11 初契約
ぼくが罪悪感でいたたまれないまま、オドオドと動けないでいるうちに、アリスは顔をあげた。目ははれあがってるけど、かたから力がぬけたような、スッキリした顔をしてる。
「ありがとう。あんたたちのおかげで助かったわ」
「これぐらい、たいしたことないよ。——ねぇそれより、アリスは今のままで、自信をもってたらいいよ。だってアリスのうでは学園一、ううん国一番だからね」
「なによ、分かったようなこと言って。あたしのこと、よく知らないくせに」
アリスは、ぷいっとそっぽを向いたけど、その顔はぜんぜんおこってない。
「そうだ、昨日はわるかったわ。ここ最近、ずっと気をはってたの。イライラしちゃってたのよね」
「うん、すっごくね。ぼくたち、アネッサのことをたずねただけなのに」
まじめな顔でうなずくセナに、アリスは、「プッ」とふき出した。
「ごめんってば。かわりに、今日はなんでも答えてあげるわよ。それで、なにが聞きたかったの?」
「うーん。聞きたかったことは、もう解決したんだ。けど、ひとつだけお願いがあって」
「お願い?」
「月夜草の株を、一株わけてくれない? どうしても作りたい薬があるんだ」
アリスは、「……ふぅ~」と息をはいた。
「よかった。どんなことたのまれるのかと思ったけど、それぐらいならいいわよ。ちょうど、よく育ってる株もたくさんあるし」
「ほんとう!?」
「ええ。でもこれで、さっきの貸りは帳消しね」
「もちろんだよ!」
そのあと、ぼくたちはいっしょにアリスのハウスに向かって、なんと、なかにも入れてもらえた。
「わあ~!! すごいや!」
ハウスのなかは、まるで植物園!
見たことのある植物も、ぜんぜん知らない植物も、思い思いに葉をのばして、くつろいでいるように見える。大きさも色も、形もバラバラなのに、みんなすごく生き生きしていた。
セナがしゃがみこんで、葉っぱのうらをのぞきこんだ。
「へぇ~っ! 虫にも食われてない! これなんか、他の植物といっしょに育てると、芽も出ないっていうのに」
「なんだ。あんた、意外とくわしいのね」
アリスは一番奥から、ポットに入れた植物をもってきた。
「はい、月夜草。いっとくけど、ここまで育てるの、大変だったんだからね。おかしなことに使ったら、ゆるさないから」
「分かってるよ。安心して、大切に使うから」
ぼくたちはアリスにお礼を言って、ハウスを出た。
人目のつかないところまで来ると、セナがとつぜん「プッ」とふきだす。
「ねぇ、ドレインの演技、見た? 『あっ、返せてめぇー』って言い出したあたりから、笑いをおさえるのが大変でさ」
なにかと思ったけど、よかった、アリスをバカにしたわけじゃない。
ぼくはほっと息をはいてから、思い出していっしょに笑った。
「うん、ぼくもびっくりした! ドレインって、意外と演技派だったんだね」
「ね。よっぽど真贋書、返してほしかったのかな?」
セナがポケットから四つ折りの真贋書を取り出したところで、ひとりの守護霊があらわれる。
てっきりドレインかと思ったけど、意外にも、あらわれたのはアネッサだ。
アネッサはセナのかかえるポットを見て、くちびるをもちあげた。
『どうやら、うまく手に入ったようだね』
「うん。この苗、すごく上等だよ。アリスのうでは、ほんものみたいだね」
『そりゃそうさ。あたしの見こんだ子だからね』
アネッサは、こわれものをあつかうみたいに、そっと月夜草の葉をなでた。
『薬を作るにも、月夜草は満月の下でさらす必要がある。次の満月は五日後だ』
「じゃあ、その夜に待ち合わせだね」
二人は、どういうわけかぼくを見る。
「え? え、なに? どうかした?」
「コハク。アネッサは守護霊だから、自分の手で作ることができないんだ。だれかにのりうつる必要がある」
「あっ、そっか。…………え、まさか。もしかしてぼくに?」
自分の顔を指さしてみせると、セナはうなずいた。
「そのまさかだよ。ていうか、コハク以外いないしね」
「セナだっているじゃん。なんだか二人、気も合うみたいだしさ」
「えぇ~。ぼくは、ねぇ?」
アネッサはかたをすくめる。
『あたしはイヤだね、あんたにのりうつるなんて。——それともぼうや、あたしじゃ不満かい?』
あごの下にすっと白い手がのびてきて、ぽっと体があつくなる。
「え、えっと。そういうわけじゃないけど」
『じゃあ、決まりだね。なあに、調合がおわればすぐに契約解除さ。言っとくけど、これはニセモノじゃないからね』
アネッサはぼくの指に指輪をとおした。
とつぜんのことに、ぼくはびっくりして指をひっこめる。けど、時すでにおそく、指にはキラリと指輪が光っていた。銀色の指輪で、表面には植物のツタの意匠がほどこされてる。
「えっ⁈ どうしてぼくと?」
「調合には時間がかかるんだよ。未契約者には、長時間のりうつれないからね。安心しなよ、アネッサの本命は、コハクも知ってるでしょ」
「それは、知ってるけど……。でも、だからだよ」
アリスはあんなにアネッサに会いたがってるのに。一時的とはいえ、先に仮契約を結んじゃうなんて。
(もう、アリスに合わせる顔がない)
頭をかかえるぼくのかたを、セナがポンポン、とたたいた。
「大丈夫だって。この指輪、他のひとには見えないようにしておいたしさ。アリスにだってバレないよ」
「……え? 見えないようにって、どうやって?」
セナは片目をつむって、ウィンクする。……これはつまり、教えてくれる気はないみたいだ。
(……セナって、ときどきおかしなこと言うよね。ほら、この前だって……あれ? おかしなこと言ってるのって、いつものことかも)
セナは、「じゃあ」と手をふった。
「また五日後に! 薬学クラブのクラブ室に集合ね」
「え? あ、まってよ!」
セナははねるように走っていく。
気付いたら、アネッサも姿を消していた。
「もう、二人とも勝手なんだから! ——あ、そうだ」
思い出して、指輪を引っこぬこうとしたけど、なぜだかビクリとも動かない。
「契約の指輪、だからかな……? 仕方ない。五日後までまつしかないか」
にしても、指にはまってるのって、なれなくてくすぐったい。そわそわしながら寮に帰って、部屋のドアをあけようと、ドアノブに手をおいた。
「——やっぱり、このままじゃダメだ」
ぼくはくるりと向きを変えて、もと来た道を走る。
(このままツトムと顔を合わせれない。にげてるようじゃダメなんだ。……ぼくだって強くならないと)




