第25話 四人の声明
翌朝、スターリット・プロダクションは沈黙した。
正確には、公式には何も出さなかった。
LumiRiseのイベント情報は「調整中」のまま。
契約解除協議についても、活動放棄という憶測についても、公式な説明はない。
ただし、裏側では動いていた。
朝八時半、片桐弁護士から共有されたのは、スターリット法務部から届いた短い連絡だった。
現在、LumiRiseの活動継続に関する協議中であるため、メンバー個人または保護者による外部発信は控えていただきたい。
ファンおよび関係各所に誤解を与える可能性があるため、今後の発信は当社広報を通じて行うものとする。
私はその文面を読み、思わず笑いそうになった。
誤解を与える可能性。
その誤解を放置しているのは、どちらだ。
活動放棄だの、一部メンバーの移籍話だの、外部の大人に影響されたなどという話が流れているのに、スターリットは公式に否定しない。
だが、本人たちが自分の言葉で説明することは止める。
つまり、会社に都合の悪い沈黙を強要したいだけだ。
片桐から電話が来た。
「佐伯さん、今日が分岐点になるかもしれません」
「本人たちが発信したいと言っていますか」
「はい。保護者経由で、四人から要望が出ています。ファンに対して、活動放棄ではないこと、四人で話し合っていること、攻撃ではなく安心して活動するための確認であることを伝えたい、と」
「会社は認めないでしょうね」
「認めないでしょう。ただし、所属タレント本人が自分たちの名誉と安全に関わる誤情報を訂正する権利はあります」
「契約違反には?」
「内容と方法次第です。内部資料や契約詳細を出さず、誰かを断定的に非難せず、自分たちの意思だけを述べる形なら、正当性はあります」
私はノートを開いた。
「私は関与しないほうがいいですね」
「はい。文案作成には関与しないでください。佐伯さんが書いたと言われると、全部が崩れます」
「わかっています」
「ただし、佐伯さんに共有するかどうかは本人たち次第です。あなたは返信しない」
「はい」
通話を切った後、私はしばらくスマートフォンを見つめた。
四人の声明。
それは、今回の件で最も危険で、最も必要な一歩かもしれない。
これまで、彼女たちは記録し、確認し、署名を拒否し、保護者と専門家を通して動いてきた。
でも、ファンに向けて自分たちの言葉で話すことは、まだしていない。
会社はそれを怖がっている。
なぜなら、彼女たちが自分の言葉で立った瞬間、「外部の大人に操られている」という物語が崩れるからだ。
午前九時半、LumiRiseのグループチャットに花音が投稿した。
今日、四人で声明文を作ります。
佐伯さん、返信不要です。
これは私たちの言葉で書きます。
でも、記録としてここにも残します。
優芽。
佐伯さんが書いたって言われたくないので、佐伯さんは何もしないでください!
澪。
すごい言い方。
優芽。
だって大事でしょ。
奈々。
私たちで書きます。怖いけど。
花音。
保護者と片桐先生に確認してもらいます。
会社にも提出します。
でも、会社が止めても、私たちの名誉に関わることなので、必要なら出します。
澪。
活動放棄じゃないって、ちゃんと言いたい。
優芽。
四人でいるって言いたい。
奈々。
ファンの人に、心配かけてごめんなさいじゃなくて、心配してくれてありがとうって言いたいです。
花音。
それ、入れよう。
私は画面を見ながら、返信しなかった。
胸の奥が熱くなった。
「心配かけてごめんなさい」ではなく、「心配してくれてありがとう」。
奈々は、もう自分を悪者にして謝ろうとしていない。
それだけで、十分に強い。
午前中、私はアステル・マネジメントの定款案を確認しながらも、何度もスマートフォンに目が行った。
四人の会話は、ゆっくり進んでいた。
花音。
最初に、「私たちは現在、今後の活動について事務所、保護者、専門家と協議しています」でいいかな。
澪。
「活動放棄ではありません」を早めに入れたい。
優芽。
うん。そこ大事。
奈々。
「私たちは活動を続けたいです」も入れたいです。
花音。
入れます。
澪。
「でも、安心して活動できる条件を確認しています」
優芽。
いい。硬いけど。
澪。
硬くていい。
奈々。
「誰か一人の考えではなく、四人で話し合っています」も。
花音。
入れます。
優芽。
「ファンの皆さんを不安にさせたいわけではありません」?
澪。
それだと私たちが悪いみたい。
奈々。
「不安な気持ちにさせている状況を、私たちもつらく思っています」は?
花音。
それならいいと思う。
私は、ただ見ていた。
言葉を選ぶとは、こういうことだ。
誰かを責める言葉を避ける。
でも、自分たちを責める言葉にも逃げない。
曖昧にしすぎず、攻撃的にもならない。
四人は、苦しみながらそれをしている。
まるで、初めて自分たちの契約書を書いているようだった。
昼前、第一稿がグループチャットに貼られた。
ファンの皆さんへ
いつもLumiRiseを応援してくださり、ありがとうございます。
現在、私たちは今後の活動について、事務所、保護者、専門家の方々と協議しています。
一部で「活動放棄」や「一部メンバーの移籍」などの情報が出ていますが、私たちは活動を投げ出したわけではありません。誰か一人が勝手に決めたことでもありません。
私たちは四人で話し合い、安心して活動を続けるために必要な確認をしています。
私たちはステージに立ちたいです。歌いたいです。踊りたいです。ファンの皆さんに会いたいです。
その気持ちは変わっていません。
だからこそ、契約や活動の条件、体調や心の安全について、きちんと確認したいと思っています。
心配してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
私たちは、誰かを攻撃したいわけではありません。
これからも自分たちの言葉を大切にして、四人で考え、進んでいきます。
LumiRise
西園寺花音、朝比奈澪、橘優芽、三枝奈々
私は読み終えて、しばらく動けなかった。
短い。
でも、十分だった。
活動放棄ではない。
一部メンバーではない。
四人で話し合っている。
活動を続けたい。
安心して活動するために確認している。
誰かを攻撃したいわけではない。
自分たちの言葉を大切にする。
そこに、私の名前はない。
スターリットへの直接非難もない。
RVEの名前もない。
契約内容の詳細もない。
でも、彼女たちの意思はある。
花音が続けた。
これを保護者と片桐先生に確認してもらいます。
澪。
佐伯さんは返信しないでください。
優芽。
でも読んでてください。
奈々。
読んでくれていたら、少し安心します。
私は返信しなかった。
でも、読んでいた。
画面の前で、何度も頷いた。
午後一時、片桐から連絡が来た。
「声明文、確認しました」
「どうでしたか」
「非常に良いです。法的にも、表現上も、かなり慎重です。本人たちの意思が明確で、内部情報は出していない」
「会社に提出しますか」
「保護者側から提出しました。スターリットには、同日中に公式アカウントまたは本人連名での発信を認めるよう求めています」
「認めないでしょうね」
「現時点では拒否です。理由は『協議中のため』」
「活動放棄という憶測は放置しているのに」
「その点も指摘済みです」
午後二時、スターリットから正式な拒否回答が来た。
協議中の事項について、メンバー連名での発信はファンおよび関係各所に混乱を招く可能性があるため、現時点では認められません。
今後の発信は当社広報にて一元管理します。
同時に、スターリット広報は短い投稿を出した。
LumiRiseの今後の活動については、現在関係各所と協議中です。
確定事項があり次第、公式よりお知らせいたします。
憶測に基づく投稿はお控えください。
薄い。
あまりにも薄い。
活動放棄ではないとも、一部メンバーの移籍話を否定するとも、本人たちの意思を尊重するとも書いていない。
ただ、公式を待て。
黙っていろ。
それだけだ。
LumiRiseのグループチャットは、少しだけ静かになった。
最初に書いたのは澪だった。
やっぱり止められました。
優芽。
でも、公式の投稿だと何も伝わらない。
奈々。
私たちが活動を投げ出したと思われるのは嫌です。
花音。
保護者と片桐先生に確認します。
私たちの名誉に関わることだから、出す必要があると思います。
澪。
出したい。
優芽。
私も。
奈々。
怖いけど、出したいです。
花音。
じゃあ、四人の総意として伝えます。
午後三時、保護者側からスターリットへ再通知が送られた。
内容は、本人たちの声明が内部情報の漏洩ではなく、誤情報に対する名誉回復とファンへの最低限の説明であること。
会社が本人たちの発信を認めないのであれば、会社公式で同内容を発信するよう求めること。
それもしない場合、本人および保護者の判断で発信する可能性があること。
スターリットは一時間沈黙した。
その一時間の間に、SNSでは憶測がさらに広がった。
LumiRise、解散?
一部メンバーだけ移籍って本当?
活動放棄って何?
公式何も言わないから不安
メンバーの言葉が聞きたい
ファンは待っている。
会社の薄い言葉ではなく、四人の言葉を。
午後四時十五分、スターリットから回答が来た。
会社公式での発信文面として、以下を提案します。
「LumiRiseは現在、今後の活動について協議中です。一部で事実と異なる情報が出ておりますが、メンバーは活動継続に向けて前向きに話し合っております。詳細は決まり次第、公式よりお知らせします」
私は片桐から転送されたその文面を読み、首を横に振った。
悪くはない。
だが、足りない。
「四人で」「活動放棄ではない」「安心して活動するために確認している」「自分たちの言葉を大切にする」。
その核心が抜けている。
花音たちも同じ判断だった。
花音。
私たちの言葉ではありません。
澪。
活動継続に向けて前向き、だと会社に従って戻るみたいに読めます。
優芽。
安心して活動したいって入ってない。
奈々。
心配してくれてありがとうも入ってないです。
花音。
会社案ではなく、私たちの文面で出したいです。
保護者側は再度協議した。
午後五時、ついに判断が出た。
本人および保護者連名で、四人の声明を各自の個人アカウントに同時投稿する。
スターリット公式アカウントは使えない。
ただし、契約内容の詳細は出さない。
誰かを直接非難しない。
投稿前に片桐事務所が最終確認。
投稿時刻は午後六時。
私はその連絡を受け、静かに背筋を伸ばした。
四人が、自分たちの言葉で前に出る。
会見で私が前に出た日とは違う。
今日は、彼女たち自身が立つ日だ。
午後五時半、アステル・マネジメントの定款案が片桐から届いた。
私は画面を開いたが、文字が頭に入らなかった。
どうしても、六時の投稿が気になった。
それでも、私は自分の作業を止めなかった。
四人は四人の言葉で立つ。
私は私の場所を準備する。
それぞれの役割を果たす。
午後六時。
四人の個人アカウントが、同時に更新された。
同じ文章。
四人の連名。
スターリットのロゴも、宣伝文句もない。
ただ、白い背景に黒い文字。
ファンの皆さんへ
いつもLumiRiseを応援してくださり、ありがとうございます。
現在、私たちは今後の活動について、事務所、保護者、専門家の方々と協議しています。
一部で「活動放棄」や「一部メンバーの移籍」などの情報が出ていますが、私たちは活動を投げ出したわけではありません。誰か一人が勝手に決めたことでもありません。
私たちは四人で話し合い、安心して活動を続けるために必要な確認をしています。
私たちはステージに立ちたいです。歌いたいです。踊りたいです。ファンの皆さんに会いたいです。
その気持ちは変わっていません。
だからこそ、契約や活動の条件、体調や心の安全について、きちんと確認したいと思っています。
心配してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
私たちは、誰かを攻撃したいわけではありません。
これからも自分たちの言葉を大切にして、四人で考え、進んでいきます。
LumiRise
西園寺花音、朝比奈澪、橘優芽、三枝奈々
投稿から一分。
二分。
三分。
反応は、爆発的だった。
待ってた
メンバーの言葉が聞けてよかった
活動放棄じゃないって言ってくれてありがとう
四人で話してるんだね
安心して活動したいって当たり前だよ
ファンは待つよ
誰も責めないで
LumiRiseを守って
四人の言葉、ちゃんと届いた
私は画面を見ながら、涙が出そうになった。
泣いてはいけない理由はない。
でも、まだ泣くには早い。
反応は温かいものばかりではなかった。
契約中に勝手に発信するのどうなの
事務所に逆らうアイドルとか面倒
外部の大人に書かされてる感
きれいごとすぎる
だが、すぐにファンが反応した。
これを読んで書かされてると思うなら何も見てない
活動したいって言ってるじゃん
安全確認を逆らうって言うな
四人を分断しようとするな
流れは、四人を支える方向に傾いていた。
午後六時二十分、スターリット公式が動いた。
本日、LumiRiseメンバー個人アカウントにて投稿がありました。
当社としては、現在協議中の事項について関係各所と確認を進めております。
所属メンバーへの誹謗中傷はお控えください。
硬い文面。
だが、注目すべきは、投稿を削除させなかったことだ。
削除すれば炎上する。
会社は、止められなかった。
それだけでも、大きい。
午後六時半、LumiRiseのグループチャットに優芽が投稿した。
出しました。
奈々。
手が震えました。
澪。
私も。
花音。
でも、出してよかったと思います。
優芽。
ファンの人、待つって言ってくれてる。
奈々。
心配してくれてありがとうって、言えてよかったです。
澪。
活動放棄じゃないって、やっと言えた。
花音。
四人で言えたね。
優芽。
四人で。
奈々。
はい。
澪。
一部じゃない。四人。
私はそのやり取りを読んで、静かに目を閉じた。
四人が、自分たちの言葉で反撃した。
怒鳴らず。
責めず。
でも、はっきりと。
活動放棄ではない。
一部ではない。
四人で選んでいる。
安心して活動したい。
その言葉は、どんな炎上対策より強かった。
午後七時、白石瑠璃が四人の投稿を引用せずに、自分の言葉で投稿した。
自分の言葉で「続けたい」と言うことは、とても勇気がいることです。
どうか、その声が静かに届きますように。
相沢は記事を更新した。
LumiRiseメンバーが連名声明
「活動放棄ではない」「安心して活動を続けるために確認」
記事は冷静だった。
メンバーの声明全文を引用せず、要点だけを伝えている。
契約詳細には触れず、本人たちの名誉回復と意思表明に焦点を当てていた。
午後八時、片桐から電話が来た。
「良い声明でした」
「はい」
「佐伯さんが書いていないことも、時系列上明確です。保護者と専門家の確認を経た本人声明として、非常に強い」
「会社はどう出ますか」
「契約違反を主張する可能性はあります。ただ、内容が慎重なので、強く出れば会社側が不利に見えるでしょう」
「四人が前に出たことで、分断工作は弱まりますね」
「かなり弱まりました。『一部メンバー』という話を本人たちが否定した形です」
私は頷いた。
これで、少なくともファンの前では四人の意思が見えた。
会社やRVEがどれほど分断しようとしても、「四人で」と本人たちが言った記録が残った。
夜九時、スターリット内部で緊急会議が開かれたという情報が相沢から入った。
黒崎常務、かなり怒っているようです。
ただ、広報と法務は「削除要求は逆効果」と止めています。
社長も、メンバーへの強硬措置には慎重。
スポンサーが声明を見ています。
スポンサー。
やはり、そこが効いている。
もしスターリットが四人の声明を削除させたり、処分したりすれば、スポンサーは「出演者の安全と意思を軽視している」と見る。
黒崎のやり方は、もう簡単には通らない。
夜十時、LumiRiseのグループチャットには、今日最後のメッセージが並んだ。
花音。
今日は疲れました。
でも、自分たちで言えたことはよかったです。
優芽。
怖かったけど、ファンの人の言葉を見て、少し元気出ました。
奈々。
私、心配してくれてありがとうって言えて、本当によかったです。
澪。
書かされてるって言われるの、腹が立ちました。
でも、ファンの人が「これは四人の言葉だ」って言ってくれて、少し救われました。
花音。
これからもっと大変になるかもしれないけど、今日の文章は残ります。
私たちが活動を投げ出していないこと。
四人で考えていること。
それは残ります。
優芽。
記録!
奈々。
記録です。
澪。
記録係が四人になった。
花音。
そうかもしれない。
私は画面の前で、今度こそ少し笑った。
記録係が四人になった。
それは、私にとって何より嬉しい言葉だった。
私は今日の記録をまとめる。
スターリット、メンバー発信を一元管理しようとする。
LumiRise四名、活動放棄・一部移籍等の憶測を否定し、安心して活動を続けるための確認であると声明。
保護者・専門家確認後、個人アカウント同時投稿。
会社は削除要求できず、公式で誹謗中傷抑制のみ発信。
ファン世論、四人の意思表明を支持する方向へ。
分断工作への対抗:「一部じゃない。四人」。
LumiRise、自分たちで記録を残す段階へ。
最後に、一文を書いた。
反撃は、強い言葉で殴ることだけではない。自分の言葉を奪わせないことも、反撃だ。
保存。
スターリットは、四人に黙っていてほしかった。
会社の言葉だけで、ファンを待たせたかった。
しかし四人は、黙らなかった。
攻撃もしなかった。
ただ、自分たちの意思を伝えた。
活動を投げ出したわけではない。
四人で考えている。
安心して活動を続けたい。
それだけの言葉が、会社の作った物語を崩した。
明日、黒崎たちはさらに動くだろう。
契約違反、権利、損害賠償、世論誘導。
何を出してくるかはわからない。
でも、今日の声明は残る。
誰かが後から「外部の大人に操られた」と言っても。
誰かが「一部メンバーの暴走」と言っても。
そこには、四人の名前が並んでいる。
西園寺花音。
朝比奈澪。
橘優芽。
三枝奈々。
四人の声が、初めて会社の管理を越えて、ファンに届いた。
その日、LumiRiseはまだスターリット所属だった。
名前も、曲も、アカウントも会社の管理下にあった。
それでも、言葉だけは、四人自身のものだった。




