05 友達の異変
「これ、見てくださいよ」
向かいの席にすわるツトムが、ぼくの前に学内新聞をさしだしてきた。
ここは食堂で、まわりは、朝ごはんを食べに来た生徒でにぎわっている。ぼくたちもちょうどさっき、トレーの上に、焼きたてのパンとサラダ、ゆらゆらと湯気のたつスープをとってきたばかりだ。
「え? なになに?」
ツトムがさしだしてきたのは、今朝発行されたばかりの最新号。
一番右上に、ひときわ大きな文字で、『聖騎士ツルギ、いずこへ?』と書かれた見出しがついてる。
(またツルギだ。最近、ずっとこればっかり)
ツルギが守護していたウェルム様が、不幸な事故で亡くなったのは半月前。守護する相手がいなくなったツルギは、学園に来ることが決まっていたんだ。
生徒であるぼくたちは、次にだれがツルギと契約を結ぶのか、ずっとソワソワしてるというわけ。
(とくに、めずらしい話題じゃなさそうだけど……)
ぼくは、記事を声に出して読んだ。
「半月経っても、あらわれないツルギ。ツルギは今、どこにいるのか。ほんとうに学園に来ているのか……」
「あっ、そっちじゃなくて、こちらです」
ツトムはビシッと、新聞がやぶけるんじゃないかと思うほどのいきおいで、ひとつの見出しを指さした。
そこはツルギの記事とくらべたらあきらかに小さなスペースで、白黒写真と、短い文章がのせられてる。
(ツトムに言われなくちゃ、きっと気付けなかったや)
ぼくは、今度は声には出さずに記事に目を通した。
『イタズラ守護霊 たくみな手口にご注意!』
——最近、守護霊のイタズラが多発している。ニセの指輪をもちだし、とりつく手口は、見破るのがむずかしい。異変を感じたら、一年B組担任、カトリーヌ先生の守護霊、レインに要相談―—。
写真にはレインがのっていて、しなる棒で守護霊を追い出している場面が切り取られていた。
「守護霊のイタズラは、昔からよくあることですけど、ニセモノの指輪までもちだすなんて、相当手がこんでますよ。きっとこれから、ますます被害者がふえるはずです。ぼくたちも気を付けないと……」
むずかしい顔をするツトムのうしろで、ヒョンタがぼんやりした顔で、トレーをもって歩いてるのが見えた。ねむたそうにまぶたをこすっていて、歩いてくる生徒に、あやうくぶつかりそうになっている。
「ヒョンタ、こっち!」
手をあげると、ヒョンタはようやくぼくたちに気が付いた。生徒をよけながら、ちょっとずつ近づいてくる。
「お、おはよう」
「おはよう、ヒョンタ。今日はおそかったね———って、え、どうしたのその顔!?」
ヒョンタのまぶたは、ハチにさされたみたいにぷっくりふくれていた。
ヒョンタははずかしそうにうつむきながら席につく。
「じ、実は昨日の夜、家族のことを思い出して、そ、その、さびしくなっちゃって……」
ズビッ、と鼻をすするヒョンタに、胸がいたんだ。だって、その気持ちはぼくにもよく分かる。
(そうだよね。こんなに家族とはなれてるの、はじめてだもんね……)
朝起きたとき、なつかしいスープのにおいが鼻をくすぐった気がしたり。おはよう、と言ってくれる、なつかしい声が聞こえた気がしたり……。ここは学園だった、と気が付いてハッとすることが、ぼくにもときどきあるんだ。
ツトムがヒョンタの背中を、やさしくさすった。
「ぼくも分かります、その気持ち。夜、コハクくんもいなくて、シン……とした部屋にひとりでいるときなんか……。急にさびしくなりますもん」
ヒョンタはこくりとうなずいた。
「うん、ありがとう……。でも、泣くのは今日で終わりにする」
「え……?」
「ぼ、ぼくだって、もっと強い男にならなくちゃ」
ぼくとツトムは目を見開いた。
「急にどうしたの、ヒョンタ?」
「きゅ、急じゃないよ。前から思ってたんだ。ぼくは、みんなみたいに堂々とできないし、すぐに泣いちゃうから……。もっと、自分に自信がもてるようになりたいんだ」
なみだをぬぐったヒョンタの目は、今までとちがって……ううん、今までよりも、ずっとかがやいて見えた。
「すごい……すごいよ、ヒョンタ! カッコいいよ。」
「すごいです、ヒョンタくん! それを卒業までの目標にしましょう」
「うん、そうする。ぼく、がんばる」
決意をかためたヒョンタに、ぼくたちだけじゃなくなくて、まわりのみんなも、ぱらぱらとはくしゅを送る。
ヒョンタははずかしそうだけど、さっきとちがって、しっかりと顔をあげていた。
(ヒョンタは、学園生活をきっかけに変わろうとしてるんだ……)
きっとそれは、ヒョンタだけじゃない、ツトムだって、ナナコだって。ここ最近、会えてないけど、もしかしたらリュウだってそうだ。
(ぼくも……ぼくは、どうしたらいいんだろう)
ぼんやりと手の平をながめていると、入り口が急ににぎやかになった。朝練おわりなのか、ユニフォームを着た集団が、楽しそうに歩いてくる。
「あっ、あのユニフォームは、剣術クラブですね。ということは、もしかするとリュウくんも……」
ぼくたちは、首をのばしてリュウをさがした。
「——あっ、いた!」
まっさきに見つけたぼくは、すぐ横を通り過ぎようとするリュウに声をかけた。
「リュウ!」
リュウはぼくたちに気付くと、顔を明るくした。
「おっ、ひさ——」
けど、なにか言う前に、後ろから先輩らしきひとに、かたをたたかれる。
「なんだよ、お前、こんな地味なやつらと知り合いなのか?」
リュウははっとして、ぶんぶん首をふった。
「ちっ、ちがいますよ! ぜんぜん、知らないやつらです」
あぜんとするぼくらの前で、リュウは先輩の背中をおした。
「ねぇ、それより、早く食べに行きましょうよ! オレ、おなかぺっこぺこで。先輩たちがボコボコにしてくるから」
「あははっ、なんだよ。あの程度でまいってちゃ、騎士にはなれないぞ」
笑いながら通り過ぎていくリュウに、しばらくの間、だれも口を開くことができなかった。
「……どうして、あんな…………」
ヒョンタが泣きそうに声をふるわせる。
「ね、ねぇ、さっきのって、ひどいよ。ぼくら、友だちなのに」
「うん……」
「ええ……。リュウくんならふつう、ぼくたちをけなす先輩に、おこりだす場面なのに……うん? ふつうなら……———あ、そうか!」
ツトムは顔をあげて、新聞記事を指さした。
「もしかしてリュウくん、守護霊にとりつかれてるんじゃないでしょうか!?」
ぼくとヒョンタは、目をまたたかせる。
「と、とりつくって……。もしかして、最近ウワサになってる、イタズラのこと?」
「はい! 今、リュウくんのまわりには、昔のリュウくんを知るひとはいません。だれも気付かなくても、おかしくないですよ!」
「そっ、そんな、リュウくんがとりつかれてるなんて……」
こんわくするぼくらに、ツトムは力説した。
「だって、リュウくんなら、ぼくらにあんなこと言うはずがありません。この記事にも、たくみな手口だと書いてあります。それに、たとえばもし、『オレと契約したら、ツルギと話せる』なんて言われたんだとしたら……」
ぼくたちははっとした。
「たしかに、それならありえるかも。リュウ、ツルギを守護霊にしたいって言ってたもん」
「うっ、うん! それにまだ、ほんもののツルギはあらわれてないもんね。だまそうと思えば、いくらでもだませちゃうよ」
「とりつかれた守護霊を追い出すには——」
ツトムは新聞記事を目であさった。
「あっ、レイン嬢に助けを求めましょう! もう、あと少しで朝礼が始まってしまいますから、放課後に職員室の前で集合しましょう」
ぼくたちは、かたくうなずき合った。
(うん、そうだよ。とりつかれてるんじゃなかったら、さっきのは、ほんとうにリュウが言ったことになる。そんなの、ぜったいおかしいよ。レインに言って、リュウを、もとにもどしてもらうんだ)




