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明るい家族計画

 朝、一条沙耶は自分のベッドで目を覚ます。

 

 時計を見るといつも通りの時間。

 ここ一年の規則正しい生活が、体に染み込んでいるのだろう。

 

 だが、今朝はいつもと同じような朝ではなかった。

 それに、初夏だというのに少しだけ肌寒い。

 

 理由はわかっていた。

 全裸で寝てしまったからだ。

 

 では、なぜ全裸なのか?

 それは隣に寝ている、昨日付き合い始めた彼氏も全裸だからだろう。


 私は隣のアキラを起こさないよう、そっとベッドから降り、着替えを持ってバスルームに向かう。

 シャワーを浴びて体を綺麗にし、少しでも頭を落ち着けるために。


 なぜこうなったのか?

 それを考えなければならない。

 

 記憶はある。

 だからこそ、この下腹部にある違和感に対しての言い訳が出来なかった。


 致してしまった。

 付き合った初日で。


 熱いシャワーを浴びながら、思わず頭を抱える。

 自分の初めてを、こんな形で迎えるとは考えてもいなかった。

 

 アキラには、ゆっくりと男女の付き合いを教えて行こうと決めていたのに、あまりにも性急過ぎた。


 だが、後悔はしていない。

 彼を知るために必要なことだったから。


 アキラにとって、本能よりも強い太陽からの使命をまずは果たさせる必要があった。

 悲しみを心の深くに沈めているのは、彼の持つ使命の重圧なのだから。


 そうでもしなければ、アキラの悲しみが顔を見せず、いつまで経っても寄り添えない。

 彼の子を宿している間だけは、私の存在が使命にとって空白になる。

 彼の心に深く寄り添うのはその時しか無いだろう。


 だから、妊娠してからアキラと向き合う。

 そして、彼の中に沈むアキラと子供たちを探し出す。


 人類神に人生を乗っ取られた、三万人を超える子供たちの悲しみを癒したいのだ。


 それこそが、アキラの悲しみに恋をした私が、最優先で成さなければならないことだった。


 

 お風呂に入って頭も回ってきた。

 いつ私が身籠るかはわからないが、妊娠している十月十日の間は全力でアキラと向き合うつもりだ。


 バスルームを出て、リビングに向かう。

 皆の朝食を作るためと、もし昨晩の片付けが済んでいなければ、それもしようと思っていた。


 だが、部屋はとても綺麗になっていた。

 おそらく精華が片付けてくれたのだろう。

 彼女はいつだって業務を忠実にこなしてくれる。


 その姿が、使命の為だけに作られたアキラと重なって思えた。

 そこに寂しさを憶えてしまうのは、私が傲慢だからだろうか。


「サヤ……大丈夫?」


 不意にテラから声を掛けられた。


「テラ様、起きてらしたのですか?」


 どうやらソファーで横になっていたらしい。


「サヤが酔って……心配した」


 何かトラウマでもあるのだろうか?

 私を心配して起きていたようだ。


「すみませんでした……でも大丈夫ですよ!ありがとうございます!」


 ひと眠りして酔いはとっくに醒めている。

 戻ると言ったのに戻らなかったことを申し訳なく思って謝罪した。

 

 すると、テラは驚いた顔をしながら、私のお腹に顔を近づけ、そこを凝視する。

 

「サヤが……その子を産んだら……おっぱい飲める!」


 テラがニコニコしながらお腹を指差した。

 

「えっ!?……分かるのですか?」


 思わず腹に手を当てる。


「うん……いま……できてる」


 テラは、眼鏡を掛けていない目でジッと私のお腹を見つめながら、瞳を輝かせていた。


「そうですか……もう出来ているのですね」


 テラは不思議な力を持っている。

 妊娠したことくらい分かるのだろう。


「サヤの子……早く生まれると……いいな」


 希望に満ちた顔で、微笑むテラを私は愛おしいと思った。


「ならば、この子が無事に生まれたら、お友達になってあげて下さいね!」


 テラの悲しみを、少しでも埋めてあげられる存在になれば良いと思った。


「お友達?テラの?」


「ええ、きっと仲良くなれますよ!」


 テラは私の提案にパッと顔を輝かせた後、すぐにその輝きを曇らせた。


「でも……アルは許してくれない……前もアルの子供と遊ぼうとして……怒られた」


 確かに、力の調節が難しいテラは、子供と遊ぶのが難しいだろう。


「大丈夫です!私が仲良くなる方法をお教えしますよ!」

 

 だけど、それは私が教えてあげればいい。

 テラは同じ失敗を繰り返さない。

 人形を使ったりして工夫すれば何とでもなるはずだ。


「ホント!?テラにお友達ができるの!?」


 夢見る少女のような潤んだ瞳。

 そこには希望が宿っていた。


「ええ、きっとテラ様と一緒に隣を歩く、友達以上の姉弟(きょうだい)みたいな存在になりますよ!」


「きょうだい……テラに姉弟ができるの!?わーい!」


 私は、このお腹に宿っている子が、彼女の孤絶を癒してあげられる気がしていた。


「そうですね、いっそ、私たちは家族になりましょう!」


 生まれてくる子を柱として、私はテラの母になろうと思った。


「家族!すごい!ニクスも?」


「ええ、ニクス様も他の使徒様たちもです!」


 今、ここに住んでいる者たちで家族になろう。

 皆の悲しみが少しでも減るように、寄り添いながら明るく楽しい生活を送るのだ。


「やったー!テラに家族ができるんだー!」


 早朝から騒ぐテラに、他の使徒が何事かと目を覚ます。


「なによぉ朝っぱらからぁ……」


「やれやれ、もうちっと寝かせてくれてもバチは当たらんでの……」


 アストレアと亀が愚痴をこぼす。

 シマエナガが『ツリリ』と鳴いて、メンダコが泡を吐く。

 豆柴は外の小屋でまだ寝ているだろう。


「……うるさいぞテラ、朝から騒ぐな」


 そしてリビングにアキラが現れた。

 パジャマの胸のポケットからチトが顔を出している。

 

「みんな!家族!」


 テラは沙耶に抱き付きながら、そのお腹へ聞かせるように声をあげた。


「ええ、今日から私たちは家族です!」


 私はテラを抱きしめて、ハッキリと宣言した。


「いいですね?アキラくん!」


 皆で寄り添い癒し合う。

 そこに種族は関係ない。


「沙耶さんが望むのなら、僕はいいよ」


 彼らが神だとしても関係ない。


「では皆さん!これからよろしくお願いします!」


 そこに悲しみがあるなら、全力で無くしていくだけ。

 分厚い氷山を、この身ひとつで溶かすような無謀な作業だとしても。


 私には、それをやらないという選択肢はないのだから。


「沙耶」

 

 いつのまにか足元にいた黒猫が、恭しく私に向かい頭を下げた。


「あなたに心からの感謝を……」


 大げさすぎる態度だと思ったが、伝わってくる気持ちは真剣なものだった。

 きっと主人が喜んでいる姿が嬉しかったのだろう。


「どういたしまして!ニクス様もこれから家族としてよろしくお願いしますね!」


「なら、アタシのことは、ニクスと呼んでちょうだい」


 頭を上げて金色の瞳で見つめながら言う。

 家族として親しくしてくれるなら私も嬉しい。


「では、ニクスさんとお呼びしますね!」


 いつも気高さを見せる黒猫が、私の提案に寄り添ってくれた。

 それによって、他の使徒も声を上げだす。


「ならぁワタクシもぉアストレアちゃんって呼んで欲しいわぁ」


「ワシもアーくんとか呼ばれたいのう」


 次々と声を上げる星導者。

 シマエナガやメンダコも、必死にアピールする。


「テラも……ふつうに呼ばれたい」


 私の腕の中で、テラが呟いた。


「ならば……テラちゃん、ではどうですか?」


 愛情を込めてその名を呼んだ。

 ずっと近くにいると約束するように。


「テラちゃん……テラちゃん!」


 テラは私の体に抱き着いたまま、喜びを示すように飛び跳ね、その綺麗な青い髪を揺らしていた。


 

「なら僕は、アル君って呼んで貰おうかな」

 

 柔らかく微笑みながら、アキラが軽く口にした言葉。


「……いいえ、私はあなたをアルとは呼びません」


 それを拒否する。


「私が恋したのは、アキラ君です……人類神アルではないのです」


 アルの中のアキラの悲哀に惹かれたのだから。


「それは、よくわからないな」


 不思議そうにこちらを見つめる、透き通るような瞳。

 そこには果てしなく広がる世界があった。


「私はあなたの子を身籠りました」


 覚悟を抱いて、その世界へ踏み込んでいく。

 

「だからこれからは、あなたの中にいるアキラ君へ寄り添っていきたいのです」

 

 潰されてしまった子供たちと共に生きたい。

 無限に広がるような彼の世界、そこに悲しみは浮かんで来ない。


 それでも必ずアキラたちを見つける。

 あの時見えた心の底、彼は確かにそこへ居たのだから。


 挑むような私の視線に、彼の瞳が少し揺れた。


「沙耶さんは……」


 何かを言いかけて口をつぐんでしまう。

 でも、言いたいことはわかっていた。


「大丈夫です!私はあなたのことも愛していますよ!」


 恋をした相手はアキラだが、人類神アルも私にとっては大切な人だ。

 

 この三年間で、紡いだ絆は嘘じゃない。

 私が、哀れみと親愛を持って接していた相手は、間違いなくアルだった。

 

「だから家族なんです!」


 神だからって家族になれないわけじゃない。

 

「今までと何かが変わるわけではありませんが、きっとより楽しく過ごせます!」


 安心できる場所。

 あたたかい場所。

 帰るべき場所。

 

 私はそれを作る。


「……そうだね、沙耶さんが居てくれればそうなりそうだ」


 アキラは、少し呆然としながら静かに言った。


「はい!それにこの子が生まれたら、今よりもっと楽しくなるでしょう!」


 神である彼らと一緒に歩むこととなる子供。

 でも、何も心配はいらないだろう。

 

 皆で、明るい家庭を築いていけばいいだけなのだから。


「テラの友達!姉弟!そこにいる!いっしょにあそぶ!」


 テラはアキラに近寄り、私のお腹を指差しながら嬉しそうにハシャいでいた。


 アキラはその姿に眉を吊り上げ怒鳴りつける。


「馬鹿野郎!そんなの許すわけがないだろう!だいたい——」


「この子は、テラちゃんと一緒に育てます!」


 アキラの声を遮って、私の意思を伝えた。


 心配する気持ちはわかっている。

 だがもう決めた事だ。

 私はこの子と一緒にテラの孤絶を埋める。


「必ず無事に育ててみせますから!」


 譲る気は無かった。

 テラのヒーローになると決めたのだから、それを全うするだけだ。

 

「危な過ぎるよ!」


 アキラが初めて私に向かい声を荒げた。


「私はテラちゃんの優しさを信じています!」


 それもきっと、家族となるには必要なこと。

 ぶつかって見えてくるものもあるはずだ。


「……わかったよ、でも、絶対に僕がいる目の前以外では触れさせないでね」


「わかりました!」


 もちろん意見を譲り合うのも大切だ。

 家族は話し合って作っていくものなのだから。


 他人同士が努力をして家族となる。

 それは人にとって普通のことだ。


 何も心配はいらない。

 きっとこの先は明るい未来が待っている。



 こうして、沙耶の明るい家族計画は始まった。

 だが、それはあまりにも無謀で杜撰な計画だった。


 それでも誰も沙耶を責めはしない。

 全ては彼女の優しさから生み出されたものだったから——。

広告の下にある☆☆☆☆☆から、作品の率直な評価をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、ものすごく嬉しいです。

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