ボーイフレンド
沙耶はアキラを泣き止ませ、一緒に家へと帰った。
繋いだ手は離さずに、先ほどのことは気にすることはないと慰めながら。
リビングの扉を開けた途端、派手な音が次々と鳴り響いた。
そして視界には金銀に光るテープや紙吹雪。
目の前の壁には『祝!結婚』の垂れ幕が掛かっている。
「「「せーの!……結婚おめでとー!」」」
家に住んでいる動物たちが、声を揃えて祝福した。
沙耶は、アキラの手を握りながら呆然とする。
音と部屋の様子にビックリして、状況を理解するのに時間が掛かった。
そして、理解してしまえば気まずくなる。
どうやらみんなは期待していたらしい。
私とアキラの結婚を。
人間の姿になったニクスとアストレア、そしてテラが空いたクラッカーを手にしていた。
おそらく、さっき鳴った音と金銀のテープはこれが理由なのだろう。
テラに至っては、メガネの縁が『HAPPY』という形に変形していた。
残りの使徒も各々派手な衣装に身を包み、浮かれた格好で統一されている。
「アンタたちおめでとう!ちょっと心配だったけど、手を繋いで帰ってきたから安心したわ」
ニクスは安心したようにクラッカーを置くと、私とアキラが繋いでいる手を観て、深く息を吐いた。
「式はどうするのぉ?派手にやっちゃいますぅ?世界同時中継とかもぉ出来ますよぉ!」
アストレアがとんでもないことを口にする。
「これで……テラはサヤのおっぱい飲める!」
テラが嬉しそうに笑い、ハッピーメガネをLEDライトで光らせた。
「あ、あの……えーっと……」
断ったと言い出せる雰囲気ではない。
事実を告げれば、どう考えてもこの場が悲しみに包まれる。
「みんな、聞いてくれ」
アキラが真剣な表情で使徒たちを見渡す。
「実は、沙耶さんに結婚を断られた」
空気が凍る。
「僕は、沙耶さんを泣かせてしまったんだ」
慙愧の念に堪えないような深刻な雰囲気を醸し出し、アキラが拳を握りしめていた。
「それどころか……沙耶さんに結婚を諦めさせてしまった」
一筋の涙が頬を伝う。
「僕は、人の未来を閉ざした……人類神失格だ」
拳を震わせ、深い悔恨を顔に浮かべる。
「……誰よ、上手くいったって言い出したの」
ニクスが小声で周囲に聞く。
「ワタクシじゃないわぁ、チトよぉ!」
アストレアが、小さなドレスに身を包んだネズミに責任を押し付けた。
「アルと沙耶は手を繋いでいた、だから成功したはずだった」
チトは虫を使って観察していたのだろう。
だが、状況だけで判断してしまったらしい。
「サヤ……もう誰とも結婚しないの?おっぱい……飲めないの?」
テラは瞳を揺らしながら眉を寄せた。
「沙耶!お願いよ!アタシが世界最高の男を見つけてくるから!そんなこと言わないで!」
ニクスが主人の様子を見て、必死になって訴えかける。
『ピーチチチ!ピーチチチチ!』
シマエナガが何かを強く訴えるように鳴き続けていた。
部屋は混乱に包まれ、収拾が付きそうにない。
「お、落ち着いてくださいみなさん!」
使徒の目が一斉に私へ集まる。
その瞳には様々な感情が乗っていた。
一際強く感じるのは、アキラとテラの悲しみ。
「け、結婚は……まだしませんけど……お、お付き合いは……してもいいかもしれません……」
流されているとは思う。
だけど、私にはこの悲しみを無視できることが出来ない。
「沙耶さん……それって?」
アキラが涙を止めて希望に目を輝かせる。
「はい、まずはお付き合いをして、もし、心からアキラ君が結婚をしたいと思うようになったら……それも考えます」
決してアキラのことは嫌いじゃない。
むしろとても好きだ。
恋とは違うが、尊敬してるし、親愛や情もある。
幸い、年齢のことはアキラが何とかしてくれたみたいだ。
ならば、そこは気にしないようにしよう。
「サヤ……テラのために無理してない?」
テラが心配そうに私へ近寄り、ドレスを握った。
「テラ様、大丈夫ですよ!アキラ君は素敵な人です、無理なんてしていません!」
私はテラの光る眼鏡を外し、柔らかく頭を撫でる。
彼女はいつのまにか、人の気持ちを推し量るほど変化していた。
その優しさは、きっとこの暮らしが育んだものだろう。
驚きが花のように咲き続ける毎日。
それに振り回されながらも、気付けば笑顔になっていた。
やはり、私はこの生活が大好きだ。
「沙耶さん、本当にいいの?」
嬉しそうな顔をしながらも、どこか申し訳なさを浮かべてアキラが聞いた。
「ええ!私も覚悟を決めました!これからよろしくお願いします!」
きっと、アキラともゆっくり関係を作っていけば、いつか彼も心から結婚を望む日が来るかもしれない。
神の義務で望むのではなく、私と一緒に生きて行きたいと。
その時こそ、喜んで受けよう。
プロポーズ自体は嬉しかったのだから。
それまでは、この賑やかで楽しい生活を皆で満喫すればいい。
そして、いつか子供が出来たらテラの望みも叶えてあげよう。
それを考えると少し顔が熱くなってしまった。
なんにせよ、アキラの情操教育はきちんとしないと。
彼は恋愛に対して少しせっかちな所があるから、そこらへんもちゃんと教えておこう。
私にとっては初めての彼氏だけど、年上なんだからしっかりしないと。
今は元年上になってしまったけれど、そんなことは関係ない。
しっかりと、節度を持ったお付き合いをしていこう。
「お祝いしましょぉ!ケーキ用意してたのよぉ!」
アストレアは、どこからともなくホールケーキを五個も取り出した。
「珍しく気が利くじゃない、ならシャンパンはアタシが用意してあげるわ」
ニクスが影から瓶を取り出す。
「なら精華はオードブルを作ってくれ、今日はお祝いだ!」
アキラが精華に料理を頼んだ。
「それなら私もすぐに作りましょう、少々お待ちください」
私は仕事着に着替えるため部屋へ向かう。
「ちょっとぉ!本人がいなくちゃ始められないじゃないのぉ!」
アストレアに咎められたが、こればかりは性分だ。
精華ひとりに仕事をさせられない。
「沙耶様……私ひとりで大丈夫です」
「いいのいいの、ちゃちゃっと作っちゃいましょう!」
精華が表情を変えずに遠慮するのを押し留め、部屋へ入って着替えた。
正直、ドレス姿が息苦しかったのもある。
やっぱり私はこの仕事着が一番落ち着く。
「さて、やりますか!」
気合を入れて台所に向かった。
初めての彼氏に手料理を振舞うために。
こうして沙耶とアキラは正式に付き合うことになった。
だが、彼女は彼を取り巻く状況を何ひとつ知らないままだった。
それにより、この付き合いは、波乱の運命が定まっていた——。




