隣に寝る光
アキラは、大和幸江の実家に足を運んでいた。
もうすぐ出産を控えている幸江に、見舞いを兼ねて話を聞くためだった。
だが、アキラの姿を見た彼女は、いきなり鼻血を出してふらつき出す。
それを咄嗟に支え、部屋のベッドまで運び、念のためにアル茶を飲ませた。
「幸江、大丈夫?」
幸江の青白い顔に赤みがさしてきたのを見て、アキラは微笑みを向けた。
「ええ!もちろん大丈夫です!……ご心配をお掛けして申し訳ありません」
私はベッドで上体を起こしながら、アキラに詫びる。
一ヵ月ぶりにアキラと直接会ったら、外見が著しく変化していた。
それに驚き、お腹が張るほど興奮してしまったのだ。
幸い大事には至らず今は落ち着いている。
しかし、心の内の興奮は冷めやらない。
背が伸び、大人っぽくなったアキラが、あまりにも格好良すぎる。
出会った頃の面影が残っていた再会した時の姿も、もちろん素敵だった。
でも、今の大人となった姿は、私の心を掴んで離さない。
心臓がはち切れんばかりに鼓動を強めている。
その顔で見つめられることに耐性がない。
私は何度、この人へ恋をすれば良いというのだ。
そんな理不尽な怒りすら抱えながら、重大なことに気付く。
私は彼の成長の過程を見ていない。
アキラはおそらく、この一ヶ月の間で大人の姿へ変貌を遂げたのだろう。
本来ならば毎日その変化を見続けていたかった。
今の素晴らしい御姿へなられる前も、間違いなく素敵だったに違いない。
十代後半から二十代前半に掛けての貴重な御姿を見逃した不覚を悔いた。
テラ様との同居を禁じられ、実家で過ごしていたのが悔やまれる。
せめて学校へ通っていれば見られたのに、今は出産のため休学中だった。
どうすれば時を戻せる?
焦りの中でそのことを熟考し、ひとりの存在に思い至る。
蕚だ。
彼女がアキラの変化を記録していないはずがない。
おそらく、何らかの方法で映像としても残しているはず。
それは彼女を良く知る友としての確信だった。
その可能性に心が浮き立つと同時に思考する。
画像をコピーしてもらうには、何かしらの手土産が必要となるだろうことを。
おそらくは、私が知っているアキラの過去。
ニクス様やマリア様から教えて頂いた彼の話。
それは私たちにとって、何にも代えがたい貴重なものだった。
蕚や雪乃とは、それらを条件を定めて交換することしていた。
蕚はチトから教えて貰ったという記憶。
雪乃は直接観た記憶。
それらを少しずつ交換し、アキラの歴史を保管していたのだ。
今回渡さなくてはいけない記録は、きっと十年以上。
だが、それだけの価値がある。
アキラの十年分の成長が見られるのだ。
何を差し出しても見るべきだと思った。
「今日は、幸江に聞きたい事があって来たんだ」
いまだ直視できないアキラから、問われる。
「幸江は、僕のことを大好きになってくれたけど、なんでかな?」
それは私にとって、生きる意味を問うような質問だった。
なんで息をするの?
それに限りなく近い問い。
「初めてお会いした時に、私の心がアキラさんを求めたからです」
貴方という太陽が無ければ、この世に存在する意味がないと。
「そっか、心が求めてくれたんだ」
嬉しそうに微笑む顔を盗み見る。
その美しさだけで涙が零れてしまった。
その雫を魔力で蒸発させながら、言葉を続ける。
「その時から、私は怖がりになりました……それまで人に恐怖など感じたこともなかったのに」
「好きになったのに?なんで?」
「貴方から嫌われること、失うこと、離れること、忘れさられること……それら全てが妄想となり襲ってくるようになったからです」
「そっか、それは相手を好きってことなの?」
「はい、私にとっては、恐怖こそが……恋だったのです」
暗闇の中で蠢きながら、天上に見える光へ焦がれ続ける日々。
それこそが私の生き様。
「そっか、僕は人を怖いと思ったことが無いからやっぱり無理かな」
それはそうだろう。
神は人を恐れない。
「何か問題でもあるのですか?」
「うん、人類を救いたいんだけど、必要な物が揃わないんだ」
——なんてことだ。
妊娠にかまけている間に、そんな事態になっていたなんて知らなかった。
人類の危機だとすれば、何としてもアキラを手助けをしなければならない。
身重だとて、大和の当主だ。
出来ることはあるに違いない。
「必要な物を教えてくださいまし!全力でお手伝いいたします!」
「そう?ありがとう、でも目に見えるものじゃないからさ」
確かに、実在するものならきっと彼は悩んだりしない。
「それは一体なんですか?」
「真心と恋心、それと年齢なんだ」
禅問答のような答え。
だが、アキラはいつだって真剣だ。
ならばこちらも真剣に向き合いたい。
「真心は常に貴方と共にあります!」
それは間違いない。
アキラはいつだって私を愛し慈しんでくれている。
それを真心と言わずに何と言うのだ。
「そっか、幸江がそう言ってくれるなら、きっとボクにはそれがあるんだね」
アキラは素直に頷いてくれた。
「それに、貴方の真心は、今、私のお腹に宿っています」
私と真剣に向き合ってくれた結果が、この新たな命だ。
誰が何と言おうと、純粋な愛情の結晶だと信じている。
なにより、体内から常にアキラを感じる幸せは格別だった。
彼の役に立てるという充実感も合わさり、この九ヶ月間は幸せという名の揺り篭に揺らされていた。
「そっか、この子が真心の証になってくれるのか」
愛おしげに私のお腹を触るアキラの手。
その温もりに、全てが溶けてしまいそうになる。
「そうだ、この子の名前考えたんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん!喜んでお聞きいたします!」
男の子だというのは聞いていた。
今も父親の熱を感じ、気持ちよさそうに動いている。
「シンマ、大和真増というのはどうかな?」
私のお腹が大きく跳ねた。
まるで気に入ったと手を上げたように。
「素晴らしい御名前をありがとうございます……この子も喜んでおりますよ」
神の祝福を受けて、健やかに育ち続けていた我が子。
きっともうすぐ日の光を浴びるだろう。
今はそれが寂しくもあり、待ち遠しくもある。
「ありがとね幸江、とりあえずひとつは見つかったよ」
満足したように目を細め、お腹を優しく撫で続けるアキラ。
その手に宿るのは深い愛情。
「出産はどこでするの?」
「大和家のお抱えが本家の近くにありますので、そこで致します」
「そっか、なら連絡してくれたらすぐに行くね」
なんて心強いのだろう。
それならば何も怖い物なんてない。
「その際は、必ずご連絡いたしますわ」
アキラはそれを聞いて頷くと、私のお腹から手を離した。
添えられていた場所から急速に熱が失なわれていくのを感じ、それがたまらなく寂しくなる。
「あのっ!」
いつも怖かった。
「出来れば……」
彼に嫌われるのが。
「もう少し、そばにいてもらえませんか?」
だけど、今は違う。
「御顔を……拝見させて下さいな」
望む事が出来る。
「急に大人になられたから、びっくりしましたよ」
思っていることも言える。
「でも、凄く……素敵です」
素直にもなれる。
「ほんと?嬉しいな、ならちょっとだけ一緒に横へなろうか?」
それは愛が恋を上回ったから。
「ええ、親子で川の字となりましょう」
愛が信仰を上回ったから。
「愛してるよ、幸江」
彼が光を、届けてくれたから。
「私もです、アキラさん」
こうして、横に並ぶことが出来た。
幼い頃に見上げた、遥か遠い光。
触れることなど叶わないと思っていたその存在が、今はすぐ隣で、同じ目線で微笑んでいる。
大和幸江の願いは、長い年月をかけてようやく形となった。
憧れでも、信仰でも、崇拝でもない。
ただひとりの人として、彼の隣に立つという夢。
それは、この瞬間、確かに叶えられたのだった——。
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