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怨讐の彼方に

 沙耶が妊娠してから、アキラは今までとまるで違う生活を送っていた。


 戸籍を一条家から外し、竹内アキラとして作り直したため、学校はすでに辞めていた。


 その空いた時間は、次々と生まれた我が子を見に行ったり、施設を作る手助けをしたりしている。


 だが一番の変化は、夜に沙耶と二人で過ごす時間が増えたことだ。


 彼女はとても不思議な存在だった。

 アルを神として見ないのだ。

 あくまでも、ただの男として接してくる。

 

 そして何より、すでに消え去っているだろう一条アキラの痕跡を、必死で探していた。


 そのために毎晩、一条アキラだった頃の話をするのだ。


 生まれてから何があって、何を感じ、何をしたかったか。

 それはまるで、アキラを生き返らせるような作業。


 それだけでは無い、沙耶は他の転生元になった人間の話も聞きたがった。

 いつ、どこで、どんな生活を送っていたか。

 三万二千五百十二人分を漏らさず聞きたいと。

 

 時間がいくらあっても足りない。

 まるで千夜一夜物語のように、アキラは毎夜、沙耶に話を聞かせた。


 アキラの前に転生した少年の話。

 その前に転生した少年の話。

 そのさらに前に転生した少年の話。


 話の最中、沙耶はアキラの瞳を真剣に見つめる。

 そこには熱い恋心が浮かんでいた。


 その熱に焼かれるように、アキラの沙耶に対する恋心も強くなっていた。

 そして少しずつ、自分の中にさまざまな感情があることを知る。

 それは百万年間、意識しないでいた心の内側。


 人生に積み重なった(おり)だった。


 沙耶はそれを丁寧に救い上げ、清めてくれる。

 その優しさに、思わず涙してしまう。


 この涙が自分の物なのか、それとも消えていった少年たちの物なのか。

 確実なのは、彼らの存在は消えていなかったということ。

 その記憶を辿れば、少しずつ違っていた個性も思い出された。


 彼らの家族の記憶も含めて。

 


 アキラにはもうひとつ、絶対にやらねばならないこともあった。

 沙耶のお腹にいる子供の強化だ。


 沙耶は、生まれてくる子をテラと仲良くさせるつもりらしい。

 ならば、テラに釣り合うくらいの強さがないと、確実に悲劇を生むだろう。


 沙耶を泣かせるわけにはいかない。

 なにより子供を亡くすのは避けたかった。

 

 方法は開発してある。

 精子による胎児の強化だ。


 魂の強い子供を作るために考え、紫星綾乃との交わりの中、試行錯誤の末に作り上げた技法。


 自身の能力を乗せた精子を操作して、胎児に力を送る。

 その繊細な操作は、母体と自分が繋がっていないと出来ない。

 結果、沙耶と過ごす夜は、毎夜濃密なものとなっていた。


 十月十日、ほぼ毎晩繰り返されるその術により、赤子は生まれる前から膨大な力を持って生まれることとなるだろう。


 こうしてアキラは、沙耶に尽くす日々を送っていた。


 

 もう、いつ生まれてもおかしくないとなった時、珍しくテラから部屋に来てくれと呼び出された。


「なんだよ話って」


 テラの部屋に入ると、彼女は神妙な顔をして待ち構えていた。


「もうすぐ……生まれる」


 この一年、彼女は沙耶にベッタリだった。

 暇さえあれば沙耶のお腹に話しかけ、胎教に勤しんでいたのだ。

 そして、人形を相手に遊ぶ練習を繰り返していた。

 壊さないよう丁寧に、優しく、愛おしげに。


「……テラは沙耶の子供になりたい」

 

「はあ?何言ってるんだオマエ」


「だから手伝って」


 要領を得ないお願い。

 テラはアキラ以上に説明が苦手だった。


「テラは地球に願う」


 それでも何としても叶えたいのだろう。


「赤ちゃんにしてって」


 紡ぐ言葉に必死さが浮かんでいる。


「体が小さくて力をなくせば……すぐに生まれる」


 今までテラが生まれ変わってきたルールを考えれば、確かにそれは理にかなっていた。


 テラは、能力を高くし、体を大きく生まれ変わるほど、生まれ変わるための時間が長い。

 ならば力がない赤子として生まれるなら、きっとひと月も掛からないだろう。


「だから……テラを殺して欲しい」


 沙耶に聞かれたくなかったのだろう。

 彼女が聞けば必ず反対する。

 何より確実にその心を痛めることとなる。


 テラはいつの間にか、驚くほど人間の心を理解出来るようになっていた。

 全ては沙耶の献身的な行いの結果だ。


 人を思いやれる。

 それは心の成長。


 テラはもう、ただ自由に暴れるだけの生き物では無くなっていた。

 理性という、人のみが持っている縛りを手に入れたのだ。


「わかった、協力してやる」


 色々と面倒なことになるのは分かっていた。

 だけど、テラの成長に思わず感動を覚えてしまった。

 何より、その気持ちは深く理解出来た。


 アキラも、もし生まれ変わるなら、沙耶の元に生まれたいと思ったから。


 テラを殺せるのは自分だけだ。

 様々なことを考えて、沙耶の出産後すぐに行うことを約束した。


「ありがとう……アル」


 アキラはその言葉に驚く。


 テラから礼を言われたのは、五千年で二回目。

 ソーマを教えた時以来だった。

 

 彼女にとって、それほど大きな価値のあることなのだろう。


「その代わり、色々手伝えよ」


「わかった!」


 

 アルとテラは不倶戴天の怨敵であり、親しさというものは皆無だった。

 そんな二人が沙耶という人間の存在で、曲がりなりとも家族となった。


 怨讐の彼方に結びついた二人。

 五千年近く争い続けた神と龍を結び付けたのは、たった一人の人間。


 それは奇跡なのだろう。

 

 だが、彼女にその意識はない。

 ただ彼らへ寄り添っただけ。


 それこそが、きっと人の持つ美しさなのだろう。

 

 アルの育てた人類。


 その道程は決して間違っていなかった。

 彼女の存在こそが、それを証明していたのだ——。

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