10 演技派
セナはひとりで、感心したようにうんうんうなずいた。
「——よし。じゃあ、アリスのところに行くのは明日にしよう。放課後、園芸クラブのハウス前で集合だよ。あ、ドレインもわすれずに来てね」
『ああ、仕方ねぇ、つき合ってやるよ。でも、協力するのは明日かぎりだからな。終わったら、その真贋書も返してくれよ』
「はいはい、分かってるよ」
こうしてぼくたちは解散することにして、ぼくはひとりで寮にもどった。
(セナ、用があるって……。こんな時間に、いったいどこに行くんだろう)
しっくりしないまま部屋のドアをあけると、机に向かってノートと教科書を広げていたツトムが、顔あげる。
「あ、おかえりなさい、コハクくん。……あの、それで……」
ツトムの心配そうな顔を見て、ぼくはようやく思い出した。
(あ、そうだ。ぼく、ツトムとヒョンタをおいて、ひとりでリュウのところに向かったんだ
った……)
ズキン、と遠ざかっていくリュウを思い出して、また胸もいたくなる。
ぼくはわしゃわしゃと胸をかきむしった。
「コハクくん?」
「ううん、なんでもない! リュウとは、うまく話せなかったんだ。やっぱりいそがしいみたいでさ。でも、レインにたのまなくても、守護霊をおいはらう方法が分かったよ」
ツルギの話をすると、ツトムはなぜだか泣きそうな顔をした。
「じゃあ、コハクくんは、ツルギをさがすつもりなんですか?」
「うん! あともう少しで見つかりそうなんだ」
「そう、ですか……」
ツトムはうつむくと、思い切ったように顔をあげた。
「あの、コハクくん。ぼくたち、あのあと剣術クラブの子に、話を聞きに行ったんです」
「え……?」
思いがけない話におどろくぼくに、ツトムはせかせかと説明してくれる。
「剣術クラブって、上下関係がきびしいみたいですね。先輩に気に入ってもらえないと、クラブを追い出されちゃうとか。家柄のいい、貴族出身の子が多くいるから、ぼくたちみたいな庶民は、よけい気をつかわなくちゃならないみたいです」
「……」
「リュウくんは変わってしまったのは、これが原因じゃないでしょうか。だからきっと、とりつかれてるわけでは——」
ぼくは、ツトムの言葉をさえぎった。
「ちがう! リュウはとりつかれてるんだ。リュウがぼくたちに、あんな態度をとるわけない」
ベットにもぐりこんでふとんを頭からかぶるぼくに、ツトムがこまったようにつぶやくのが聞こえた。
「コハクくん……」
けど、ぼくは聞こえないふりをする。ううん、ちがう。ほんとうに聞こえてないんだ。さっきの話だってそう。
(明日、ツルギに会って、リュウにとりついてる守護霊を、追い出してもらう。それですべて解決するんだ。明日になれば、また元にもどるんだ)
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「あんたと契約なんか、するわけないでしょ」
ぼくたちは柱のかげから、そっと様子をうかがった。
指輪をさしだしたドレインに、アリスはそっぽを向く。
「あたしは、アネッサと契約するんだから。別をあたってよ」
ぼくたちはこそこそ会話した。
「……ねぇ、やっぱりアリスには効かないみたいだよ)
「まあ見ててよ。アドバイスもしておいたんだ」
ニヤリ、と笑うセナは、まるで悪役だ。ぼくはかたをすくめて、二人を見守ることにした。
『ふ~ん、そうか。アネッサは、お前さんと契約するつもりはないみたいだがな』
ハウスに向かって歩き出そうとしていたアリスは、ピタリと足をとめてふり返る。
「……なんですって?」
ドレインがニタリと笑った。
『オレは守護霊だからな。アネッサとしゃべる機会ぐらいあるさ。そのときに言ってたんだよ。あの子と契約するつもりはない、ってね』
「……それ、ほんとう? ほんとうにアネッサが言ってたの?」
『ああ、ほんとうさ。それともなんだ? もしかして、ほんとうに契約できるつもりでいたのか?』
アリスは顔を手でおおった。
「そんな……。ああ、やっぱり」
『まあ、そう気にするこたあねぇさ。卒業まであと一年あるんだ。アネッサだって心変わりするかもしれねぇ。……だが、もし卒業までにだれとも契約できなかったら、おめぇさんもこまるだろ?』
ドレインは、ゆっくりアリスにすり寄った。
『オレと契約してくれたら、どっちも解決する。もし、アネッサが考え直すようなら、すぐに契約を解除してやるよ』
アリスは赤くなった目でドレインを見た。
「どうして、そこまで? あなたには、なんのメリットもないのに」
『だれとも契約を結べないとこまるのは、オレだって同じだからさ。おたがい、ほかに契約したい相手が見つかれば、そこでおしまい。な、どうだ? 公平だろ?』
アリスは、しばらく考えるようにうつむいてから、ひとつうなずいた。
「分かった。あなたと契約する」
アリスの手が指輪にのびたのを見て——セナが柱のかげから飛び出す。
「ダメだよ! アリス」
セナと、その後ろからあわててあらわれたぼくに、アリスは目を丸くした。
「あんたたち、昨日の! なによ、とつぜん。あんたたちには関係ないでしょ」
「関係ならあるよ。同じ、学園の生徒だもの。自分の将来が心配な気持ちは、ぼくたちにも分かるよ。——でもね、アリス、冷静にならなくちゃ」
セナはアリスに言い聞かせるようにさとしてから、すたすたとドレインに向きなおった。
ひょいっと指輪をもちあげて、しげしげながめる。
『あっ、返せてめぇー』
「ふ~ん、これが契約の指輪ねぇ……。ねぇこの指輪、真贋書はあるの?」
『ああ?』
「ほんものの指輪なら、あるはずだよね?」
つめよるセナに、ドレインはたじろいだ。
『そ、それは……』
「えぇっ! もしかして、真贋書もないの? ——ほんとうにこれ、ほんものの指輪? 最近、イタズラが多発してるって言うけど……もしかして、君もそのひとりなんじゃない?」
大声を出すセナに、さわぎを聞きつけた生徒が集まってきた。
ドレインは、『チッ』と舌打ちする。
『出直しだ』
けむりのように消えたドレインに、アリスがパチ、パチと目をまたたかせた。
「……え? どういうこと?」
「ぜんぶ、ウソってことだよ。アネッサが、君とは契約しないって言ってたこともね」
「……うそ……?」
ポタリ、とアリスの目から涙がこぼれ落ちる。
「じゃ、じゃあ、アネッサはあたしのことがキライって、決まったわけじゃないのね?」
「もちろんだよ。ぜんぶ、あの守護霊が勝手につくった作り話だ」
「よ、よかっ……」
アリスはとうとう顔をおおって泣き出した。
(……うぅ、これ、ぼくたちが泣かせたんだ)




