あなたは優しい
沙耶はテラと出会い、彼女の中にある深い悲しみへと気付く。
そして、それに寄り添う方法を模索し始めた。
幸い、食事というテラを癒すわかりやすい方法があったので、まずはそれに集中した。
アキラが精華というテラ専用のお手伝いさんを与えてくれたので、仕事自体はかなり楽になって余裕も生まれた。
精華は優秀なメイドとして働いてくれた。
だけど、アキラが言った通り、感情はほぼ無くロボットに限りなく近い存在だった。
数時間にも及ぶ料理も、淡々と超スピードでこなしていく。
とても助かってはいたが、すこしも休まず睡眠も取ってないようで心配になってしまった。
休憩を取ってとお願いしなければ、椅子にすら座らない。
アキラに聞いても大丈夫としか言わないので、出来るだけこちらで気に掛けることとした。
都内のマンションに引っ越した後、テラは子供向けのアニメにハマった。
お腹が減った人にパンを配るヒーローの話。
彼女はそれに強い興味を示し、四六時中そのアニメを観ていた。
ある時、何でそんなに好きなのかを聞いてみた。
すると、『テラにも来て欲しかった』と呟いた。
きっと彼女は長いこと飢えていたのだ。
そして、それを誰かに何とかして欲しかったのだろう。
ならば私が成れば良いと思った。
彼女の望むヒーローに。
テラの悲しみを無くすためには、それが一番の近道に思えたから。
それからは、より彼女の感情を観察するようにした。
何を食べたら喜んだか、何に対して興味を抱いたか。
出来る限り彼女を満足させるために。
テラは感情表現が豊富ではない。
だから注意深く、些細な変化も見逃さずに接した。
すると、彼女について色々なことに気付けた。
テラは知識が豊富で、私なんかよりはるかに頭が良い。
あまり言葉を発しないのは、彼女に話す習慣がないだけで嫌いなわけではない。
苦手な食べ物は無いが、好きな食べ物はある。
そして、私にかなりの配慮をしてくれた。
まるで繊細なガラス細工に触れるように接してきたのだ。
その瞳には、すぐ破れるシャボン玉を見るような心許なさが常に映し出されている。
私はそれを彼女の優しさだと思った。
それに気付いた時、心に残っていた彼女に対する恐怖は綺麗さっぱり無くなった。
代わりに湧いたのは哀れみ。
倒れたアキラに持ったものと同じ感情。
きっと、テラは人との接し方を知らないだけなのだ。
そのことに気付けた時、私はそれを教えてあげたいと思った。
それに、彼女の味方はこの世に一人しかいない。
黒猫のニクスだけ。
だが、忠実な従者である彼女は、あまりにもテラに従い過ぎていた。
その接し方は盲目だった。
それでは彼女の絶対的な味方にはなれても、その心には寄り添えない。
だから、そこを私が担うことにした。
テラは素直な少女だった。
達観した考えと、子供のような純粋さを併せ持つ、ある意味アキラによく似た性格をしていた。
だから、細かな表情の変化さえ理解すれば、好きな物や嫌いなこともすぐにわかった。
そして、一度踏み込んでしまえば、彼女も私を受け入れてくれた。
話もしてくれるし、徐々に甘えてくれるようになった。
私はラインを決めて、出来るだけ彼女の望みを叶えた。
時折、テラによって予想だにしない怪我をすることもある。
だけど、彼女は加減が分からないだけなのだ。
この身の肉が抉れても、骨が折れても笑顔を向けた。
テラの悲しい顔に向け『大丈夫よ!心配しないで!』と声を掛けて。
私は彼女のヒーローを目指すのだから。
アキラにストックして貰っているアル茶を飲み、怪我を治してテラを安心させた。
失敗すればテラは学べる。
同じ間違いをしない。
とても賢く良い子なのだ。
少しずつだが、彼女から悲しみが減っていくのを感じていた。
私はそれに安堵した。
このまま時間を重ねていけば、いつか彼女の悲しみも消えるかもしれないと。
しかし、それが途轍もなく甘い考えだと気付く。
ある時、彼女がゲームに夢中となっていたので、どこが面白いのか聞いてみた。
すると、全力で遊んでも相手が壊れないから良いと教えてくれた。
今まで自分と対等に遊んでくれたのはアキラだけだったから、とても新鮮で楽しいのだと。
そして、もうひとつの理由。
ゲームの中だけは自分と同じ種族がいると言った。
その姿を観るのがとても好きだと。
——ドラゴン。
人が空想した生き物。
その元となった彼女の種族。
それを聞いて理解したテラの孤独。
だけど、その孤独は『孤絶』と表現すべきものだった。
種が彼女ひとりなのだ。
他の星導者には仲間となる種族がいる。
だけど、彼女だけは唯一無二の存在で、仲間どころか親すら居なかった。
さらに、彼女の使命も特殊なものだった。
『自由に生きろ』
それは一見素晴らしい言葉だ。
だけど、何をしても良いという使命は、もはや使命では無い。
他の星導者は、使命によって生きる意味を見出しているようにみえた。
執着するものがあるのだ。
悲しみを無くすという執着を持った私のように。
だけどテラにはそれが無いのだ。
つまり、生きる理由が無い。
それが彼女の悲しさの根源だった。
それを知り、私は泣きながらテラを抱きしめていた。
彼女は最初ポカンとしていたが、私の気持ちを察してくれたのか、ゆっくりと慎重に抱きしめ返してきた。
肋骨が何本か折れてしまったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
このままでは彼女の悲しみを無くすことが出来ない。
それでは私が悲しいままだ。
私が龍になれればそれで良かった。
きっと彼女の孤絶は埋まる。
だけど、それは無理な話だろう。
ずっとそばにいるから。
そう言って人生全てを費やしても、きっと彼女にとっては瞬きのような時間。
あまりにも悲しい。
孤絶を埋めるに足りない。
方法が思い付かない。
彼女が慕ってくれるたびに胸が苦しくなる。
それに、他の星導者たちも似たような寂しさを抱えていた。
次々と現れる使徒は、みんなどこか悲しさを宿している。
きっと、命は有限であった方がいいのだ。
永遠は悲しみと寂しさを拭えなくなる。
私は彼ら星導者に寄り添いたかった。
人よりもはるかに長く生き、深い悲しみを背負った彼らは、どこか疲れ切っていた。
だからゆっくりと穏やかに休んで欲しかった。
せめて自分がそばに居る時くらいは、普通の動物みたいに。
彼らの使命は曖昧な物が多く、その杜撰さは星の怠慢を感じさせた。
その頃から、私は太陽や星々に怒りを感じていたのかもしれない。
そして、アキラが太陽になるという話を聞いた。
なんで彼が犠牲にならなければいけないのか。
星導者たちがそれぞれの星になるのも意味がわからない。
ただでさえ、彼らは疲れている。
使命に振り回されて、自分の生を生きられなかった物たちだ。
その生き様は悲しすぎた。
それを想って涙が勝手に零れてしまうほどに。
彼らを休ませてあげたい。
勝手に与えられた使命と役割、それから解放させたい。
でも、私は何も出来ない。
皆と違って特別な力なんて何もないから。
ただ願うだけの愚かさ。
今だけしか見られない視野の狭さ。
だけど、彼らの悲しみだけは見逃せない。
私と違って泣いたりはしないけど、その心は緩やかに全てを諦めていた。
その心を想い、止まらない涙。
それを慰めてくれたのはテラだった。
私が涙を流している理由を知り、寄り添ってくれた。
自分が何とかすると口にして。
テラだって、自身に使命が無いことをあらためて知って動揺していたはずなのに。
やはり、彼女はとても優しいのだ。
私に触れる手も、今はもう随分と柔らかくなっていた。
傷つけないようにと、そこに配慮と好意が伝わってくる。
他の星導者たちも、次々と声を上げてくれた。
私の独りよがりな思い込みを何とかしてくれると。
何より、最後にアキラがとても嬉しいことを言ってくれた。
『沙耶さんを二度と泣かせない』
それは私がずっと望んでること。
泣き虫な自分にとって、最も難しく嬉しい決意。
ならば私もがんばろう。
彼らのために何ができるかはわからない。
それでも、悲しみを減らせるように足掻いて見せる。
こんなにも優しい彼らのために——。




