祭祀と永遠の影
始皇帝の巡幸は続いていた。泰山での封禅の儀を終えた後、各地で祭祀を執り行い、道や宮殿の建設を命じる。
咸陽から東に向かえば、途上で数万の人夫が土を運び、川を堰き止め、巨大な宮城の基礎を築いている光景に出会った。
「天下統一を成した陛下の威を示すためだ」
廷臣が胸を張るが、人夫たちの顔は土埃と汗にまみれ、重苦しい空気が漂っていた。
その場に愚楽がひょっこり現れ、土を担ぐ人夫の真似をして腰を曲げた。
「ひぃっ……粟粥三杯分の力しかねぇのに……石を十個も背負ってまーす!」
わざとよろめき、泥に尻もちをつくと、人夫たちが思わず笑った。
「ほんとにそうだ!」
「俺たちの苦労を代わりにやってるみてぇだ!」
笑いは瞬く間に広がり、重苦しかった空気が和らいだ。
始皇帝はその様子を御車から見下ろし、しばらく無言でいたが、やがて杯を掲げた。
「よいぞ愚楽! 民の心を軽くした。工事は続けよ、だが粟を増して支給せよ」
その一言で人夫たちは再び頭を下げ、歓声を上げた。
別の日、海辺にて始皇帝は方士を伴い、不老不死の仙薬を求めて祭祀を行った。
香が焚かれ、波打ち際で祈祷が続く中、愚楽は退屈そうにあくびをした。
「……腹が減ったな。魚でも焼いてくれりゃ、仙薬よりよっぽどうまいのに」
その呟きに兵士たちは肝を冷やしたが、始皇帝は目を細めた。
「……愚楽よ。余は天下を治め、不老を求めている。だが、そなたは年を取らぬな」
愚楽は首を傾げた。
「へ? 何言ってんですか、俺なんかずっと馬鹿のままですよ」
「いや……余が初めて会ったときと変わらぬ顔だ。皺も増えず、髭も伸びぬ」
「そりゃ馬鹿は年を取らないんですよ!」
愚楽は笑って胸を叩いた。
その言葉に兵士たちは笑い転げたが、始皇帝の胸にはひとつの疑念が生まれていた。
――こやつ、もしや仙薬の効を……。
だが、愚楽が再び人夫の真似をして「ほらほら、粟一粒で石百斤!」と叫ぶと、帝は堪えきれず笑い出した。
「ふははは! やはり愚楽は愚楽よ!」
その夜、帝は一人、帳中で独白した。
「もし愚楽が不老であるなら……余が求める答えは、すでに目の前にあるのかもしれぬ」
こうして愚楽の笑いは、民を慰めるだけでなく、始皇帝の心に深い影を落とし始めていた。




