って皺が増えるんです。でも俺は寝て食って笑ってばかりだから、顔の皺もできないんですよ!」
廷臣たちは思わず吹き出しそうになり、必死に口を押さえた。始皇帝は眉をひそめたが、やがて堪えきれず大笑いした。
「ふはははは! なるほど、皺は知恵の副産物か! では余も馬鹿になれば皺が消えるのか?」
「そうですよ! 陛下も一緒に泥に転んで笑えば、若返ります!」
「余が泥に転ぶか!」
笑いに包まれた広間で、兵士たちまで肩を震わせていた。
だが始皇帝は笑いを収めると、杯を傾けて静かに言った。
「……それにしても愚楽。余は仙薬を求めて海を渡らせ、方士を集めている。だが、案外答えはそなたにあるのかもしれぬな」
愚楽は耳を掻きながら、のんきに答えた。
「俺に秘密なんてありませんよ。ただ、うまい飯食って笑ってるだけです。あ、でも強いて言うなら……寝る前に必ず腹いっぱいにするのが若さの秘訣です!」
「ほう……余も試してみるか」
帝が真顔で答えたものだから、廷臣たちは慌てて進み出た。
「い、いけませぬ陛下! 御身に差し障りが!」
「ふははは! 冗談よ! だが愚楽の言葉、余は嫌いではない! 愚楽に夜食を与えよ!」
その夜、愚楽は肉と粟酒で腹を満たし、ぐうぐうと鼾をかいて眠った。
始皇帝は寝息を聞きながら、杯を傾けて呟いた。
「馬鹿ゆえに老いぬ……笑うゆえに朽ちぬ……。もしやそれこそが仙の理なのかもしれぬな」
その言葉は夜風に溶け、宮廷の灯火を揺らした。
一方の愚楽は夢の中で羊の丸焼きを追いかけて走り回り、寝言でこう叫んでいた。
「おかわりー!」
その寝言に、兵士たちは笑いをこらえきれず、夜更けの宮廷にまたしても笑いが広がった。




