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女神の瞳に恋してる

 アキラはダンジョンの構築を終えると、拓人を見送り、テラを連れて施設を後にした。


 テラは、その膨大な力を最後の一滴まで搾り取られ、立ち上がる事すら出来なくなっていた。

 アキラはそんな彼女を背負って、帰り道を歩く。


「オマエの体力が回復する前に富士山へ行くぞ」


 アキラがテラへ、端的に今後の予定を伝えた。

 

「……富士山?」


 背中におぶられ息も絶え絶えになっているテラが、か細く呟く。


「ああ、オマエを殺したら僕はすぐにソーマへ浸かる」

「後のことは全てニクスに任せるつもりだ」


 テラを殺してしまったら、アキラの魂はすぐに痛み始めるだろう。

 それを癒すためにはソーマの湯に浸かり続けるしかない。


「オマエが生まれ変わったら、二人で沙耶さんの所へ帰ろう」


「うん……楽しみ……エヘヘ」


 疲労困憊なはずなのに、テラの顔は穏やかなものだった。


「沙耶さんがオマエの母親になるのか……羨ましいよ」


 アキラはズレ落ちそうなテラを背負いなおし、独り言のように呟く。

 その言葉は、きっとアルの中にいる、アキラを含む子供たちの想いでもあった。


「アルも……生まれ変われば……いい」


 きっと愛してもらえる。

 その言葉には純粋な希望が宿っていた。

 

「僕はオマエと違って、すぐには生まれ変われないんだよ」


 できることなら、と零す。

 だが転生には最低十五年。

 その間に沙耶の歳は進んでしまう。

 

 アキラは今、少したりとも彼女のそばを離れたくなかった。

 誰かに執着する、それは彼にとって初めての感情だった。

 

 そしてアルの中にいる子供たちが訴えていた。

 

 僕らの話も彼女に聞いて欲しいと。

 生きた証を沙耶の中に残したいのだと。


「話し終わるのに、少なくとも十五年は掛かりそうだ」


 呟いたのは三万人を超える子供たちの人生の重み。

 沙耶に伝え終えるのには、それほどの年月を必要としていた。

 アキラは、それが終わるまで沙耶のそばを離れる気が無かった。

 

「十五年後……テラは子供産めるようになってるかな」

 

 何気なく口にしたテラの言葉を聞き、アキラは何かに気付いたように立ち止まる。


「もしかしたら、オマエと子供を成すのは、僕じゃなくアユムかもしれない」

 

「アユム?」


「ああ、もうすぐ生まれる僕と沙耶さんの子供だ」


 子供は男の子だとわかっていた。

 そして、沙耶はその名をアキラに伝えていたのだ。

 

「名前は沙耶さんが考えた、オマエと共に歩むためにって意味らしいぞ」


「テラのための名前なの……?」


 アキラの背中で、テラの体が震えた。


「感謝しろよ、あの人は本気でオマエと家族を作る気だ」


「沙耶……ありがとう……うれしい……うれしい!」


 アキラは背中に広がる涙の温もりを感じていた。

 それは、彼女が救われている証のようで、不思議と不快ではなかった。


「僕らは沙耶さんに報いなければならない」


 沙耶の望みはただひとつ、自分たちが救われること。


「家族になるぞ」


 それが彼女の望みなら、恨みすら忘れ全てを優先させる。


「沙耶を喜ばす!」


「そうだ、これからはそれが僕らの全てだ」


 永遠を生きる星導者とは違い、人間の人生は短い。

 どんなに長くても百年。

 きっと彼らにとっては一瞬の出来事だろう。


(ぼく)は太陽の(しもべ)だけど、沙耶さんが生きてる限りは(ぼく)を辞める」


 沙耶と過ごせるその一瞬を心から大切に過ごそう。

 アキラはそう決意していた。


()は、竹内アキラ……沙耶さんの夫として生きてみようと思う」


 神ではなく、一人の人間として。


「だからオマエも人として生きろ、沙耶さんに見合う優しい人間としてな」


 龍ではなく、一人の人間として。


「うん!沙耶とアユムと……アキラと一緒に生きる!」


 人間を餌や玩具としてしか見ていなかった龍は、ここに人となることを誓った。

 人類の天敵は、その座を自ら降りたのだ。


「沙耶さんは本当に女神だったのかもな、人類神の俺が本気で恋をしているのだから」


 彼女を見つめる時だけは、その瞳に神の透明な世界は広がらない。

 そこに映るのは、たった一人に対する恋慕。

 

「沙耶さんは俺を見ていない、俺の中の子供たちを愛している」


 彼女は常に悲哀を愛する。


「だからこそ、俺は彼女を追い続けるだろう」


 そのおかげで求め続けることが出来る。

 それはアルにとって初めての経験。


 自分が不幸でないことで、彼女に振り向いてもらえない。

 そのあまりにも不毛な恋を実らすために、この先を生きる。


「こんなに幸せなことはない」


 今まで人類全てに尽くしてきた。

 でも沙耶といる時だけは、その想いをたったひとりに捧げる。


 これからは自分の人生を生きられるのだ。


 それこそが人類神の望んでいた姿。

 人としての生だった。


「よーし、ちゃっちゃと殺して、俺らの新しい人生を生きるぞ!テラ!」


「おー!」


 二人の笑顔は、確かに未来を見据え輝いていた。


 だが、その選択は黒猫の不幸を生む結果となる。



「ニクス、ちょっと俺らを富士のソーマまで運んでくれ」


「くれー!」


 テンション高めに帰宅したアキラとテラ。

 二人の姿を目にした黒猫は、驚いて金色の瞳をまんまるく開いた。


 自分の主が、人の背中に乗っている。

 しかも相手は人類神アル。

 そんな友人のような距離感は、過去に一度たりとも見たことは無かった。


「テ、テラ様……どうされたのですか?」


 よく見ると、いつもよりも顔色が悪い主人の姿。

 あまりの情報量の多さに思わず固まってしまう。


「ニクス、運んで」


 テラはアキラに背負われたまま、有無を言わせぬ声音で命じた。


「しょ、承知いたしました!」


 黒猫はいかなる時も、主の命には従ってしまう。

 それが使命に縛られている者の宿命。


 もし、使命に逆らえていたならば、これから起こる彼女にとっての不幸は避けられただろう。

 だが、黒猫は他の使徒よりも強い呪縛に囚われていた。

 

 星導者の中でも異質な存在。

 二つの使命を持たされた使徒。

 

 太陽の使徒を影から見守る。

 地球の使徒に付き従う。


 その二重の使命が、魂を深く絡め取っていた。

 

 

 三者は影を伝い、一瞬で富士の樹海に移動する。

 そこには、強い雨が降り注いでいた。


「やばい、スーツが濡れちゃう」


 アキラがテラを下ろして、影から赤いマントを取り出し羽織る。


「テラの服も……しまっといて」


 テラは、その場で着ていた服を全て脱いでアキラに渡し、マナで作った水の羽衣を纏った。

 どうやら少しは回復したらしく、自力でその場に立っている。

 

「アル!説明しなさい!何をする気なの!?」


 何も聞かされていない黒猫が、必死になってアキラに説明を求める。


「これからテラを殺して生まれ変わらせるから、ちょっと魔力貸してくれ」


 主を殺すために手を貸せ。

 その宣告は、黒猫には到底受け入れられないものだった。


「アンタ!馬鹿言ってんじゃないわよ!そんなこと——」


「ニクス……おねがい」


 黒猫の叫びを遮るようにテラは自らの死を望んだ。


「テラは生まれ変わって……沙耶の家族になるの」


 心から嬉しそうに微笑む主人に、黒猫は言葉を失う。

 そして気付く、これは自身があの時アキラへ望んだ結果だということに。

 

 テラへの盲目的な献身が、今の事態を生み出していた。

 主人を死に至らしめる結末へと。

 

「覚悟はいいな……テラ」


 アキラが片手を前に出し、テラへ向ける。

 

「いいよ……来て」


 テラはすでに覚悟を決めていた。

 これから死ぬというのに、その瞳には一片の揺らぎもない。


「やめなさい!アル!お願いだから!」


 テラの足元で、黒猫が悲痛な叫びを上げながら立ち塞がる。


「バイバイ……ニクス」


 テラは黒猫に別れを告げて、静かに目を閉じた。


「……亜門(アモン)


 アキラが術を行使すると同時に黒猫は魔力を吸われ倒れ込む。

 

 空中に現れた漆黒の玉は、シャボン玉のようにゆらゆらと揺れながらテラへ向かう。


「……やめてぇー!」


 黒猫が足掻くように手を伸ばすが、自身の魔力で作られた小型のブラックホールには届かなかった。

 

 そして、テラはこの世から消え去る。

 魂のみをこの世に残して。


「……後は頼んだぞ、ニクス」


 アキラは泣き叫ぶ黒猫を残し、隠れ家に続く洞穴へと入っていった。


 しかし、すぐに戻って来て、説明し忘れていた今後の流れを告げた。


「とりあえず、俺はソーマに浸かってるから、テラが産まれたら迎えに来てくれ」


「アンタ!ふざけんじゃないわよ!何十年後の話をしてるの!」


 激高しながら牙を剥く黒猫に、アキラは雨に濡れている髪を掻き上げた。


「多分、一週間くらいでここに生まれると思うぞ、赤ん坊の姿で」


「ハァ!?どういうことよ!」


 事前に何も聞かされておらず、いまだ冷静さを取り戻せてない黒猫は、アキラの話を理解できない。


「あ……マズイ……魂が痛くなってきた……」


 二人の繋がりが切れて、アルの魂に傷が付き始めていた。


「とにかく……テラはすぐに生まれるから……ここで待ってろ……」


 アキラは右目を抑えながら、再び洞穴に向かう。


「なんなのよ……もう……」


 黒猫は、事態がまるで呑み込めなかったがアキラの言葉を信じるしかなかった。


 

 そして一週間後。

 小さな地鳴りとともに、樹海の地中から直径三十センチほどの卵が顔を出した。

 

 黒猫は人の姿になって、その卵を必死に掘り返す。

 

 ニクスが卵を抱きかかえると殻にヒビが入り、卵液が滲みだす。

 慌てて卵を地面に置きなおすと、卵が崩れ、中から青い髪をした赤子が出てきた。


 赤子は、卵液を払うように身を震わせると、ニクスを見上げて呟く。


「おぎゃー……」


 そこには、力を全て失くしたテラが、人間の赤ん坊として誕生していた——。

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