第20話 スポンサーの質問状
翌朝、スターリット・プロダクションには、三通の質問状が届いた。
私がそれを知ったのは、片桐弁護士からの電話だった。
「佐伯さん、スポンサー側が正式に動きました」
午前九時過ぎ。
私は自宅の机で、前日の報道とSNS反応を整理していた。ノートには、スターリットの声明、RVEの声明、飲料メーカーのプロモーション見合わせコメント、そしてLumiRiseの保護者面談日程を書き込んでいた。
「質問状ですか」
「はい。飲料メーカー、配信プラットフォーム、雑誌社系列のイベントスポンサー。この三社です。いずれもスターリットに対し、LumiRise関連施策について説明を求めています」
片桐の声は落ち着いていたが、内容は重い。
「質問内容はわかりますか」
「一部共有を受けています。未成年者の稼働管理、SNS炎上疑惑、外部プロモーション会社の関与、契約説明、ネガティブ拡散が成果指標に含まれる契約の有無、そして佐伯さんへの処分理由」
私はペンを握った。
「私への処分理由まで?」
「スポンサーから見ると重要です。タレントの安全管理を主張したマネージャーが処分されたのか、それとも本当に情報漏洩等の問題があったのかで、企業リスクの見方が変わります」
当然だ。
スポンサーにとって、今回の問題は単なる芸能事務所内の揉め事ではない。
自社の名前が、未成年アイドルの炎上利用に関わる可能性がある。もしそう見られれば、企業イメージに傷がつく。
黒崎が一番嫌がる相手が、いま動き始めている。
「スターリットはどう対応すると思いますか」
「最初は、社内調査中で押すでしょう。ただ、質問項目が具体的なので、抽象的な回答では済まないはずです」
「黒崎が逃げられなくなる」
「少なくとも、説明の場には引き出されます」
私はノートに書いた。
スポンサー三社、正式質問状。
論点:未成年稼働、SNS炎上、外部会社、契約説明、成果指標、佐伯処分。
片桐は続けた。
「佐伯さんにも、スポンサー側から直接連絡が来る可能性があります」
「答えていいですか」
「必ず私を通してください。あなたが直接回答すると、会社側に『取引先への不当接触』と主張されます」
「わかりました」
「それから、会見後の反応で、あなたを支持する声が増えています。ただ、そのぶん攻撃も組織的になっています」
「確認しています」
昨夜から、私への攻撃投稿は増えていた。
ただの悪口ではない。
似たような文面。
同じ時間帯。
同じハッシュタグ。
「佐伯美月はタレントを盾にするな」
「元マネージャーの暴走」
「LumiRiseの仕事を奪った女」
火元が一つとは限らない。
だが、自然発生だけではないことは明らかだった。
「攻撃投稿は保存しています」
「お願いします。特に、あなたの住所や家族、過去の担当タレントに触れるものがあれば、すぐに共有してください」
「はい」
通話を切った後、私はパソコンの画面に向き直った。
会見で風向きは変わった。
スポンサーも動いた。
だが、これは勝利ではない。
会社が追い詰められれば、誰かに責任を押しつける。
最も押しつけやすいのは私だ。
次に、現場担当の須藤。
さらに下へ行けば、宣伝担当や宮内のような若手スタッフ。
そして最悪の場合、LumiRise本人たちが「誤解を招いた」と謝罪させられる可能性もある。
それだけは避けなければならない。
午前十時、LumiRiseのグループチャットでは、保護者面談の準備が進んでいた。
花音。
今日の午後、契約確認の面談があります。母と片桐先生側の弁護士さんが同席します。
優芽。
うちも父が行きます。私は撮影があるので後から議事録見ます。
奈々。
お母さんが行きます。私は学校です。
澪。
私は母と一緒に行きます。直接聞きます。
花音。
澪、言い方に気をつけよう。
澪。
努力します。
優芽。
努力は感じる。
奈々。
それ、澪ちゃんの言い方です。
少しだけ笑った。
彼女たちは緊張している。
それでも、会話の中にいつものリズムがある。
そのリズムを守ることが大事だった。
花音が続けた。
質問事項をまとめます。
一、追加同意書の「話題化施策」に不仲説や炎上は含まれるのか。
二、外部協力会社の名前と業務範囲。
三、RVEプロモーション企画室の関与有無。
四、SNS上のネガティブ投稿を成果として扱う契約があるのか。
五、未成年者の夜間配信基準。
六、怪我や体調不良時の中断基準。
七、佐伯さんが担当を外された理由。
澪。
八、私たちが契約確認したことで仕事が減るのか。
優芽。
それ大事。
奈々。
怖いけど聞きたいです。
花音。
追加します。
「契約確認や体調不安の申告を理由に、不利益な扱いをしないと明言できるか」
私は画面を見つめながら、静かに頷いた。
完璧だった。
私が口を出す必要はない。
彼女たちは、自分たちで会社に聞くべきことを理解している。
午前十一時半、相沢からメッセージが届いた。
スターリット内部で、黒崎常務がかなり荒れているようです。
スポンサー質問状で社長案件になりました。
これまで表に出ていなかった社長が、午後の緊急役員会に出るとのこと。
社長。
スターリット・プロダクション代表取締役、綾瀬貴文。
創業者ではない。親会社から来た経営者で、普段は現場にほとんど顔を出さない。数字とブランド管理を重視するタイプだと聞いている。
黒崎は、社長に近い立場を利用して権限を握っていた。
だが、スポンサー問題になれば、社長は動かざるを得ない。
黒崎の独断で片づけられなくなる。
役員会の議題は?
相沢から返信。
外部プロモーション契約、スポンサー対応、佐伯さんへの処分、LumiRise活動継続リスク。
あと、RVEとの関係について、社内でも疑問が出始めています。
私はその文面を保存した。
社内でも疑問。
これが大事だ。
黒崎たちの力は、社内全体が黙っていることで成り立っていた。
だが、スポンサーが動き、保護者が動き、法務が動き、世論が動けば、沈黙のコストが上がる。
黙っているほうが危険になる。
そうなれば、今まで目を伏せていた人間も、少しずつ顔を上げる。
午後一時、スターリット本社では、保護者面談が始まった。
私は当然、同席しない。
片桐事務所から別の弁護士が同席し、保護者たちが質問を行う形だ。
私は自宅で待った。
ただ待つだけの時間は、現場で動き回るよりずっと消耗する。
自分がいれば、どこで誰が何を言ったか、その場で確認できる。
でも今は違う。
本人たち、保護者、専門家を信じるしかない。
私は新事務所準備ノートを開き、資金計画の続きを書いた。
独立準備は、現実逃避ではない。
選択肢を作る作業だ。
スターリットが第三者調査を受け入れ、体制を変えるなら、それは一つの道だ。
だが、変わらないなら。
LumiRiseが契約上、離脱や移籍を選ぶなら。
そのとき、受け皿がないままでは、彼女たちはまた別の大人の都合に巻き込まれる。
だから準備する。
彼女たちを誘導するためではなく、彼女たちが選べるように。
午後二時半、片桐から短い報告が入った。
面談中。
総務部長、法務担当は比較的協力的。
神田・須藤は同席せず。
外部会社名について、RVEの名前が初めて正式に出ました。
ただし「一般的なプロモーション協力」と説明。
RVEの名前が正式に出た。
今までは「外部協力会社」「プロモーション会社」と濁していた。
保護者と弁護士の前では、隠しきれなくなったのだろう。
さらに三十分後。
追加同意書の説明記録に不備あり。
保護者側は、炎上・不仲演出・ネガティブ拡散について説明を受けていないと明言。
法務担当、持ち帰り。
私はペンを握った。
説明記録に不備。
これも大きい。
契約書に文言があるだけでは足りない。
特に未成年者を含む場合、本人と保護者が何を理解し、何に同意したのかが問題になる。
午後三時半。
花音の母から、保護者連名の簡単な報告メールが届いた。
本日の面談で、以下を会社に求めました。
・RVEプロモーション企画室との契約内容の開示または概要説明
・SNS上のネガティブ拡散を成果指標に含む契約の有無
・不仲演出、涙、怪我等を話題化する施策への本人同意の有無
・契約確認や体調不安申告を理由とした不利益取扱いを行わない旨の文書回答
・佐伯氏の処分理由と、タレント安全管理上の判断との関係
会社側は一部持ち帰りとなりました。
法務担当より、後日文書回答するとのことです。
文書回答。
ここまで来た。
口頭でごまかす段階を抜けた。
私は返信した。
ご共有ありがとうございます。
会社からの回答は必ず文書で受け取り、保護者間で共有してください。
詳細は片桐事務所とご確認ください。
その直後、LumiRiseのグループチャットが動いた。
澪。
面談終わりました。
優芽。
どうだった?
澪。
会社、めちゃくちゃ歯切れ悪かった。
奈々。
お母さんも「説明が足りない」と言ってました。
花音。
文書回答を待ちます。
でも、少なくとも「私たちが何も知らないまま同意したことにされる」のは止められそうです。
優芽。
それ、すごく大事。
澪。
あと、「契約確認を理由に不利益扱いしない」って文書で出してくださいって言ったら、法務の人が頷いてました。
奈々。
少し安心しました。
花音。
まだ一旦だけどね。
優芽。
一旦!
私は、返信せずにそのやり取りを見届けた。
午後四時、スターリットの緊急役員会が終わったらしい。
相沢から短いメッセージ。
社内調査から、外部有識者を含む調査体制へ変更検討。
黒崎常務は反対。社長と法務が押している。
スポンサー質問状が効いています。
外部有識者。
第三者委員会とまではいかないが、社内調査よりは進んだ。
黒崎は反対。
当然だ。
外部の目が入れば、これまで彼が握りつぶしてきたものが見える。
私はノートに書いた。
社長・法務、外部有識者含む調査体制を検討。黒崎反対。
その数分後、スターリットがスポンサー向けと思われる声明を公式サイトにも掲載した。
当社は、一連の報道および関係各所からのご質問を受け、社内調査に加え、外部専門家の助言を得ながら事実確認を進めることといたしました。
所属タレントの心身の安全、契約説明、外部プロモーション会社との連携について、必要な確認を行います。
調査中、所属タレントへの不利益な取扱いが生じないよう配慮いたします。
不利益な取扱いが生じないよう配慮。
まだ弱い。
「行わない」とは書いていない。
だが、昨日の「適切に運用しています」からは前進している。
片桐がすぐにコメントを出した。
外部専門家の助言にとどまらず、独立性のある調査体制が必要です。
また、「不利益な取扱いが生じないよう配慮」ではなく、契約確認や安全申告を理由とする不利益取扱いを明確に禁止すべきです。
このやり取りを見て、私は思った。
片桐は本当に強い。
感情的に攻撃しない。
だが、曖昧な言葉を逃さない。
私も、そうありたい。
夕方、飲料メーカーの宣伝部長から、片桐事務所経由で私宛のメッセージが届いた。
ファンミ前の顔合わせで、優芽の負担を減らしたダンスを評価してくれた人だ。
佐伯様
直接ご連絡することは控えますが、片桐先生経由で一点だけお伝えします。
先日の顔合わせで、橘優芽さんの足の状態を踏まえた演出変更を拝見しました。
あれは、商品の方向性にも合う、誠実な判断だったと今も思っています。
弊社としても、出演者の安全を軽視したプロモーションは望んでいません。
事実確認を求めます。
私はその文面を読んで、胸の奥が熱くなった。
あの場で、真壁は「守りすぎると鮮度が落ちる」と言った。
私は「人間は生鮮食品ではありません」と返した。
その場にいたスポンサーは、見ていた。
そして今、その記憶が証言のように戻ってきている。
私は片桐を通じて短く返信した。
ご連絡ありがとうございます。
出演者の安全を重視する姿勢に感謝します。
事実確認が適切に行われることを望みます。
夜にかけて、SNSの空気はさらに変わった。
会見直後の混乱から、少しずつ論点が整理されてきた。
タレントが契約確認しただけで不利益っておかしい
スポンサーが安全重視って言うの当たり前だけど大事
炎上で売るより長く応援したい
佐伯さん個人の話じゃなくて業界全体の話では
LumiRiseには安心して活動してほしい
もちろん、反対意見も続いている。
綺麗事で仕事は取れない
芸能界に向いてないなら辞めればいい
スポンサー止まったら誰が責任取るの
その言葉も、完全に間違いではない部分がある。
芸能界は厳しい。
仕事は勝手には来ない。
注目されなければ、活動は続かない。
でも、だからといって、若いタレントを壊していい理由にはならない。
私は新事務所準備ノートに、また一文を追加した。
注目を取る方法と、人を傷つける方法を混同しない。
夜八時、LumiRiseのグループチャットに、一日の終わりの報告が入った。
花音。
今日は撮影と面談、どちらも終わりました。疲れました。
優芽。
私も疲れた。足は大丈夫だけど、頭が疲れた。
奈々。
怖いノート、今日は二ページになりました。でも、書いたら少し落ち着きました。
澪。
怒りノート三ページ。
優芽。
すごい速度。
澪。
会社への質問が増えた。
花音。
明日はレッスンだけになりました。夜の予定はなしです。
奈々。
休めます。
優芽。
休みが予定として存在してる!
澪。
それで喜ぶのも変だけど、嬉しい。
花音。
嬉しいね。
私は画面を見ながら、静かに笑った。
休みが予定として存在している。
そんな当たり前のことが、彼女たちには新鮮なのだ。
その現実を、忘れてはいけない。
午後九時過ぎ、相沢から最後の連絡が来た。
RVE側が、真壁取締役の関与を否定する準備をしています。
ただ、真壁が顔合わせに同席していたこと、RVEの役員に名を連ねていることは確認済み。
次はそこが焦点になります。
私は画面を見つめた。
次は真壁。
レイヴンエンターテインメント。
競合事務所。
外部会社を通じてスターリット案件に関わっていた男。
彼が何を狙っていたのか。
それはまだ見えていない。
だが、もう遠くない。
私は今日の記録をまとめた。
スポンサー三社、スターリットへ正式質問状。
論点:未成年稼働、SNS炎上、外部会社、契約説明、成果指標、佐伯処分。
保護者面談実施。RVE名が正式に出る。追加同意書説明記録に不備の可能性。
会社、文書回答を約束。
スターリット、外部専門家の助言を得て調査と声明。
片桐、不利益取扱い禁止と独立性ある調査を要求。
飲料メーカー宣伝部長より、安全重視の姿勢を確認。
LumiRise、仕事を続けたい意思と安全確認を両立する言葉を得る。
次の焦点:RVE、真壁、レイヴンとの関係。
最後に、花音たちの言葉を書いた。
休みが予定として存在している。
保存。
風向きは変わった。
だが、風が変わったからといって、すぐに晴れるわけではない。
むしろ、嵐の中心へ近づいている気がした。
黒崎は追い詰められている。
須藤も逃げ道を探すだろう。
RVEは否定を始めた。
真壁は、まだ表に出ていない。
そしてスターリットは、社長と法務が動き始めたことで、内部の力関係が揺れている。
明日からは、責任の押しつけ合いが始まるかもしれない。
誰が契約を承認したのか。
誰が炎上施策を進めたのか。
誰が切り抜き動画を流したのか。
誰がタレントの涙を数字に変えようとしたのか。
スポンサーの質問状は、ただの紙ではない。
閉じられていた扉を、外から叩く音だ。
その音に、会社はもう聞こえないふりができない。




