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父親の自覚

 拓人はアキラと別れ、アマテラスが待つマンションに帰った。

 そして、先ほどアキラから聞いた話を確認する。



「アマテ、さっきアキラからルシアンって男の話を聞いたんだけど、知ってるか?」


 アキラの息子の名は、ルシアン・ヴェイルフォード・エインズワース。

 三百年以上生きている男らしい。


「え、知らないよ」


 どうやらアマテラスは知らないらしい。

 まあ、人生のほとんどを引き籠っていたから仕方がない。


「それより、その作業着どうしたの?今日は修行の日じゃないよね?」


 ダンジョンでズタボロになった服を見て、アマテラスの視線が鋭くなる。


「あー……アキラの造った新しい修行場でちょっとな」


 死にかけたとは言えない。

 普段から危ないことはするなと言われていた。

 なにより、身重の時は助けに行けないから絶対駄目だとも。


「ふーん、父君(ててぎみ)がいたなら大丈夫だろうけど、気を付けてよ」


 そう唇を尖らせて、晩御飯の支度をしてくれた。


「この子がお父さんを知らないで育つとか、可哀そ過ぎて無理だからね」


 その上で、自身の膨らんだお腹をさすって俺に釘を刺す。


「ああ……わかってる」


 口ではそう言ったが、正直あまりわかっていない。

 俺がいなくても、きっと幸せに過ごせると思っていた。

 

 日に日に大きくなっていくアマテラスのお腹を眺めていると、不思議な気持ちにはなる。

 だが、父親としての自覚があるかといえばピンと来ていないのが現状だった。


 親を知らない俺が、この若さで親になるってのがそもそも問題なのだろう。

 ちゃんとした親なんて、とてもじゃないがなれる気がしない。


 嫁さんたちが大切だったのと、アキラに喜んで貰いたくて頑張っただけ。


 一度、不安になってアキラに子育てのコツを聞いたことがある。

 だけど、帰ってきた答えは『決まりはない』だった。


『子供というのは親が思った通りには育たないし、思った通りに育ててはいけない』

『健康にだけ気を付けて、檻を作らず、ただ愛情を込めて接するだけだ』と教えてくれた。

 

 それを聞いてさらに絶望してしまったのだ。

 

 俺は、研究のために健康を犠牲にされ、檻の中で、愛を知らずに育った。

 アキラの言っていることと真逆の子供時代だ。

 そんな経験をしてしまった自分が、何か大切なことを子供へ伝える事なんて出来る気がしない。


「また自信なさそうな顔してる!」


 アマテラスが、俺の顔を指差して頬を膨らませる。


「大丈夫だって言ってるでしょ!私たちみんなで育てるんだから!」


 子供を育てる不安が顔に出るたび、嫁さんたちは俺を励ましてくれる。

 本当に俺のことを理解して大切にしてくれているのだ。


「もうすぐ家も完成するし、そうすれば父君の家もすぐそばになるから安心でしょ?」


 現在、マリアが買ったアキラの家の隣にある土地へ、俺たちが住む予定の大きな家を建てていた。

 完成したら、このマンションから二人で引っ越す予定だ。


「その頃には子供も生まれてるし、新しい暮らしが始まるよ」


 テーブルに夕食を並び終えたらしく、席に着くよう促された。

 

 不安は尽きないけれど、大切な人に囲まれる生活は楽しそうだ。

 それに、俺が立派な父親に成れなくてもアキラがそばに居てくれたら、俺の代わりに手本となってくれるだろう。


「……そうだな」


 不安も無くなり、小さく息を吐いた。

 そして自分の席に着いて、目の前の食事に手を合わせる。

 

「……いただきます」


「はい、めしあがれ」


 タケノコご飯に舌鼓を打って顔を綻ばせた。

 目の前にはそれを嬉しそうに眺める嫁さんがいる。


 思い返せば、アマテラスは出会った時からいつも俺に寄り添ってくれた。

 焦らずにゆっくりと距離を測りながら近寄ってくれたのだ。


 お互い人付き合いが苦手だったから。

 共通するところが多かったから。

 一緒にいて安心できた。

 

 いつまでもこんな幸せが続けばいい。

 子供が生まれても今と変わらず二人とも笑顔でいられるように、心の中でそっと祈った。



 次の日、ホンシアのマンションに顔を出した。

 修行もあったが、アキラの息子の件を聞くためだ。


 

「ホンシア……ルシアンって男を知ってるか?」


 ソファーで寛ぎ、少し目立ち始めたお腹に気を送り続ける嫁さんに声を掛ける。


「ルシアン?知ってるヨ……ナンでタクトがその名を出すネ?」


 ホンシアは気の操作を止めて座り直すと、細い目をさらに鋭くし問いただした。


「……実は昨日、アキラからそいつの話を聞いてな」


「戦うつもりならやめておくネ、殺されるヨ」


 真剣な表情で止められる。

 どうやらホンシアは彼をよく知っているらしい。


「アキラと約束したんだ……必要なら止めるってよ」


 その重みをホンシアはわかってくれる。


「ルシアンは、我より強いヨ」


「え……マジで?」


 そこまでだとは思っていなかった。

 ホンシアは前に人類で二番目に強いって言っていた。


「体術だけなら勝てるネ……でも、奴は魔法や精霊も使うヨ」

 

 だが、総合力で負けると告げた。


「さらに、奴はテラに憧れ過ぎテ、遺伝子を龍へ近いモノと変化させているネ」


 ホンシアの表情が、憎々しいものを思い出したように歪む。


「昔、腕試しだとほざいテ、我の前に現れたのヨ」


 よほど嫌な思い出なのだろう、こめかみの血管が浮き出していた。

 

「近距離でボコってやったラ、離れてずっと攻撃してきた卑怯者ネ」


 遠距離攻撃か、それは俺も苦手だ。


「終いには長江を精霊で氾濫させテ、その時の屋敷や弟子ごと流されたネ!」


 随分とスケールがデカい話だった。

 マナと呼ばれる精霊使いはそんなことも出来るのか。


「結局、その時の死者数は数百万人にものぼったネ」


 とんでもない大洪水だったらしい。

 そして、ルシアンの人類に対する躊躇の無さも知れた。


「もし戦うなら、空中を高速で飛べるようにならないと勝てないヨ」


 そういえば、昨日のダンジョンでもそれが出来ないせいで死にかけた。

 チャクラで高くジャンプしたり、魔力を使って浮くは出来るようになったが、自由に飛べるようにはなってない。

 

「……絶対勝てるように、鍛えてみせる」


 出来ないなら、出来るようになるだけだ。

 アキラが進化を望んでくれているのだから、それに答えるのが俺の生きる意味だろう。


「良し!それでこそ我の愛した漢ヨ!」


 ホンシアがそう言って誇らしげに笑う。

 

「コノ子が生まれたラ、すぐに修行を付けるネ!」


 お腹をさすって目を細めた。


「よろしく頼む……ところで順調なのか?」


 ホンシアの腹に視線を送って確認する。

 先ほども、気を胎内の子供へ送っていたが、どういった効果があるのか知らなかった。


「バッチリヨ!世界最強に育てルため二、今から英才教育をしてるネ!」


 お腹の子にチャクラがあるとは聞いていた。

 俺はそのせいで捨てられたけど、ホンシアはちゃんと育てている。


 もちろん、母体の強度が高いから成り立つことだ。

 ホンシアだからこそ無事でいられる。


 俺も、母親がホンシアみたいだったら普通の子供時代が遅れたのだろうか。

 それを考えると、これから産まれてくるであろう我が子を羨ましく思えてしまう。


 こんなことでちゃんとした父親になれるのだろうか。

 再び不安が浮かんでくるのを感じた。

 

「タク!膝枕してあげるヨ!」


 ホンシアが急に手招きをして呼び寄せた。

 

「な、なんだよ急に……」


「いいから来るネ!」


 なんとなく気恥ずかしかったが、譲らない気配を感じ、仕方なく隣に座り膝へ頭を乗せた。


「イイ子ネ、ちょっと気を通すヨ」


 妊娠してからは念のため気の循環は控えていたから、ホンシアの気を感じるは久しぶりだった。

 

「感覚を開いテしっかり受けとるネ」


 嫁の体温と穏やかな気の流れ、そこに薄っすらと混ざっているのが、きっとお腹の中にいる子供の気。


 ピョコピョコと楽しげなリズムで流れてくる気を感じ、思わず笑ってしまう。


「我とタクの子は元気ネ」


 きっと心の内がバレているのだろう。

 ホンシアには、出会った時から未熟なところしか見せていない。

 だから、俺の弱さを誰よりもよく知っている。


 それでも愛してくれた。

 今も、そしてこの先もきっと。


「大丈夫ヨ、タクは優しいから、良い爸爸(バーバ)になるね」

 

 俺の頭を撫でながら、優しく甘やかしてくれる。

 ホンシアにそう言われると、不思議となんだかそんな気がしてきた。


「俺……がんばるよ」


 嫁と子供の気に包まれて、幸せな気持ちで目を閉じる。

 そこにあったのは、幸福の形そのもの。


 

 拓人は、親に捨てられた過去を洗い流すように、声も上げず、ただ静かに涙を流していた——。

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