いつか来る脅威
拓人はホンシアのマンションを後にすると、マリアに会うためバイクでRod本部へ向かった。
「マリア……調子はどうだ?」
まだ妊娠五ヶ月でお腹は目立たない嫁に、出来るだけ優しく声を掛ける。
「うむ、仔細ない」
マリアは聖母の笑みを見せながら、ベッドへ横になって柔らかく答える。
中学生のようだった外見も、母親としての自覚からか以前より大人びていた。
マリアは妊娠してから、随分と柔らかい性格になった。
自分を律し、信者を律し、戒律のもとに生きてきた彼女の人生。
それが俺との結婚と妊娠により、少し変わったようだ。
もちろん、アキラのそばへいられるようになったということが一番の理由なのだろう。
あの出会った頃の固い雰囲気はなくなっていた。
「もうすぐ家が完成すると報告が来た」
マリアが待ち侘びていた、アキラ家へ隣接する新築への引越し。
それを嬉しそうに報告してきた。
「……らしいな、観に行ったが立派な家だったぞ」
俺には立派過ぎるくらいだった。
住む人物を考えればそれも当然なのかもしれないが、豪邸と言っても過言ではない大きさだ。
あらためて見ると、住むのに少し落ち着かないような屋敷が完成していた。
何せ、十代前半はホームレスとして暮らしていたのだ。
今住んでいるタワーマンションも明らかに分不相応だというのに、次はメイド何人かいても不思議じゃないような豪邸。
たった数年で起こったその変化に戸惑うのも当然だろう。
「皆も息災か?」
「ああ……順調に育ってるみたいだぞ」
マリアよりも出産が早い他の姉妹を気に掛けた。
仲の良い姉妹だ、しばらく会っていないから気になっているのだろう。
「サチカはどうしておる?」
俺の四人目の嫁さん予定、一条サチカ。
「あー……まだ父親と揉めて許可が出ない」
その父親である一条マコト。
彼との折り合いがすこぶる悪かった。
すでに四回ほど本気で戦って、お互い軽くはない怪我を負っている。
少なくとも向こうは確実に俺を殺しに来ていた。
気持ちは分からなくない。
突然現れた人相の悪い定職にもついていない男が、成人してない娘を誑かしたんだから、普通の親なら反対するだろう。
しかもサチカは日本有数の財閥、一条家の御令嬢らしい。
俺にとってその立場はピンとこないが、手塩に掛けて育てられたことくらいはわかる。
だから、戦う時はどうしても本気になれなかった。
しかし、それがマコトをさらに逆上させていた。
そんなわけで、結婚の話が進まないのだ。
サチカの母親、一条遙はマコトとは逆で、なぜか俺を気に入ってくれている。
結婚の話も前のめりで進めているくらいだ。
サチカ本人も早く結婚したがっている。
新しい住居がアキラ家の隣だと知ってからは、すでに引越しの準備を済ましたらしい。
彼女はマコトと冷戦状態に陥っていると言っていた。
親と揉めさせるのは申し訳ない。
なんとか全員が納得した状態で、サチカを迎え入れたかった。
「御父様にお願いすれば良かろう」
マリアの言い分はわかる。
きっとアキラにお願いすれば丸く治るだろう。
だが、自分の問題だ。
いちいちアキラに頼って解決するなんて情けない真似したくない。
「……まぁ、なんとかするさ」
「サチカは見所がある、早く迎え入れてやりたいものよ」
マリアは余裕のある態度を見せる。
それには理由があった。
初めて顔合わせをした時から、サチカはマリアを激しく尊敬しているからだ。
アキラのために世界の宗教をまとめて、三千年にも及ぶ献身を続けたマリアの人生。
それはサチカにとって理想の姿だったらしい。
四人での顔合わせをした当初、サチカは高飛車な態度を崩さなかった。
だが、マリアの自己紹介が終わった瞬間に、彼女は跪きRodへの入信を願った。
瞳を涙に激しく濡らしながら。
それからサチカは、マリアのことを人生の師として崇めている。
マリアもその恭順を快く受け入れていた。
「サチカが今生で、御父様と血を分けた存在として生まれたことには、きっと意味があるはず」
遠くを見据えて縁の導きに想いを馳せるマリア。
俺としては、家族みんなが仲良く過ごしてくれるならそれで良かった。
「話は変わるんだけどよ……ルシアンって男を——」
「そなた!何故その名を知っておる?!」
マリアは俺の言葉を遮って、怒りの声を上げた。
「彼奴は人が忌むべき存在!口にするのも悍ましき禍つ者よ!」
久々に見るマリアの激昂。
どうやら並々ならぬ因縁があるらしい。
「アキラが教えてくれてよ……場合によっては俺が止める約束をした」
「……止める……か……」
マリアはその美しい顔を悲痛に染め、影を落とす。
「タクトよ、その優しさは瞠目に値する……御父様へそう伝えてくれたこともな」
俺の真意を汲み取って、ゆっくりと頷く嫁は儚げな表情をしていた。
「だが、そんな心持ちでは……そなたが殺されてしまう……」
その瞳は静かに揺れている。
「彼奴は悪魔よ……テラに次ぐ人類の天敵よ……今となってはアレをも超える脅威かもしれん」
テラを敬愛し、人類を滅ぼそうとした存在。
それがどれほどの脅威かは想像がつかない。
「どちらにせよ、テラに勝つためにはその男も超えなきゃ駄目だろ」
だが、それで立ち止まるわけにはいかない。
目指す者はその先にいるのだから。
「とりあえず空を自由に飛びたいからよ、子供が産まれたらコツ教えてくれ」
魔力はマリアが師匠だった。
光を操る魔力によって、空中に浮いたり、部屋を明るくしたりは出来るようになったが、まだまだ修行が足りていない。
「タクト……そうよ、そなたは止まらんよな……」
マリアは、目じりに溜まった涙を指で拭うと微笑みを浮かべた。
「……ならば良い!妾の秘術!全て伝えて進ぜようではないか!」
立ち上がり声を張り上げ腕を振るう。
いつもの調子が戻ってきたようだ。
マリアはいつだって俺を信じ導いてくれる。
それに何度救われたかわからない。
今回だって、嫁が体を張って魔力を与えてくれていたから突破口が見えている。
その献身にいつも助けられていた。
「Rodを創設したのも、テラだけでなくルシアン対策でもあったしのう」
それは初耳だった。
「以前、彼奴は人類滅亡を企てた……テラを崇める邪教を創ってのう」
マリアは忌々し気な目で当時を思い出しているようだ。
「テラの居場所を探るためだけに人類同士の戦争を引き起こし、世界人口を一億人近く減らす結果を生んだ」
目を瞑り、黙祷を捧げるように手を組む。
「妾は信者を使い、ドイツを主軸に世界の裏で暗躍していたその邪教を虱潰しにした」
「だが、口惜しくもルシアン本人を捉えることは出来ず、今に至っておる」
「いつか再び信徒を集め、行動を起こすのは間違いないだろうよ」
どうやら話を聞く限りかなりヤバイ奴らしい。
「……でも、お前も人類滅ぼそうとしたよな?」
確か世界人口を四十億人くらい減らそうとしていた。
「あ、あれは違う、ちょっとした勘違いによる暴走よ……」
「……ちょっとじゃないだろ」
あの時のマリアは完全に本気で行動していた。
「出会った時はすまないことをした……止めてくれて感謝しておる」
少しいじめ過ぎた。
俺はマリアのそばに寄り、ベッドに座るとしょんぼりしている嫁の頭を撫でた。
「気にすんな……あれがあったから、今、隣にお前がいてくれてる」
確かに死ぬような目にはあったが、それも今の幸せに繋がる道だった。
「タクト……」
「マリア……」
嫁の潤んだ瞳を見ていると、思わず押し倒したくなる。
だが、今は妊娠中だ。
あまりそういったことはしない方がいいだろう。
「大丈夫じゃぞ?今は安定しておるからの」
俺の気持ちを察したのか、顔を赤らめ誘われた。
「え?……いいの?」
思わず鼻息が荒くなってしまう。
サチカとはまだそんな関係ではないし、嫁さんはみんな妊娠していて随分とご無沙汰だ。
「……よい、優しくするのじゃぞ」
俺を受け入れようと、両手を広げる姿は女神そのもの。
今はその優しさに存分と甘えることにしよう。
いつか必ず来る脅威に備えて——。




