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あなたと握手

 アキラから、普段世話になっている礼にと食事に誘われた。

 気持ちだけで良いと言ったけど、話があるからと半ば強引に高級ホテルの最上階にあるレストランへエスコートされる。


 服やアクセサリーまで用意され、なんだか場違いな感じが否めないけど、折角なのでありがたくご馳走になった。


 美味しい食事を食べながら楽しく話をしていると、途中でアキラが席を外した。

 すると、それを見計らったように、背の高いウェイターがテーブルに小さな箱を持ってきた。


「……アキラ様から沙耶様へ、贈り物です」


 聞き覚えのある声に思わずそちらを見上げる。

 すると、その黒服を着た背の高い金髪のウェイターは、何度か遊びに来たことのあるアキラの友人だった。


「あ、あの、アナタは拓人くん……?」


 思わず声を掛けると、ぎこちない笑顔で持ってきた小箱を指して、開けるように促された。

 仕方なく先に小箱を開けると、そこに入っていたのは巨大なダイアモンドだった。


 意味がわからず固まったままそれを見ていると、急にレストランの照明が消え、スポットライトにアキラが浮かび上がる。


「沙耶さん、僕の気持ちを聞いてくるかな?」


 よく見ると、右耳から頬に何かを付けている。

 それが何か気付いたのは次の瞬間だった。


「暗い夜を裂いて君の名が昇る~♪誰よりも優しい光で僕の苦しみを癒した~♪」


 光を浴びたアキラが歌い出した。

 レストランに美声を響かせ手を広げている。

 ハッキリ言って意味がわからない。


「今は守られるだけの弱い僕じゃない~♪君の笑顔を守るためにここまで来たんだ~♪」


 ここまではアカペラでアキラのみが照らされていた。

 だが次の瞬間、部屋の照明が急に明るくなる。

 

 そこに現れたのは、さっきまで食事をしていたお客さんとウェイターたち。

 彼らはアキラを中心に綺麗に並んでおり、その中には拓人くんも立っていた。


「沙耶~♪君の名で世界が光る~♪君の笑顔ひとつで未来が形を変える~♪」

「沙耶~♪君に世界のすべてを贈る~♪だから僕の隣にいてくれないか~♪」

 

 どうやらサビに入ったらしい。

 三十人以上いる人たちが、一糸乱れぬダンスを踊っている。

 その中心ではアキラが歌いながらキレのいい動きで一緒に踊ってた。


 よく見ると、前に横浜で私をナンパしてきた男の人たちもいた。

 だけど、別人みたいに目が輝いている。

 むしろ輝き過ぎていた。


 バラード調からダンスミュージックに変わり、激しいダンスが繰り広げられる。

 

「星の導きを受ける僕ら~♪君の優しさに触れるたび救われた~♪」

「子ども扱いなんてもうさせないよ~♪君の隣に立つため僕は相応しい男となった~♪」

 

 奥でDJっぽいことをしてるのはマリアちゃんだった。

 ノリノリでレコードを回している。


「沙耶~♪君を讃える声が~♪世界中に響いて夜空を満たしていく~♪」

「沙耶~♪君の名を呼ぶ声で~♪僕はいくらでも強くなれるんだ~♪」

「沙耶~♪君が好きなんだ~♪やっと気付いた~♪僕と~~~~~♪歩んでいこう~♪」


 最後はまたバラード調に戻り、切ない表情で気持ちを歌い上げたアキラ。

 音楽が鳴り止み、照明が再び暗くなる。


 すると、レストランのガラス窓の向こうに花火が上がり始めた。

 そちらに視線を送ると、大空に『L・O・V・E』と光の文字で大きく描かれる。

 

 唖然としながら口を開けて夜空を見ていたら、再びスポットライトを浴びたアキラから声を掛けられた。


「沙耶さん、僕はあなたに恋をしている、結婚してください」


 その場に片膝を着いて、手を差し伸べられる。


「……アキラ様?これは一体どういうことですか?」


 混乱の極みだった。

 置いてけぼりというのが正直な所だ。

 

 目の前の事態についていけていない。

 

 テーブルに置かれた巨大なダイアも、店員を巻き込んだフラッシュモブも、上がり続けている窓の外の花火も。

 何より、こちらに真剣な視線を向けているアキラの気持ちにも。


「年齢のことは大丈夫、これ僕の新しい戸籍」


 アキラから差し出された戸籍謄本。

 そこには『竹内アキラ』と書いてあり、年齢も二十七歳となっていた。


「アキラ様……意味がわからないです……」


 夢と言われた方が納得するような出来事の数々だった。


「僕、大人になったよ」


 そう告げて、以前よりも精悍な顔つきで柔らかく笑うアキラ。

 その外見は確かに大人と言っても差し支えないものだ。


「そういう意味ではありません!何をなさったのですか!」


 戸籍を変えて、一条も捨てるなんて。

 きっと私の一言を真に受けたのだ。


「どうしても沙耶さんと結婚がしたいんだ」


 その瞳にはアキラの本気が宿っていた。


「お願い沙耶さん……結婚してくれませんか?」


 頬を染めて告げられたプロポーズ。

 そこには確かに恋心が映っている。


 だけど——


「アキラ様……アナタは何で私との結婚を望んでいるのですか?」

 

「人類を救うためだよ」


 その目は私を欲しいとは言っていなかった。


「なんで……私との結婚が人類を救うことになるのですか?」


 私自身を観ていない透明な瞳。

 

「悪い男と沙耶さんが結婚すると、テラが暴れて人類を滅亡させるからさ」


 私の気持ちに寄り添ってはいない。

 人類のために、仕方なくされたプロポーズ。


「……馬鹿にしないで下さい!」


 思わず大声で叫んでしまった。


「アキラ様がしたくもない結婚を、私だってしたくありません!」


 なにより、アキラ自身を犠牲にしようとしたことが許せなかった。

 

「それに、そんなことをしなくても、テラ様は暴れたりしません!」


 テラはそんなことをする子ではない。

 たとえ何かあっても、話せばちゃんとわかってくれる。


「……ごちそうさまでした、お先に帰ります」


 鞄を手に駆け出していた。

 このままここにいたら、泣き出してしまいそうだったから。


 

 色々な感情が渦巻いて、収拾が付かない。

 気付けば涙が流れていた。


 いつもそうだ。

 泣くのを我慢する方法がわからない。


 キレイなドレスや慣れないヒールが、余計に私を惨めにさせた。


 そのまま駅に向かいながら繁華街をトボトボと歩いていると、派手目な男の人に声を掛けられた。


「どうしたの?泣いてるみたいだけど、気分転換にちょっと話そうよ」


 きっと相手に悪気はないのだろうが、今はとてもじゃないが知らない人と話せる精神状態ではない。

 

「あ、あの、結構です……」


 涙をぬぐい、足早に去ろうとしたけど腕を掴まれてしまった。


「泣いてる女の子を放っておけないよ、いい店あるから一緒にいこ」


 気遣いはありがたいが、知らない男の人は怖い。

 ましてや触られるなんて嫌だった。


「や、やめてください……」


 恐怖でまた涙が出て来てしまう。

 自分への情けなさも相まって、今すぐここから逃げ出したくなる。


「いいからいいから、ね?俺に任せてよ」


 強く腕を引っ張られ、体が固まってしまった。

 

 助けて——。


 目をつぶり、思わず願ってしまう。

 すると腕を握っていた男の手が離された。


(かどわ)かしている所ごめんね、気持ちはわかるけど彼女は僕の大切な人なんだ」


 目を開けると、そこには男の腕を掴んでいるアキラがいた。

 

 男は高身長のアキラを見ると、少し私に笑いかけて去っていった。

 泣いている私を心配してくれたし、きっと悪い人ではないのだろう。


「……ごめんね沙耶さん、指輪から危険察知が届いたからさ」


 涙でボヤけた視界でアキラを見ると、申し訳なさそうな顔で私の薬指に視線を送った。

 そこにはアキラの骨から造られた白い指輪がある。


 私に危険が及んだら、アキラが助けに来てくれるという不思議な指輪。

 いざと言う時のために、肌身離さず着けておいて欲しいと強く乞われ、嵌めていた。


「あ、ありがとうござい――」

 

 そこに映っていたのは憔悴。

 アキラには似合わない、酷く疲れた顔だった。


「大丈夫……ですか?」


 思わず彼の手を握ってしまう。

 すると驚くほどの冷たさを感じた。


「僕は約束を破ってしまった……」


 呟く声に力がない。


「沙耶さんを、二度と泣かせないと誓ったのに……」


 深い悲しみが、アキラの全身を覆っていた。


「神として……恥ずかしいよ……」


 本気で悔やんでいるのだろう。

 あの時の言葉は、それほどまでに本気の覚悟だった。

 

「アキラ様は、何をおっしゃっているのですか?そんなこと……無理ですよ」


 私は生まれついての泣き虫だ。

 この年になってもそれは直っていない。


「私はきっと一生、些細なことで泣き続けるでしょう」


 だけど、この泣き虫で悲しみに敏感な性格あってこその、今があった。


 この性格だったから三年前にアキラの世話を引き受けたし、今はテラのヒーローも目指している。

 星導者たちにも寄り添いたいし、誰も悲しんで欲しくないと心から願っていた。


「だから、私を泣かせてもいいんです」


 アキラが伝えてくれた気持ち。

 

「泣かせたくないと言って下さった、その気持ちが嬉しかったのです」


 本当に、心が温かくなるほど。

 

 でも、私は自分の性格を受け入れている。

 別に泣くのはいつものことで、『絶対泣かせない』なんて覚悟はいらなかったのだ。


「アキラ様は神様かもしれませんが、私にとっては……いとこのアキラ君なんですから!」


 だからそんなに気負わないで欲しい。

 そんな想いを込めて、アキラの冷たくなった手をゆっくり揉んで温めた。

 

 彼はされるがままになりながら、戸惑ったように呟く。

 

「でも……僕は沙耶さんに色々な恩があって……」


 アキラが私に深く感謝していることも知っている。


「それも私が自分のために選んだ道です!」

 

 確かに看護は大変だったし、元気になってからも普通では考えられないことがたくさんあった。

 次から次へ奇蹟が起こる、驚きで満ちている日々。


「勘違いしないでくださいね、私はアキラ君のおかげで毎日がとても楽しいです!」


 驚かされてばかりなのに、気づけば笑顔になっていた。

 

 何より、そこには様々な出会いがあった。

 常識外な出来事に翻弄されながらも、少しずつ紡いだ絆もある。


 それは全てアキラがいたから起こったこと。


「それに、アキラ君は私の夢を叶えてくれるのでしょう?」


 アキラは今、居場所の無い子供たちのために施設を作っている。

 時折、家で図面を広げて楽しそうに眺めているのを知っていた。


 いつかそこで働きたいという私の願いを、アキラは真剣に受け止めてくれたのだ。


「なら、恩は全て返してくれました!」


 おつりがくるほど。


「結婚もしてみたいですけど、そこで働けるなら別にしなくてもいいかなって思ってます」


 生涯を懸けてやりたい事があるのだ。

 結婚は二の次でもいいと思っていた。


「私が悪い男に騙されるのが心配でしたら、いっそしないと断言しても構いません」


 弟や妹がいるから、親も孫が見られないなんてこともないだろう。


「施設で、テラ様やアキラ君と一緒に子供たちと過ごせれば、私はきっと幸せでしょうから」


 世の中の悲しみを減らしていく手伝い。

 それが私の心からやりたいこと。


「私は自分勝手なので、悲しむ人をそのままにしたくないのです」


 それしかない人間。


「だからアキラ君……そんなに泣かないで?」


 私の目の前で悲しむ人を癒すために、泣いている彼の手を優しく握り続けた。

 その手に熱が戻っていくのを、ゆっくりと感じながら——。

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