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第8話 火元を探す

私への攻撃投稿が出始めた翌朝、スターリット・プロダクションの空気は妙に軽かった。


 誰も正面からは何も言わない。


 ただ、すれ違う社員の視線が一瞬だけこちらに向き、すぐに逸れる。給湯室の会話が、私が近づいた瞬間に途切れる。コピー機の前で資料を持っていた営業部の社員が、わざとらしくスマートフォンを伏せる。


 そういう小さな反応だけで、十分だった。


 会社の中にも、昨夜の投稿は広がっている。


 私は自席に着き、パソコンを立ち上げた。


 まず確認するのは、LumiRiseの体調報告。


 花音。


起床しました。睡眠六時間。体温36.4度。昨夜は少し寝つきが悪かったです。


 優芽。


起きました! 睡眠六時間半。足首は痛み一〜二くらいです。エゴサしてません!


 奈々。


起きました。睡眠六時間。体温36.5度。少し不安だけど大丈夫です。


 澪。


起きました。睡眠五時間。腹は立っていますが体調は普通です。


 澪らしい。


 私は全員へ返信した。


報告ありがとうございます。

今日の午前は事務所で打ち合わせ、午後はボイトレです。

SNSは見ないこと。

不安が強い場合は個別に連絡してください。


 送信してすぐ、優芽から返ってきた。


佐伯さんの体調報告は?


 私は画面の前で止まった。


 続いて花音。


私たちだけではなく、佐伯さんも報告してください。


 奈々。


昨日、ちゃんと寝ましたか?


 澪。


記録係さん、回答してください。


 私はため息をつきながらも、少しだけ笑った。


睡眠五時間半。体温未測定。朝食はこれから。体調は問題ありません。


 優芽。


体温測ってください。朝食も食べてください。業務指示です。


 奈々。


スープ飲んでください。


 花音。


無理しないでください。


 澪。


人に言ってることは自分もやる。


 私は返信した。


承知しました。体温測定と朝食を済ませます。


 それから、本当に給湯室で温かいスープを用意した。


 宮内が隣に来て、小さく笑った。


「LumiRiseに怒られました?」


「なぜわかるんですか」


「佐伯さんが朝からスープ飲んでるので」


「観察されていますね」


「佐伯さんの影響です」


 宮内はそう言ってから、声を落とした。


「昨夜の投稿、見ました」


「私へのものですか」


「はい。降格のことまで書かれていて……あれ、社内から漏れてますよね」


「その可能性が高いです」


 宮内は周囲を確認してから、紙袋から小さなUSBメモリを出した。


「昨日言っていた、前のグループの件です。私が個人的に残していたメモと、当時の企画書の一部です」


「大丈夫ですか」


「会社の機密を持ち出すようなものではありません。私が担当補助として受け取った資料と、日報の控えです」


 私はUSBメモリを受け取らず、まず言った。


「宮内さん、これはあなた自身にもリスクがあります」


「わかっています」


「無理に渡す必要はありません」


「無理じゃないです」


 彼女の声は震えていたが、目は逸らさなかった。


「あのとき、私、何もできませんでした。メンバーが一人辞めて、その子が最後に『大人は誰も止めてくれなかった』って言ったんです。ずっと残ってます」


 宮内は唇を噛んだ。


「今回は、止めたいです」


 私はUSBメモリを見た。


 受け取ることは簡単だ。


 だが、彼女を巻き込む。


 それでも、彼女が自分の意思で差し出しているものを、私が勝手に守る名目で拒むことも違う。


「預かります。ただし、使う場合は必ず事前に相談します」


「はい」


「それから、原本は自分で管理してください。これが唯一の控えにならないように」


「わかりました」


 私はUSBメモリを受け取った。


 小さな黒いメモリ。


 だが、その中には誰かが止められなかった過去が入っている。


 それは、LumiRiseを守るためだけではなく、宮内自身が過去と向き合うためのものでもあった。


 席に戻る途中、営業部の須藤と廊下で鉢合わせた。


 彼は私を見るなり、わざとらしく眉を上げた。


「佐伯さん、朝から大変ですね」


「おはようございます」


「SNS、見ました? 有名人じゃないのに話題になるなんて、すごいじゃないですか」


 笑っている。


 隠す気もない。


「確認しています」


「なら、少しはわかったんじゃないですか。表に出すぎると叩かれる。裏方は裏方らしくしていたほうが安全なんですよ」


「ご忠告ありがとうございます」


「忠告です。僕は優しいので」


 私は須藤の顔を見た。


 この男が直接火をつけたかどうかは、まだわからない。


 だが、火を見て喜んでいることは確かだ。


「須藤さん」


「はい?」


「昨夜の投稿には、私の降格情報が含まれていました。社外には未公表の情報です」


 須藤の表情が、ほんの少しだけ動いた。


「へえ。そうなんですか」


「情報の流出経路について、確認が必要です」


「僕に言われても」


「ご存じのことがあれば教えてください」


「知りませんよ。社内で噂になってたから、誰かが書いたんじゃないですか」


「社内情報が外部アカウントに出たことは問題です」


「大げさですね。降格なんて、隠すほどのことですか?」


 彼は笑った。


 私は頷いた。


「その発言も記録します」


 須藤の笑顔が消えた。


「また記録」


「はい」


「本当に嫌な人ですね」


「よく言われます」


「褒めてません」


「承知しています」


 私が歩き出すと、背後から須藤の声が追ってきた。


「佐伯さん。いつまで持つか、楽しみにしてますよ」


 私は振り返らなかった。


 デスクへ戻り、すぐに会話をメモする。


須藤、外部投稿に含まれた降格情報について「社内で噂になっていたから誰かが書いたのでは」と発言。

情報流出への危機感なし。

佐伯への個人攻撃を示唆するような発言あり。


 保存。


 午前十時、LumiRiseの四人が事務所に到着した。


 今日の打ち合わせは、ファンミーティングの正式構成確認と、SNS炎上への対応方針共有だった。


 会議室に入ると、四人は私を見るなり、妙に厳しい顔をした。


 花音が最初に言った。


「佐伯さん、朝食は?」


「食べました」


 優芽が疑うように目を細める。


「何を?」


「スープとパンです」


 奈々が安心したように息を吐く。


「よかったです」


 澪が言う。


「体温は?」


「三十六度三分」


「本当に測ったんですね」


「業務指示を受けましたので」


 優芽が満足げに頷いた。


「よし」


 私は椅子に座りながら、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。


 これから話す内容は重い。


 だからこそ、こういうやり取りがあることに救われる。


 打ち合わせが始まると、まず昨夜の投稿状況を説明した。


 不仲説。


 公式動画による鎮静化。


 その後、私への攻撃に標的が移ったこと。


 社内情報が投稿に含まれていたこと。


 四人は真剣に聞いていた。


 奈々は途中で何度か不安そうに目を伏せたが、逃げなかった。


 澪は腕を組み、じっと画面を見ていた。


「これ、佐伯さんが悪いみたいに書かれてますけど、全部嘘ですよね」


「事実と異なるものが多いです」


「全部嘘って言っていいじゃないですか」


「一部に事実を混ぜているので、そう単純には言えません」


 花音が眉を寄せる。


「一部の事実?」


「私が降格されたこと。現場判断で仕事を止めたこと。白石瑠璃さんの元担当だったこと。それ自体は事実です」


「でも、意味が違います」


「はい」


 私は頷いた。


「炎上投稿は、事実の一部を切り取り、文脈を変えて印象を操作します。だから反論も慎重に行う必要があります」


 優芽が唇を尖らせた。


「むかつく……」


「その感情は自然です。ただし、今は火元を探す段階です」


「火元」


 奈々が小さく繰り返す。


「はい。誰が、どのタイミングで、何のために流したのか。それを見ます」


 澪が言った。


「私たちにできることは?」


「今日のファンミ構成確認で、自分たちの意思をもう一度明確にしてください。SNSで作られた噂ではなく、公式の場で何を届けたいかを固めます」


 花音が頷く。


「わかりました」


「それから、昨夜の投稿について、皆さんから私を庇うような発信はしないでください」


 優芽が不満そうにした。


「でも」


「相手は、皆さんの発言を利用します。『マネージャーに言わされている』『洗脳されている』とつなげるでしょう」


 澪が低く言う。


「もう言ってますしね」


「はい。だから、直接ではなく、行動で示してください」


「行動?」


「予定通り活動する。自分たちの言葉で話す。嘘の演出を拒む。必要なときに休む。それが一番強い反論になります」


 奈々は少し考えてから、ゆっくり頷いた。


「私たちがちゃんとしていれば、佐伯さんが変なことしてるわけじゃないって伝わりますか」


「すぐには伝わらないかもしれません」


「でも、少しずつ?」


「はい」


 花音が静かに言った。


「じゃあ、少しずつ伝えます」


 その言葉には、以前のような悲壮感はなかった。


 リーダーとして背負うのではなく、四人で進む覚悟があった。


 午前の打ち合わせが終わった後、私は宮内から預かったUSBメモリを、インターネットに接続していない予備端末で確認した。


 フォルダには、三年前に活動していた若手グループ「Milky Gate」の資料が入っていた。


 今はもう解散している。


 当時、スターリットとレイヴンが共同でプロモーションを行っていた企画グループだ。私は直接担当していなかったが、一人のメンバーが突然活動休止し、そのまま退所したことは覚えている。


 資料を開く。


 Milky Gate話題化施策。


 胸が冷えた。


 言葉が、今回とよく似ている。


 不仲疑惑を利用したファン投票。


 泣き虫キャラの強調。


 強気メンバーへのヘイト集中と後の和解演出。


 炎上後の配信誘導。


 さらに、制作協力欄には、RVEプロモーション企画室の名前があった。


 私はページをめくる手を止めた。


 同じだ。


 今回のLumiRiseで提案された構成と、ほとんど同じ手口。


 違うのは、対象者の名前だけ。


 宮内の日報控えもあった。


メンバーA、SNS上の不仲説を気にして泣く。

須藤氏より「泣けるなら次の配信で使える」と発言あり。

本人は嫌がっていたが、上長判断で本音トーク企画を実施。

配信後、メンバーBへの批判が増加。

メンバー間の会話が減る。


 さらに数日後。


メンバーA、過呼吸によりリハーサル中断。

医療機関受診を提案するも、スケジュール都合で延期。

翌週、活動休止発表。


 私は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。


 これが過去に起きていた。


 止められなかった。


 そして、同じことがLumiRiseで繰り返されようとしている。


 怒りが静かに積み上がる。


 ただの推測ではない。


 手口の類似。


 同じ外部企画会社。


 須藤の名前。


 活動休止に至った過去。


 これは強い材料になる。


 ただし、扱いを間違えれば、Milky Gateの元メンバーを再び傷つける可能性がある。名前は伏せなければならない。宮内も守らなければならない。


 私は資料をコピーせず、内容を要約して自分の記録に残した。


 原本はUSBメモリのまま保管する。


 ファイル名。


 過去類似案件_MilkyGate要約。


 昼過ぎ、相沢記者へ暗号化したメモではなく、まず電話を入れた。


「佐伯です。過去の類似案件について、確認したいことがあります」


「資料が出ましたか」


「社内で過去に同様のプロモーション施策があった可能性があります。RVEが関与し、メンバー間不仲説を利用した企画です。その後、メンバーが活動休止しています」


 電話の向こうで、相沢が息を呑んだ。


「グループ名は?」


「電話では言えません」


「わかりました。こちらでも当時の記事や投稿を調べます。時期だけでも」


「三年前、春から夏にかけて」


「了解です」


 相沢は少し沈黙し、それから言った。


「佐伯さん、これはかなり大きいかもしれません。単発の炎上ではなく、手法として繰り返されている可能性がある」


「はい」


「ただ、記事にするには慎重に裏を取る必要があります。元メンバーに接触する場合も、本人の安全が最優先です」


「同意します」


「LumiRiseの件も、まだ表に出す段階ではないですね」


「まだです」


「でも、火元は近い」


「ええ」


 通話を終えたあと、私はLumiRiseの午後のボイトレに同行した。


 レッスン室では、四人が新曲のサビを繰り返していた。


 澪の声は芯がある。


 花音はハモリを支え、優芽は足に負担をかけない姿勢でリズムを取る。奈々はまだ声量に不安があるが、昨日より視線が上がっていた。


 ボイストレーナーが言った。


「奈々ちゃん、今の良かった。声を大きくしようとしすぎなくていい。届かせる方向を決める感じで」


「はい」


 奈々は頷き、もう一度歌う。


 細い声。


 でも、逃げていない。


 私はその姿を見ながら、Milky Gateの資料を思い出していた。


 泣き虫キャラを強調されたメンバー。


 不仲説を流されたメンバー。


 配信で泣かされ、活動休止した少女。


 彼女も、最初はこうして歌っていたのだろうか。


 夢を持って。


 怖くても、前を向こうとして。


 そして大人たちに、涙まで使われた。


 同じことはさせない。


 絶対に。


 レッスン後、四人を控室で休ませていると、白石瑠璃から電話があった。


 私は廊下へ出て応答した。


「美月さん、今大丈夫ですか」


「少しなら」


「Milky Gateのこと、調べてますか」


 私は息を止めた。


「どうしてその名前を?」


「私の同期が、あのグループにいました」


 瑠璃の声が少し震えていた。


「活動休止した子。今は芸能界を離れています」


「連絡は取れる?」


「取れます。でも、無理に巻き込みたくない」


「もちろん」


「ただ……その子、当時のことをずっと悔やんでます。自分が弱かったから辞めたんじゃないかって」


 私は壁に背を預けた。


「弱かったわけじゃない」


「はい。私もそう思います。でも、本人はまだそう思えていない」


 電話の向こうで、瑠璃が息を整える。


「もしLumiRiseで同じことが起きそうなら、私は止めたいです。あの子にも、証言するかどうか聞いてみます。ただ、無理はさせません」


「ありがとう。本人の意思を最優先にして」


「わかっています」


 通話を切ったあと、私はしばらく廊下に立っていた。


 過去が、現在につながっている。


 それは証拠としてだけではない。


 誰かが受けた傷が、別の誰かを守る力になるかもしれない。


 けれど、それは美談にしてはいけない。


 傷ついた人に「あなたの傷が役に立つ」と言うのは、簡単で残酷だ。


 証言するかどうかは、本人が決める。


 私はその選択肢を奪わない。


 夕方、事務所に戻ると、神田部長から再び呼び出された。


 第一会議室ではなく、常務室。


 黒崎常務がいる。


 部屋に入ると、黒崎は窓際に立っていた。


 高層ビルの窓から、夕方の渋谷が見える。人が小さく動き、街頭ビジョンが光っている。


「佐伯」


「はい」


「お前、外部の記者と連絡を取っているか」


 来た。


 私は表情を変えなかった。


「業務上、各媒体関係者との連絡はあります」


「週刊トーチの相沢だ」


 具体名を出してきた。


 どこから漏れた。


 相沢との通話か。


 メールか。


 それとも、私の動きを誰かが見ているのか。


「過去に取材依頼を受けたことはあります」


「最近は?」


「媒体関係者との個別のやり取りについて、この場で詳細をお答えする必要がありますか」


 黒崎の目が冷たくなる。


「会社の内部情報を外へ流しているなら、懲戒対象だ」


「内部情報の不正な持ち出しはしていません」


「本当だろうな」


「はい」


 嘘ではない。


 私はまだ資料を外へ渡していない。


 相沢には概要を話しただけだ。


 ただし、黒崎はそこまで把握しているわけではない。


 探っている。


「お前は最近、記録だの証拠だの、ずいぶん好き勝手しているようだな」


「担当業務に必要な記録です」


「担当業務ではない。お前は補佐だ」


「LumiRise担当業務は継続と辞令に明記されています」


 黒崎は不快そうに舌打ちした。


「減らず口だけは一人前だな」


「事実確認です」


「その事実確認で、会社を潰す気か」


 その言葉に、私は少しだけ首を傾げた。


「潰れるような事実があるのですか」


 黒崎の表情が、一瞬だけ変わった。


 しまった。


 彼はすぐに表情を戻したが、遅い。


 今の反応は、記録する価値がある。


 黒崎はデスクへ戻り、書類を一枚取り出した。


「お前に正式に警告する」


 書類には、業務命令違反および情報管理に関する警告書とあった。


 内容は、現場判断によるスケジュール中止、外部関係者との不適切な接触の疑い、社内秩序を乱す行為。


 私は書類を受け取った。


「署名しろ」


「内容を確認します」


「今しろ」


「事実と異なる部分があります。確認なしに署名はできません」


 黒崎のこめかみが動いた。


「佐伯」


「警告書を受領した事実については署名できます。ただし、記載内容を認める署名はできません」


「本当に面倒だな」


「よく言われます」


「褒めていない!」


 黒崎の声が荒くなった。


 私は黙っていた。


 彼は深く息を吐き、書類を指で叩いた。


「いいか。これ以上余計なことをするなら、LumiRiseから完全に外す。さらに、白石瑠璃の件も見直すことになる」


 胸の奥が冷えた。


「瑠璃は関係ありません」


「関係あるかどうかは会社が決める」


「彼女は所属アーティストです。脅しに使うべきではありません」


「脅しではない。管理だ」


 私は黒崎を見た。


 この男は、タレントを管理対象としてしか見ていない。


 商品。


 投資。


 回収。


 従順。


 管理。


 言葉はすべて同じ方向を向いている。


「警告書は受領します」


 私は言った。


「ただし、記載内容については後ほど文書で意見を提出します」


 黒崎は笑った。


「勝手にしろ」


「失礼します」


 部屋を出た瞬間、私は呼吸が浅くなっていることに気づいた。


 瑠璃の名前を出された。


 LumiRiseだけでなく、過去の担当まで人質にするつもりだ。


 怒りよりも先に、危機感が来た。


 相手は焦っている。


 私が火元に近づいていると知ったのかもしれない。


 だとすれば、これから圧力は強くなる。


 私はすぐに警告書をスキャンし、保存した。


 警告書_情報管理疑義。


 その後、瑠璃へ連絡した。


会社側があなたの名前を出しました。

こちらから無理に動かないでください。

当面、会社とのやり取りは記録を残してください。


 瑠璃からの返信。


わかりました。

でも、私は黙って利用されるつもりはありません。


 私は画面を見て、少しだけ目を閉じた。


 瑠璃も、もう守られるだけの新人ではない。


 彼女には彼女の意思がある。


 それを忘れてはいけない。


 夜、LumiRiseの四人と最終確認のため短いオンラインミーティングをした。


 公式へのポジティブ反応は続いている。


 不仲説は完全には消えていないが、勢いは弱まった。


 私への攻撃投稿も増えているが、今のところ大規模にはなっていない。


「佐伯さん」


 花音が画面越しに言った。


「今日、何かありましたよね」


 私は一瞬黙った。


 澪がすぐに言う。


「顔が怖いです」


「画面越しでもわかりますか」


「わかります」


 優芽が心配そうに身を乗り出す。


「会社で怒られました?」


「警告書を受け取りました」


 隠すより、必要な範囲で伝える。


 四人の表情が固まった。


 奈々が小さく言う。


「私たちのせいですか」


「違います」


 私は即答した。


「これは、私が必要だと思う確認と記録を続けているためです。皆さんのせいではありません」


 澪が拳を握った。


「やっぱり会社、おかしい」


 花音が静かに頷く。


「私たち、何をすればいいですか」


「明日のファンミ準備を予定通り行います。自分たちの言葉で、ファンに届ける内容を固めてください」


「それだけですか」


「今はそれが一番大事です」


 優芽が唇を噛んだ。


「佐伯さんばっかり攻撃されるの、嫌です」


「攻撃されることは望んでいません。ただ、標的が私に移ったということは、皆さんの不仲説だけでは思うように燃えなかったということです」


 澪が冷静に言った。


「つまり、効いてる」


「はい」


 奈々が少しだけ顔を上げた。


「私たちが、ちゃんと四人でいたから?」


「それも大きいです」


 花音が深く息を吐いた。


「じゃあ、四人でいます。ちゃんと」


 優芽が頷く。


「ファンミ、成功させましょう。変な噂より、こっちのほうがいいって思わせたい」


 奈々も小さく手を握った。


「私、泣くかもしれないけど、自分の言葉で話します」


 澪が言った。


「泣いてもいい」


 奈々が笑った。


「はい」


 そのやり取りを見て、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。


 火元を探す戦いは、まだ続く。


 黒崎の警告。


 須藤の言動。


 RVEの過去施策。


 真壁の影。


 社内情報の漏洩。


 Milky Gateの傷。


 全部が重く、まだ形になりきっていない。


 でも、LumiRiseは崩れていない。


 むしろ、火を向けられるたびに、四人の結びつきは少しずつ強くなっている。


 ミーティングの最後、花音が言った。


「佐伯さん、体調報告、明日もしてください」


「必要ですか」


「必要です」


 優芽が頷く。


「業務指示です」


 澪が言う。


「記録します」


 奈々が微笑む。


「佐伯さんも、私たちのチームなので」


 私は一瞬、言葉を失った。


 チーム。


 裏方でいいと思っていた。


 ライトの外側に立ち、記録し、調整し、守る。それが私の仕事だと思っていた。


 でも、彼女たちは私を、外側ではなく同じ輪の中に入れようとしている。


 それは怖い。


 近づきすぎれば、判断を誤るかもしれない。


 情で動けば、守るべきものを見失うかもしれない。


 それでも。


 信頼とは、距離を取り続けることだけで守れるものではない。


「わかりました」


 私は言った。


「明日も報告します」


 四人が少し笑った。


 オンラインミーティングを終えたあと、私は一人で記録を更新した。


黒崎より警告書受領。外部記者との接触を疑う発言あり。

白石瑠璃の件を示唆し、圧力をかける発言。

過去類似案件Milky GateにRVE関与の資料あり。

LumiRise四名、ファンミ成功に向けて意思統一。

佐伯を「チーム」と表現。


 最後の一行を見て、私は少しだけ迷った。


 これは証拠ではない。


 でも、残したかった。


 この戦いが、ただの不正追及ではないことを忘れないために。


 誰かを潰すためだけではなく、誰かが自分の足で立つための記録なのだと、忘れないために。


 保存。


 窓の外では、夜の街が光っていた。


 どこかでまた、誰かが火をつけようとしている。


 でも、こちらはもう煙の匂いを知っている。


 火元は近い。


 私はそこへ、確実に近づいている。

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