06 契約の指輪と不思議な男の子
放課後になってから、ぼくらは職員室の、カトリーヌ先生の席に向かった。
事情を説明すると、いっしょになってうなずきながら、同情してくれる。
「そう、そう……。それは大変ね。事情は分かったわ。レイン、力を貸してあげて」
レインはまゆをよせて、口をへの字にまげた。
『ちょっとまって。その子がとりつかれてると思う根拠はなに? 指輪ははめていた?』
「それは——見てなかったけど、でも、あんなのリュウじゃないよ。リュウがぼくたちに、あんなこと言うはずないもん」
ヒョンタも前に出てくると、顔を真っ赤にしながら口を開いてたのみこむ。
「お、お願い、レイン。協力して」
『ダメよ。それだけじゃ、生徒をたたきにいけないわ』
首をふるレインに、ツトムがメモ帳を取り出した。
「ぼく、イタズラをされた被害者の何人かに、話を聞きに行ったんです。なかには、指輪ではなく、ネックレスで契約をもちかけられた子もいました。その場合、服の下にかくれてしまいますよね?」
『それでもダメ。ちゃんと根拠がなくちゃ。それに、よく考えてごらんなさい。もし思いちがいだった場合——こわれるのは、あなたたちの友情よ』
カトリーヌ先生もとりなしてくれたけど、レインはぜったいに、首をたてにはふらなかった。
ぼくたちはかたを落としながら職員室を出る。
「レインの言うとおりかもしれません……。やっぱり、リュウくんはほんとうに変わってしまったのかも」
ヒョンタがまた泣きそうな顔になって、まゆを八の字にした。
「で、でも、ぼくたち、なにもしてないよね?」
「それは、そうですけど……」
ぼくはうつむいていた顔をあげる。
「——決めた。ぼく、リュウと直接話してくる」
「えっ!?」
おどろく二人をおいて、ぼくは剣術クラブの練習が行われている、第一体育ホールに向かって走り出した。ツトムがよびとめる声が聞こえたけどムシする。
(ごめん、ツトム。でもぼく、自分の目でもう一度たしかめたいんだ)
ろうかを走っていると、ちょうど前に、見覚えのある背中が見えた。リュウは剣術クラブの子といっしょにいて、リュウもその子もユニフォームを着ている。
「リュウ!」
呼びとめると、リュウはほんの一瞬、足をとめた。けど、すぐにまた歩き出してしまう。
ぼくは走って二人に追いつくと、前にまわって、通せんぼするように両うでを広げた。
リュウはぼくを見て、気まずそうに目をそらす。
「ねぇ、リュウ。話があるんだ」
「………………ごめん、先行ってて。すぐ追いつく」
リュウの友だちは、けげんそうにぼくを見てから、通り過ぎて行った。
「なんだよ、話って」
リュウは目をそらしたまま、イライラしたように、つま先で床をける。
「今朝のことだよ。ねぇ、どうして急にそんな態度を取るの? ぼくたち、なにかリュウの気にさわることした?」
「…………」
「イヤなことしたなら、あやまるよ。けど、そうじゃないなら、前みたいに話そうよ。あ、ほら、サッカーしようって言ってたじゃん。あれ、実現しようよ」
リュウはいきおいよく顔をあげて、キッとぼくをにらみつけた。
「いつまで子どものままでいるつもりだよ! ここは学園だぞ。山にいたころとちがうんだ。オレだって、もう昔のオレじゃない」
そのままぼくをおしのけて、走り去っていく。
「リュウ!」
リュウは、今度はふりかえるそぶりも見せなかった。
ぼくは追いかけることもできないで、その場に立ちつくす。くつの底と床が、のりでべっとりくっついたみたいに、ピクリとも動かない。
「リュウ……どうして」
ポツリ、とつぶやくと、思いがけず声がした。
『ははあ~ん。ありゃあ~とりつかれてるな』
びっくりしてふり返ると、すぐ後ろにおじさんの守護霊がいた。
おでこから後頭部にかけて髪がなくて、まぶたはたれさがっている。ねころびながら、ぽりぽりとお腹をかいていた。
「……分かるの?」
『そりゃあもちろん、オレも守護霊だからな。……あいつは見事にとりつかれてるぜ。見事すぎて、他のやつには見ぬけねぇだろうよ』
「……それ、ほんとう?」
『ウソついてどうすんだよ。——なあ、お前さん。あいつを元にもどしたいか? もし、もどしたいのなら、力を貸してやってもいい。オレの魔道具は、レインと同じで、はね返りの魔法がねられてるんだ』
「それって——じゃあ、元にもどしせるってこと!?」
『だからそう言ってるだろ。だが、タダで力を貸してやるわけにはいかねぇな。オレと契約してもらう必要がある』
「契約……?」
ぼくは、新聞記事を思い出して顔をこわばらせた。
おじさんは、ぼくの考えを見すかしたように鼻をならす。
『安心しろ。最近出回ってるようなイタズラじゃねぇよ。オレのはほんとの話だ。ウソだと思うなら、これを見せてやる。——ほら、これが真贋書さ』
おじさんが取り出したのは、古びた一枚の紙。
一番上の段に、『真贋書』と書かれていて、右下にはだれかの名前と、ハンコがおされていた。
『これは、指輪が本物だってことを示す、証拠の紙さ。ここにドゥノアールの名前が書かれてるだろ? こいつは守護霊界で証明書を発行している、有名なやろうだ。教科書にだってのってる』
おじさんはハラマキの中から指輪を取り出すと、ぼくの前にさしだした。
『こいつが指輪さ。お前さんがはめれば、契約は成立だ』
「…………契約しないと、力は貸してくれないの?」
『契約を結んでないやつにとりつくと、体力がけずられちまうんだ。なあ~に、安心しろ。用がすんだら、すぐに解除してやるよ。これはほんの一時的なものさ』
ぼくはゴクリとつばをのんで、目の前の指輪を見つめた。
「……ほんとうだよね?」
『ああ、ほんとうさ。…………それとも、お前さんはあの友だちを、このままにしておくつもりか?』
その言葉を聞いて、ぼくは覚悟を決めた。
「分かった。約束だよ」
指輪を手に取って、左手の薬指に近づける。指にとおそうとしたき——。
「ねぇねぇ、その真贋書ってほんもの?」
急に男の子の声がして、ぼくは指輪を取り落とした。
コロン、コロン……と指輪は床を転がっていく。
同い年に見える男の子は、指輪をひろいあげると、まじまじと見つめた。
「へぇ~! これが契約の指輪かあ。ぼく、はじめて見た!」
おじさんの守護霊は、男の子から指輪をうばいとると、『ケッ』とあくたいをついた。
『返しやがれ。ったく、部外者は引っこんでろってんだ。今こっちは取りこみ中なんだよ』
「あははっ。ごめん、ごめん。ねぇ、真贋書がほんものかどうかって、どこを見たら分かるの?」
『そりゃもちろん、ハンコとサインさ。こんな複雑な印影、だれにも真似できねぇよ。うたがう余地もねぇ』
「へぇ~! ぼくにもよく見せてよ」
男の子はおじさんの手から勝手に真贋書をぬきとると、光にすかした。
「わぁ~! すごい、ほんとうだ! よくできてるね」
『だから、そう言ってんだろ』
おじさんの手が真贋書にのびたとき、男の子はとつぜん、「あっ!」とふり返った。
「先生!」
おじさんの守護霊は、あわてたようにふり返る。
男の子は、「あはは」と頭をかいた。
「ごめんごめん、見まちがえちゃった。それにしても、どうしたの? そんなにあわてちゃってさ。これ、ほんものなんだよね?」
『あっ、あったりめぇだろ。まちがいなくほんものさ』
「ふうん。じゃあさ、さっきの子についてた守護霊、どんな守護霊だったか教えてよ」
『はあ?』
「だって、守護霊がついてるの、見えてたんでしょ」
おじさんの守護霊は、もごもごと口を動かした。思い出すように目をとじる。
『あいつは…………そうだ、医者の守護霊。やぶ医者の守護霊だ! ほんものの医者だと思って、だまされてやがるんだよ』
それを聞いて、ぼくの頭のなかの霧がはれた。
「——リュウはウソでも、医者の守護霊と契約しようなんてしない! リュウが目指してるの騎士だ! リュウは、ツルギを守護霊にするんだから」
チッ、と舌打ちをして、おじさんの守護霊は姿を消した。
ぼくは、「ふぅ~」と息をはく。
「うっかり、だまされるところだったや。助けてくれてありがとう」
「たまたまだよ。ねぇそれより、君の友だち、ツルギを守護霊にしたいの?」
「うん……たぶん、そうだと思うんだけど……」
はぎれの悪いぼくに、男の子は首をかしげる。
「どうかした?」
「実は……」
気付いたらぼくは、ポツリ、ポツリと今までの経緯を話していた。
(初対面の子に話すなんて、変なの。もしかしたら、だれかに聞いてほしかったのかも……)
男の子は、「ふうーん」とうでを組んだ。
「なるほどね。——レインにたよらずに友だちを元にもどす方法なら、ぼく、ひとつ知ってるよ」
「……え?」
「ツルギをさがすんだ。ツルギがもってる剣は、王様にさずけられた特別な剣だもの。守護霊を追いはらう力ぐらいあるよ」
予想外の話に、ぼくはめんくらった。
「でも……でも、リュウはきっと、とりつかれてるわけじゃ」
「なに言ってるの。きっととりつかれてるよ。今までと、すっかり様子が変わっちゃったんでしょ? ほら、早く行こう。あの子を助けることができるのは、君だけだよ」
男の子は、スタスタと歩き出す。 ぼくはあわてて後を追った。
「まってよ! どこに行くの?」




