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別離

 アキラが家へ帰った時に感じた違和感。

 それは室内にいる動物たちの余所余所しさが生み出していた。


 家にまだ沙耶が帰って来ていないことはわかっていた。

 出産を終えて、まだ病院に入院いると連絡を受けていたからだ。


 そして、アキラが帰って来たら話があるとのメッセージを受け取っていた。

 そのために一度帰宅して病院に向かおうとしたのだ。



「何かあったのか?」


 リビングに現れたアキラが使徒たちを見渡す。

 だが、いつもなら喜び騒ぐシマエナガでさえも、申し訳なさそうに口を噤んでいた。


「なによアンタたち、辛気臭いわね」


 人の姿をしたニクスが、眉を寄せて訝しがる。

 その腕の中には、青い髪色の赤子が大切に抱きかかえられていた。


 すると、皆を代表するように、水槽から金目鯛が飛び出した。

 

「沙耶が倒れたのよぉ……」


 人の形に変化したアストレアは、悲しげな顔で報告する。


「そのあとぉ、真っ青な顔で幸江たちに謝ってたわぁ……」


 あの日、沙耶は自分がいかにアキラのことを知らなかったかに気付いた。

 己の無神経さにも。


「泣きながらぁ……お腹痛そうにして可哀想だったわぁ……」


 沙耶はアキラと結婚して式も挙げていた。

 それにより、本来なら雪乃たちが収まるべき場所を奪ってしまった。

 その考えに至った。


 だが、雪乃たち三人は、アキラが結婚すると聞いた時、それを受け入れていた。

 そして、アキラの子供を産んだことや、彼を愛し続けていることを沙耶に伝えなかった。

 常識的で他人を思い遣る彼女に伝えれば、きっとアキラとの結婚を取り止めただろう。


 しかし、アキラが自ら結婚を望んだ。

 さらに、沙耶のおかげで彼が普通の人間として幸せに過ごすことが出来る。

 彼女たちにはそれだけで十分だった。

 

 いつか、落ち着いたら話そうとは決めてはいた。

 だがその結果、最悪な形でバレてしまったらしい。

 

「出血もあったからぁ、そのまま幸江たちが病院に運んだのよぉ」


 沙耶は、そのまま入院して出産も終わったとアストレアに電話してきた。

 そして、その時に今後のことも一緒に伝えていた。


「大変じゃないの!とりあえずアルは病院行きなさい!」


 ニクスが話を聞いて急ぐよう促す。

 

「わかった、すぐに向かう」


 アキラは汚れたスーツを着替えて、そのまま病院へ向かった。


 

「それでぇ、その赤ちゃんってなにぃ?ニクスの子ぉ?親に似て不愛想ねぇ」


 アストレアが青い髪の赤子に近寄り、その頬を触ろうとした。


「テラ様に気安く触らないで!」


 アストレアの伸ばした手が一瞬で固まる。

 それを聞いて使徒たちが全員息を呑んだ。


「……テラ様が生まれ変わるために家を空けたのよ」


 不在だった理由を皆に告げて一同を見渡す。


「か、かわいらしいですねぇ!さ、さすがテラ様ですわぁ!」


 アストレアが、迂闊にテラへ触ろうとしていたことに気付き、冷や汗を流しながらおべっかを使った。


「当然じゃないの!この世に比肩なき赤子よ!控えなさい!」


 ニクスは、汚い手で触らせはしないと抱え込む。

 その姿は子猫を必死に守る母猫のようだ。


「わかったわよぅ、触ったりしないってぇ……」


 友人の剣幕にドン引きして、伸ばしていた手を引っ込めた。


「でもぉ、それじゃぁニクスは()()()を選ぶのぉ?」


 アストレアが問う選択。

 それは集結した九星の使徒が、再び離れることを意味していた。



「……離婚して下さい」


 沙耶は病室へ迎えに来たアキラへ告げる。


「いったいどうしたの?何かあった?」


 アキラは戸惑いを隠せず、ベッドへ横になっている沙耶の元へ近寄る。


「これからは別々に暮らします、今までお世話になりました」


 だが沙耶は、青白い顔のままハッキリとした口調で、アキラとの別れを口にした。


「そんな……急過ぎるよ、どうしてそうなるのか教えてくれない?」


 悲しげな顔で食い下がるアキラ。

 

 彼にとって沙耶はこの世でたったひとり執着を持った相手。

 決して手放したくはなかった。


「私はアナタのことを、何も知りませんでした」


 アキラを見ずに淡々と言葉を紡ぐ。


「沢山の人に愛される方だと知っていたのに」


 瞳に浮かべているのは深い後悔。


「他の皆様は納得されているようでした」


 アキラと子を作った女たち。

 沙耶は彼女たちと話をした。


「だけど、私は納得出来ません」


 それぞれが感謝や愛情、憧れや恋心でアキラを望み、子供を産むことを受け入れていた。


「私だけが結婚したことに」


 そして、気付いたこともあった。


「アナタは結婚後、私だけを愛してくれました」


 正式に婚姻を結んだ後、アキラは他の女性を抱かなくなったらしい。

 そのことにより自分の業の深さを知ったのだ。


 裕子や心寧は、もう二度アキラから抱かれることはないと知りながら彼の子を宿した。

 

 彼と交わした約束のためだけではない。

 心から望んで抱かれていた。


 だけど、本当なら彼女たちだってアキラと結婚したかったはずだ。

 そして、自分だけを愛して欲しかったに違いない。


「だって、結婚したら浮気してはいけないのが人間社会のルールでしょ?」


 アキラが当然のように口にした言葉。

 人のルールを守る習性。

 そのせいで、沙耶はアキラの彼女たちとその子供を悲しませる結果を生んだ。


「だから、離婚してください」


 知ってしまえばもう無理だ。


「アユムは、私一人で育てます」


 今は保育室にいる我が子。

 父親のいない子供にしてしまうが、その分は倍の愛情で育てるつもりだった。


「ちょっと待って……そんなの寂しいよ」


 アキラは心底困った様に眉を寄せていた。

 愛した夫、愛おしい彼の中の子供たち。


「もう……帰って下さい」


 彼らとの別れは心から辛い。


「沙耶さんの夢はどうなるの!?子供たちを救う施設で働くんでしょ?」


 アキラが自分のために叶えてくれた夢。


「人の夢を壊した私が、自分の夢を叶えるわけにはいきません」


 それを手放すことは自分の一部を引き裂かれるようで、あまりにも悲しかった。


「そんな!それじゃ何のために施設を造ったのかわからないよ!」


 だが雪乃と蕚が、アキラと結婚が出来ないと泣いていた景色を思い出す。

 それに、幸江がアキラへ向ける視線に、愛情が籠っているのも気付いていたはず。


 それらを無視したツケが回ってきた。


「アキラ()は、私の代わりに沢山の子供を救ってあげてくださいね」


 おそらく、沙耶がアキラに向けて見せる、生涯で最後の笑み。


 目元に浮かんだ涙は、彼女が抱えてきた想いのすべてを物語っていたが、それでも沙耶は最後の力で微笑んだ。

 別れを悟った者だけが見せる、静かな諦念を湛えながら。

 

 

「そんなわけでぇ、沙耶は離婚するからぁ、どっちに付いていくか決めなきゃなのよぉ」


 アキラの家で、使徒たちの話し合いが行われていた。


「もちろんワタクシぃ、女神に付いていくわぁ!」


 使徒の中でも格別に彼女を慕っているアストレアは、迷わず沙耶を選んでいた。


「儂も沙耶ちゃんのところがいいのう……」


 普段、もっとも面倒を見てもらっているアーカイオスが沙耶を選ぶ。


「我は主人の元を離れる気は毛頭もありませぬ!……が、沙耶嬢と別れるのも慙愧の念に堪えませんな」


 アストラヴィアが、アキラの元に残ると口にし、それでも名残惜しそうに沙耶を恋しがる。


「チトはアルとずっと一緒」


 アキラの元を離れなる気のないチトは、最初から居場所を決めていた。


「自分ハ沙耶ニ付クノガ運命ノヨウダ……」


 セリグナスが水面を震わせて声を作った。


「俺様はマサトの所に行くぜ」


 ルカリオスは、元々の飼い主の場所に戻ることを告げる。


「……なら、仕方が無いわね、アタシたちは……沙耶に付いていくわ」


 残りの二匹。

 ニクスとテラは、沙耶へ付くと宣言した。

 

 もともと、テラに沙耶の母乳を飲ませようとしたことから始まった騒動だった。

 それがここまでの大事となった事に、ニクスは深い後悔を覚えていた。

 

 あの時、自分がアキラに沙耶との結婚を勧めなければこんな事態にはなっていなかった。

 きっと、二人は今でも仲の良い主従関係のままだっただろう。


 それに、もっと時間を掛ければ、違う形で皆が家族になれていたかもしれない。

 主人のために急いで事を進めた結果が、この不幸を生んだ。


 いくらテラに望まれたこととはいえ、自分の魔力でテラを殺したことにも悔恨の念を抱いていた。

 今回の事で、主人の為にというのが何の免罪符にもならないことをニクスは痛感した。


 

 沙耶が目指してくれた家族。

 それは九星の使徒にとって、安息の場所となるはずだった。


 だが、それは完成間近で崩壊した。


 こうして、星導者はそれぞれ別の道を歩みだす。

 いつかまた、その道が交じり合う日はくるのか、誰にもわからないまま——。

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