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三つの願い

 人類神アルこと、一条アキラは、朝の光の中で思い悩んでいた。

 徹夜をして、いくら考えても、沙耶へのプロポーズが思いつかなかったのだ。


 先日、友人の拓人から聞いたアドバイスは、どれも素晴らしいものだった。

 だが、それに共感が出来ない。


 人類神は一であり全なのだ。

 

 つまり、彼は人であって人では無かった。

 そこに一般的な人の寂しさや弱さなどはない。

 

 寄り添って貰いたいと思ったこともないのだ。

 ならば支えて貰う必要もなかった。


 いつか、家族に囲まれて普通に生きたいという望みはある。

 だが、現状それに限りなく近い生活であるため、すでに満たされていた。

 

 強い願望が無い以上、心から思えない言葉を沙耶に伝えても無意味だろう。

 そもそも結婚したいなどと思ったことがないので、どんな言葉も本心にはならない。


 しかし、沙耶と自分が結婚しなければ、人類はテラによって滅ぼされてしまう可能性がある。

 それを全力で避けるために、アキラは瞳を燃やしていた。


 朝食の前に、ソファーに座ったまま、その熱い視線で沙耶のことを眺める。

 

 彼女は亀の甲羅を柔らかいブラシで磨いてた。

 それを受ける亀は、爬虫類なのに喜びの感情が浮かんでいるような表情をみせている。

 昨日はメンダコのために水槽を綺麗に掃除していたし、一昨日は黒猫と柴犬のブラッシングをしてた。


 自分やテラを含め、九星の使徒たちは沙耶の存在に甘え切っている。

 そんな彼女に報いるため、心から幸せにしたいと思った。

 

 それは本心。

 だけど、それと結婚が結び付かない。

 

「沙耶さんにとって理想のプロポーズってどんなのかな?」

 

 だから結局、本人に聞くしかなかった。


「理想……ですか?」


 沙耶は、急に問われた難問に、ブラシを掛ける手を止めて考え込む。


「うーん……難しいのですが、その人自身の言葉で真剣に私に向き合って下されば、それが理想だと思います」


 自分自身の言葉で沙耶に向き合う。

 それはアキラにとって何より難しい望みだった。


 人類を俯瞰で見ることに慣れ過ぎたアキラにとって、個人に向ける自分の言葉などほとんど存在しない。

 

 『自由に思うがままに生きてくれ』


 唯一それが、自分にとって人へ伝えたいこと。

 そこには愛情しかない。

 だけど、決してプロポーズとはなり得ない言葉だろう。


 人類全ては愛せても、個人を個別に愛すことは出来ない。

 それが人類神アルの生き方だった。


「たった一言でも本気でおっしゃって頂けたら、きっと気持ちは伝わりますよ」


 その言葉を聞いて、アキラは確信した。

 

 ——やはり無理だ。

 自分が本気で結婚を望んでいない以上、彼女に気持ちが伝わることはないだろう。


 ならば、取れる手段はふたつ。


 魔法を使って沙耶を魅了するか。

 テラを魂ごと滅ぼすか。


 自分の持つ『マブ』という魂を吸う魔法は、その副次的効果で強い魅了効果が発動する。

 それを使えばきっと沙耶も自分と結婚をしたいと望むだろう。

 だがそれは人の進む力を奪うものだった。

 魔法を行使すれば、沙耶の魂の光を弱めることを意味する。


 この素晴らしい魂を曇らすなんて、人類の進化に対する侮辱行為だ。


 ならば以前試みた、テラを自分と共に魂ごと滅するか。

 

 だが、それも出来ない。

 自分がいなくなると、太陽が作れなくなり、未来で人類が滅んでしまう。


 やはりどちらの方法も取ることは出来ない。

 沙耶と自分が結婚するしかないのだ。


「僕は、いつだって君たち人類へを愛している」


 素直に、心からの言葉を伝えてみる。


「あらあら、アキラ様は本当に人間がお好きなのですね」


 伝わってはいるけど、やはりプロポーズにはなり得なかった。


「うん、テラを倒すことと、人類のことしか見てなかったからね」


「そうですか?でも、娘さんたちのことは大切にされてますでしょう?」


「もちろん大切だよ、だけど娘も人類であることには変わらないから」


 特別ではあっても、愛の深さは変わらない。


「うーん……よく分からないのですが、愛されているなら問題無いのでは?」


「問題はある、沙耶さんにプロポーズが出来ないんだ」


「……えっ!?」


「結婚願望がないから、心から結婚して欲しいと言えない」


「そ、それなら今のままで問題ないのでは?」


「いや、人類が滅びる」


「わ、私と結婚しないくらいで、そんなことにはなりません!」


「なるんだ、残念だけど」


 テラが抱いている、沙耶さんへ対する執着は異常だ。

 もし沙耶が悪い男に騙され、泣かされるようなことがあれば、アイツがどれだけ暴れるか想像付かない。


 ニクスの言葉を思い出す。

 沙耶は悪い男を選びやすいと言っていた。

 それも理由を聞けば納得できた。

 

 確かに彼女の純粋さは筋金入りだ。

 その手の男にしたら、騙すのは容易だろう。


 そんな絶望的な未来だけは何としても阻止したかった。


「お願いだ、沙耶さんと結婚をする条件を与えてくれないか?」


 それを果たしたら結婚するとなれば、そこに気持ちは要らない。

 そのためなら、どんな困難だろうが乗り越えるつもりだった。


「そんなものはありません!真心と恋心で十分ですよ!」


 沙耶は、顔を赤くして必死に答える。

 

「だいたい、アキラ様はまだ十七歳です!結婚して良い年齢ではありませんし、私と年が離れすぎてます!」


 人差し指を立てて、言い聞かすように告げた。


「身長、伸ばしたんだけどダメかな?」


「ダメです!そういう問題ではありません!」


 沙耶は(かたく)なに断る。

 するとアキラは、納得したように深く頷いた。


「わかった、真心と恋心と年齢だね」


 そう呟くと、玄関へ向かう。


「ちょっと出掛ける、帰り遅くなるから今日は御飯要らないよ」


 アキラは燃える瞳で颯爽と靴を手に持ち、そのまま瞬時に消え去る。


「アキラ様ぁ!何を分かられたのですかぁ!」


 玄関に向けて叫ぶ沙耶の声は、彼にはもう届いていなかった。


 

 アキラは、目覚めてから一年過ごした中で出会ってきた人々の元に赴く。

 沙耶の条件を叶えるヒントをもらうために。


 それが答えのない旅だと分かっていても。

 彼は、彼女と人類の未来のために、進み始めたのだった——。

挿絵(By みてみん)

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