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彼女の大切

 アキラは雪乃の部屋を後にして、その建物のひとつ上の階へ向かった。

 

 そこはマンションの最上階、紫星綾乃が住む部屋だった。



寿希弥(じゅきや)は元気そうだね」


 アキラは、自分の胸に抱いている赤子を、愛おしげに覗き込みながら微笑んだ。

 その姿は、父としての愛情を隠しもせず溢れさせていた。


「ああ、順調に育っている……色々と心配は尽きないがな」


 綾乃は、アキラの分だけ珈琲を入れてテーブルに置く。

 自身は授乳のためにカフェインを控えている。


「名前に言霊を込めて結界を張ったけど、かなり魔に魅入られてる子だから気を付けないとね」


 アキラは、寿希弥のおでこに口付けをして祝福を与えた。

 私はそれを見て、心が温まるのを感じると同時に不安がよぎる。

 

「紫星の女が男児を産むのは初めてのことだ、何が起きても不思議ではない」


 子供とアキラに申し訳なくなり、思わず眉を寄せる。

 胸の奥に沈む罪悪感が押し隠せなかった。


「……何より、私の業がこの子に宿ってしまった」


 私が犯した数々の罪。

 それが、我が子に全て被さったのだ。


 

 アキラから寿希弥(じゅきや)と名付けられた子。

 

『祝福と希望がますます満ちる』

 

 その名を盾として守護しなければならないほど、この子は呪いに掛かっていた。

 産まれる前から張った結界が無ければ、命を持たずにこの世へ出ることとなっただろう。

 

 それほどまでに強大な怨霊の集合体に憑りつかれていた。

 

「成長すれば、きっと大丈夫だよ」


 アキラはそう言って微笑むが、自分のせいでこの子を危険に晒している現実に胸が痛む。


「この怨霊は、下手に手を下してはいけないのだな……」


 紫星と鬼との深い縁。

 それを強制的に断ち切ったこと。

 

 さらに、綾乃に係わる怨念をアキラが取り除いたことによる歪み。

 その膨大な負のエネルギーが、寿希弥の魂に絡みついていた。


「うん、結局どこかで清算はしないといけないからね、なら僕がそばで生きている時がいいんだよ」


 対処が出来るからと、アキラは以前も言った。

 

 言われてみればその通りだが不安は尽きない。


「それに、ひるちゃんにもお願いしてあるし、出来るだけ気にかけてといてって」


 蛭子(ヒルコ)

 その強大な力で幽世を支配する邪神。


 彼女はアキラの娘で、実際に生まれる前から何度も様子を見に来てくれた。

 怨霊と赤子の共生を目指し、この子を守るためのさまざまな呪法を施してくれたのだ。


 アキラの守護と蛭子の呪法。

 二人の力によって、寿希弥は無事に生まれたと言っても良い。


「ヒルコ様には、本当に色々と世話になった」


 私は、子供がある程度大きくなれたら寺を建て、そこで出家をして怨霊の鎮魂を行おうと思っている。

 そして、その場に祀る神は蛭子と決めていた。


「ひるちゃん的には弟を守りたかったみたいだし、気にしなくていいよ」


 そしてもう一人、寿希弥を助けた存在がいる。


「……テラ様にも、お礼をせねばな」


 出産が終わってからしばらくの間、アキラの付き添いで毎日病室に来てくれたテラ。

 彼女が重い腰を上げてくれたおかげで、出産前後の一番危うい時期をアキラの力で乗り越えられた。


 何より、部屋に充満する怨霊の大半を、威圧のみで鎮めてくれた。

 絶え間なく怨嗟の声を唸る悪霊たちが、テラの存在で一斉に黙りこくった。

 よほどの恐怖だったのか、テラがいなくなった後も呻き声ひとつ上げることはなくなった。

 

 その結果、産後の安眠を許されたのだ。

 

「アイツもたまには役に立つね」


「恐ろしくも、有難い御方でした」


 存在そのものが恐怖と言っても過言ではない生き物。

 そんな彼女に授乳姿を至近距離で眺められ、涎を垂らされた絶望は一生忘れられないだろう。


「お礼ってわけじゃないけどさ、テラのことで綾乃に手伝って欲しいことがあるんだ」


 私に出来る事は、もう多くはない。

 すでに紫星を手放し、屋敷も取り壊した。

 会社や土地も一条へ渡してある。

 今その場所は、何やら周囲も巻き込んで巨大な施設を建造しているらしい。

 

 残ったのはいくつかの物件と現金、それに裏社会へのコネくらいだろう。


「出来る事なら何でもしよう、言ってくれ」


 それでも最大限の助力をしたい。

 人生全てを救ってくれたアキラの役に立てるなら、この命すら惜しくなかった。

 

 ……いや、今は違う。

 

 この腕の中の子も、彼と同じくらい大切な存在だ。

 寿希弥が成長するまでは、以前のように命を投げ出すことは、もうできない。

 

 まさか自分が、三つも『大切』を手に入れる事が出来るとは想像もしていなかった。

 その全てはアキラのおかげだ。


 嬉しそうに寿希弥をあやす彼を、私は静かに見つめた。

 

 

「僕の戸籍を新しく作ってくれないかな?」


 アキラに告げられた願い。

 それは私にとっては容易い部類のもの。

 以前から彼にお願いされ、見知らぬ人間の戸籍を何度も作ってきた。

 

 だが今回は、アキラ本人の戸籍だという。

 それは彼らしくない願いだった。


「いいのか?アキラは人の法律を遵守したいようだったが……」


「うん、僕は人の決めたルールを守りたいと思っている」


 強く自分に言い聞かすように口にした言葉。

 その瞳は鋭く、険しい。


「人類神が好き勝手に人のルールを破ると、人の進化を阻害してしまうからね」


 彼自身の戒め。

 それを破るのは、生きてきた道を否定するような行為なのだろう。


 その悲痛な表情は、余りにも辛そうで見ていられないほどだ。


「だけど……」


 熱が伝わる。

 それを受けたのか、寿希弥が目を開けてぐずった。


「ああ、ごめんよ寿希弥……お父さん熱かったね」


 アキラは立ち上がると、赤子を私に預けるとベランダへ向かう。

 熱を冷ますように窓を開けた。


「僕は、人類を救うために……禁を破る」


 風を送られたように勢いを増す、彼の燃える瞳。

 そこには神の決意が宿っていた。


「……どんな人物を作ればいいんだ?」


 きっと、とてつもなく重大な局面なのだろう。

 

「年齢は二十七歳、性別は男、名前は……『竹内アキラ』でお願い」


「竹内でいいのか?」


 随分と普通な名前だと思った。


「うん、『竹取物語』から連想したんだ」


「かぐや姫の?」


「そうそれ。実はあの話ってテラのことを書いた物語なんだよね」


 思わず耳を疑うような話が飛び込んでくる。

 随分と衝撃的な事実だった。

 

 まさか、テラがかぐや姫だというのか。


「僕がある人のために三つの試練に挑んだからさ」


 本来は五つの試練だったはず。

 だが、きっと本当にあった出来事とは違うのだろう。

 

「そのどれもが、人としての自分を見つめ直すような難問だった」

 

 アキラは遠くを見る。

 それは悠久を眺める神の視線。

 だが、確かに人としての感情も浮かべていた。

 

「今回はテラではなく、彼女が竹の内にいる御姫様なんだ」


 髪を掻き上げる姿が勇ましい。

 それは少年の姿の時には感じなかった男としての姿。


「だから綾乃は、僕が上手くいくように祈っていて」


 その鋭い瞳は、(いくさ)に赴く戦士の視線。

 美しく、野生味のある雰囲気は私が初めて見る姿。

 

 思わず見惚れてしまい、頬が熱を帯びる。

 

「ああ……アキラならばきっと達成すると信じてるぞ」


 照れを隠すように寿希弥へ目線を落としながら、彼が目指す目的の成就を確信する。

 

 すると、アキラは窓を閉めて、こちらに近寄ってきた。


「どうしたの綾乃?顔が赤いけど大丈夫?」


「大丈夫だ……お前の姿があまりにも変わってしまったのでな、まだ慣れないだけだ」


 アキラは急に大人の姿となって現れた。

 元々、人の外見など気にも留めなかったが、それが想い人なら話は違う。


 少年の姿も良かったが、大人の顔で上から見つめられると、心臓が落ち着かなくなった。

 

「そっか、なら早めに慣れてもらおうかな」


 先ほどの表情を緩め、柔らかな微笑みを浮かべて、寿希弥ごと私を抱きしめた。

 まだ熱の残る彼の体温を感じ、幸福に小さく震える。


「次は男の子と女の子、どっちが欲しい?」


 耳元で囁かれた言葉に、息が止まる。


「えっ?……あ、あの……ど、どちらだって……いい」


 アキラは本気のようだ。

 まさか、こんなにすぐ『次』が訪れるなんて思ってもいなかった。

 

「なら、寿希弥と対になるように女の子を作ろうか?きっと陰陽効果で霊障も良くなるよ」


 私たちに挟まれている寿希弥に微笑みながら、私の手を取った。


「……あ、ああ……よろしく……」


 心の準備をしてなかったせいで、動悸が収まらない。


精葉(せいは)、寿希弥をお願い」


(かしこ)まりました」

 

 アキラが、部屋に佇んでいたホムンクルスに赤子を託す。

 

 精葉と呼ばれた彼女は、この一年、私と寿希弥の世話を一手に引き受けてくれていた。

 感情をほとんど見せない人形のような疑似生命体だ。

 だが、今まで使用人に全てを任せていた私にとっては、大変ありがたい存在だった。

 

「じゃ、いこうか」


 授乳はさきほど終わってる。

 オムツは精葉に任せればいい。

 

 だけど、出産して初めての行為になる。

 色々と心配になってしまった。


「大丈夫、全部任せて」


 でも、彼がそんな不安を受け止めてくれる。

 それは初めての時を思い出させ、思わず体の芯が溶けてしまった。


「うん……おねがい……」


 瞳を(うる)ませ、彼に全てを委ねる。


 これから、私にまた新たな『大切』が出来るだろう。

 だけど今だけは、目の前の彼のことだけを考えよう。


 その腕の中で、哭きながら——。

挿絵(By みてみん)

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