第13話 証言する声
翌朝、LumiRiseの四人はそれぞれ契約書に付箋を貼ってきた。
現場担当を外された私が、彼女たちと事務所内で長時間打ち合わせをすることはできない。だから場所は、スターリット本社一階のカフェスペースにした。
社内ではあるが、会議室ではない。
人目はある。
そのぶん、密室で何かを吹き込んでいると言われにくい。
私は一番奥のテーブルを取り、ノートパソコンではなく紙のノートを開いた。録音はしない。契約書の写真も撮らない。本人たちの手元にある写しを、本人たちが読み上げた範囲だけ確認する。
証拠を集めることと、相手を危険に晒すことは違う。
そこを間違えれば、私も黒崎たちと同じになる。
最初に来たのは花音だった。
黒いファイルに契約書の写しを入れ、表紙に小さく付箋を貼っている。リーダーらしい丁寧さだが、その顔には少し疲れがあった。
「おはようございます」
「おはようございます。睡眠は?」
「六時間です。昨日は夜配信がなくなったので、久しぶりにちゃんと眠れました」
「よかったです」
花音は椅子に座り、少しだけ笑った。
「佐伯さんに褒めてもらえると、まだ安心します」
「私は今、現場担当ではありません」
「でも、私たちの記録係です」
そう言われると、否定しづらい。
次に優芽が来た。
「おはようございます! 契約書、難しすぎました!」
「開口一番に結論ですね」
「小さい文字が全部敵でした」
足首の状態を聞くと、痛みは一。階段では少し違和感があるが、歩行は問題ないという。
奈々は母親と一緒に来た。
奈々の母、三枝朋子さんは四十代前半くらいの穏やかな女性だった。目元は奈々に似ている。だが、その表情には明らかな不安があった。
「佐伯さん、初めまして。いつも奈々がお世話になっています」
私は立ち上がり、頭を下げた。
「佐伯美月です。こちらこそ、奈々さんを担当していました」
「担当していました、というのは……」
「会社の判断で、現在は現場担当を外れています」
朋子さんは少し眉を寄せた。
「奈々から聞きました。佐伯さんが来てから、ご飯を食べられるようになったって。眠れるようにもなったって。それなのに、どうして外されるんですか」
まっすぐな疑問だった。
私は簡単に答えられなかった。
「会社の方針と、私の現場判断が合わなかったためです」
「奈々を休ませることが、会社の方針と合わないんですか」
静かな声だったが、怒りがあった。
奈々が不安そうに母親を見上げる。
「お母さん……」
「ごめんね。でも、それは聞いておきたいの」
私は頷いた。
「過密スケジュールや予定外稼働について、私は制限が必要だと判断しました。会社側は露出を優先したい考えです」
朋子さんは唇を結んだ。
「契約のとき、そんな説明はありませんでした。学校と体調を優先すると言われました」
私はノートに短く記録した。
三枝保護者:契約時、学校・体調優先との説明あり。
最後に澪が来た。
彼女は自分の契約書の写しをそのまま茶封筒に入れていた。付箋は雑だが、数は一番多い。
「おはようございます」
「おはようございます。付箋、多いですね」
「読めば読むほど腹が立ちました」
「どの部分に?」
「全部」
優芽が笑いかけたが、澪の顔が本気だったので途中でやめた。
四人が揃ったところで、私は最初に確認した。
「今日ここで行うのは、契約内容の法的判断ではありません。私は弁護士ではないので、断定はしません。ただ、皆さんが何に同意しているのか、説明と実際の運用にズレがないかを整理します」
花音が頷く。
「はい」
「契約書そのものを私に渡す必要はありません。必要な箇所は、皆さんが読み上げてください。記録は要点のみ残します。今後、正式な確認が必要なら、保護者や専門家を通すことを勧めます」
朋子さんが静かに言った。
「専門家に相談したほうがいい内容ですか」
「その可能性があります」
私は正直に答えた。
「特に未成年者の稼働、肖像使用、外部会社への情報提供、SNS施策への同意範囲は確認が必要です」
契約書の確認は、思った以上に重かった。
所属契約そのものには、一般的な条項が並んでいた。
業務委託ではなく専属マネジメント契約。
芸能活動に関する出演、宣伝、肖像使用。
事務所によるスケジュール管理。
報酬分配。
守秘義務。
契約期間。
ここまでは、細かい問題はありつつも、驚くほどではない。
問題は、追加同意書だった。
花音が読み上げる。
「『プロモーション強化期間における話題化施策、SNS運用、イベント演出、メンバー個別ブランディングについて、事務所および事務所が指定する外部協力会社が企画・実施することに同意する』」
優芽が顔をしかめた。
「これです。外部協力会社って、RVEですよね?」
「可能性があります」
澪が続けた。
「でも、外部協力会社の名前、契約書に書いてないです」
「はい」
奈々が母親の手元を見ながら言った。
「お母さん、これ説明された?」
朋子さんは首を横に振った。
「外部の宣伝会社が入るとは聞いたけど、名前や内容までは聞いていないわ」
私は記録する。
追加同意書に外部協力会社名の明記なし。
保護者説明では「宣伝会社」程度。具体名・施策詳細説明なし。
次に澪が、自分の付箋を貼った箇所を開いた。
「『本人の個性、成長過程、葛藤、メンバー間関係性を含む活動上の要素を、宣伝上必要な範囲で活用することに同意する』ってあります」
優芽が目を丸くした。
「葛藤?」
花音の顔が強張る。
「メンバー間関係性……」
奈々が小さく言った。
「それって、不仲とかも入るんですか」
「会社側が広く解釈すれば、入ると言うかもしれません」
私は慎重に答えた。
「ただし、虚偽の不仲演出や本人が望まない涙の演出まで当然に含むとは限りません。特に人格的利益を傷つける使い方は問題になり得ます」
澪が低く言う。
「ずるい書き方ですね」
「はい」
優芽が契約書を指で叩いた。
「『怪我でも笑顔』みたいなのも、成長過程とか葛藤って言われるんですか」
「そう主張される可能性はあります」
「最悪」
花音は静かに言った。
「でも、私たちは同意していません。少なくとも、そういう意味だとは説明されていません」
「その認識を残すことが重要です」
私は四人と朋子さんに、本人意思確認書の作成を提案した。
難しいものではない。
契約書の内容について、現時点で自分たちがどのような説明を受け、何に同意していないと認識しているかを整理する文書だ。
「これを会社に出すんですか」
奈々が不安そうに聞く。
「すぐには出しません。まずは自分たちの認識を残します。必要に応じて、保護者や専門家に見てもらってから提出します」
朋子さんが頷いた。
「奈々の分は、私も一緒に確認します」
奈々は少し安心したように頷いた。
澪が言った。
「私は出したいです。すぐにでも」
「気持ちはわかります。ただ、タイミングを選びましょう」
「またそれですか」
「はい」
「こういうときほど文書、でも文書はタイミングも大事」
「その通りです」
澪は不満そうだったが、納得はしたようだった。
そのとき、私のスマートフォンが震えた。
白石瑠璃からだった。
莉子ちゃん、証言書を書きたいと言っています。
ただ、どう書けばいいかわからないそうです。
今日、短時間で相談できますか?
私は画面を見て、少し考えた。
今日の契約確認と、莉子の証言。
二つはつながっている。
過去の被害と現在の契約問題。
同じ構造を示すために、莉子の声は重要だ。
私は返信した。
夕方なら可能です。
証言書は、事実・見聞きした発言・本人の感情を分けて書くと安全です。
名前の扱いと使用範囲を必ず決めましょう。
瑠璃からすぐに返事。
ありがとう。
莉子ちゃん、昨日より少し前向きです。
私はスマートフォンを伏せた。
花音がこちらを見ている。
「昨日の方ですか」
「はい」
「証言してくれるんですか」
「その意思があります。ただし、本人の安全を最優先にします」
奈々が小さく言った。
「怖いですよね、きっと」
「はい」
「でも、話してくれるんですね」
朋子さんが奈々の肩に手を置いた。
澪は黙っていた。
やがて、低く言った。
「その人、私たちの未来だったかもしれないんですよね」
誰もすぐには答えなかった。
その通りだったからだ。
莉子は過去の被害者であり、LumiRiseが辿るかもしれなかった未来でもある。
だからこそ、彼女の証言を軽く扱ってはいけない。
「そうならないために、今動いています」
私は言った。
契約確認の最後に、私は四人へ伝えた。
「会社に対して、本人および保護者として契約書、追加同意書、外部会社との関係、SNS施策の説明記録の開示を求めることができます」
花音がメモを取る。
「開示請求ですね」
「はい。ただし、単独ではなく、保護者と相談してから。できれば四人で足並みを揃えたほうがいいです」
優芽が頷く。
「親に話します。たぶん怒りますけど」
「怒るのは自然です」
「ですよね。私も怒ってます」
澪は契約書を封筒に戻した。
「私は今日、親に全部話します」
奈々は母親を見た。
「私も、お母さんと一緒に見ます」
朋子さんは静かに頷いた。
「事務所には、私からも確認します」
その声には、母親としての強さがあった。
私は一礼した。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。佐伯さん」
「はい」
「奈々は、最近よく話すようになりました。前は、仕事のことを聞いても『大丈夫』しか言わなかったんです。でも今は、怖いとか、嫌だとか、嬉しかったとか言うようになりました」
朋子さんは奈々を見て、少しだけ微笑んだ。
「それだけで、私は佐伯さんに感謝しています」
奈々は照れたように俯いた。
私は胸の奥が少し詰まった。
「私は、きっかけを作っただけです。言えるようになったのは奈々さん自身です」
「そうだとしても、ありがとうございます」
その言葉を、私は記録には残さなかった。
これは証拠ではなく、受け取るべき言葉だった。
午後、私は本社に戻る前に、瑠璃と莉子に会った。
昨日と同じ喫茶店ではなく、瑠璃が借りた小さなレンタル会議室だった。外から見えず、録音機器もない。三人だけ。
莉子は昨日より少し落ち着いていた。
白いノートを持っている。
「書いてみました」
そう言って、彼女はノートを開いた。
手書きの文字が並んでいる。
丁寧だが、ところどころ筆圧が強い。
私は最初に確認した。
「読ませてもらっていいですか」
「はい」
「内容について、私から修正提案をすることはあります。ただし、事実を変える修正はしません。あなたの言葉を整えるだけです」
莉子は頷いた。
「お願いします」
証言書の冒頭には、こう書かれていた。
私は、三年前にスターリット・プロダクションの企画グループMilky Gateに所属していました。
当時、私たちはメンバー間の不仲を匂わせるSNS投稿と、それを利用した配信企画に参加させられました。
私は、その企画によって自分の言葉を失い、活動を続けることができなくなりました。
私はゆっくり読み進めた。
そこには、昨日聞いた内容が整理されていた。
不仲説の発生。
本音トーク配信。
台本で泣く流れが作られていたこと。
実際には相手メンバーにいじめられていなかったこと。
否定しようとしたが止められたこと。
コメント欄を見るよう指示されたこと。
過呼吸になったこと。
活動休止に至ったこと。
そして、須藤、小早川、真壁の名前。
ただし、莉子は一部で「〜だったと思います」と書いていた。
記憶が曖昧な部分だろう。
私はそこを指した。
「ここは、とても大事です。はっきり覚えていることと、記憶が曖昧なことを分けましょう」
「曖昧だと弱くなりませんか」
「弱くなるのではなく、正確になります」
莉子は少し驚いた顔をした。
「正確……」
「はい。相手は、曖昧な部分を突いてきます。だから、確実に覚えていることだけを断定し、曖昧なことは『記憶では』『そう聞こえた』と分けるほうが強いです」
瑠璃が隣で頷いた。
「美月さんらしい」
莉子は少し笑った。
「記録の人ですね」
「最近よく言われます」
莉子はペンを取り、該当箇所を書き直した。
次に、私は証言の使用範囲を確認した。
「この証言書は、誰に見せることを想定していますか」
莉子は少し考えた。
「最初は、佐伯さんと、必要なら弁護士さん。あと、記事にするなら相沢さん。でも、名前は出さないでほしいです」
「会社には?」
彼女は少し顔を強張らせた。
「今は怖いです。でも、LumiRiseの子たちを守るために必要なら、匿名でなら」
「わかりました」
私は別紙に使用範囲を書いた。
一、佐伯保管。
二、弁護士等専門家への相談可。
三、相沢記者への概要共有可。ただし実名不可。
四、スターリットへの提出は本人再確認後。
五、記事化は本人同意なく不可。
莉子はその紙をじっと見ていた。
「私の許可を、こんなに確認してくれるんですね」
「あなたの証言だからです」
「当時は、私の涙なのに、私のものじゃありませんでした」
静かな言葉だった。
瑠璃が目を伏せる。
私は言った。
「今回は、あなたの言葉です。使うかどうかも、あなたが決めます」
莉子は深く息を吸った。
「じゃあ、使ってください。私の名前は伏せて。でも、私がされたことは、なかったことにしないでください」
「わかりました」
そのとき、瑠璃が鞄から一枚の紙を出した。
「私も書いてきました」
「瑠璃」
「短いものです。でも、私の証言です」
私は受け取った。
そこには、瑠璃らしい整った字で書かれていた。
私、白石瑠璃は、スターリット・プロダクション所属アーティストとして活動する中で、過密スケジュールにより喉に不調を来したことがあります。
当時、佐伯美月氏は医師受診と休養を優先し、収録や営業案件の一部を調整しました。
その判断によって私は歌唱活動を継続できました。
一方で、会社上層部からは佐伯氏の判断が「融通が利かない」「売り時を逃す」と問題視されていたことを認識しています。
タレントを守る判断は、売上を妨げるものではなく、長く活動するために必要なものです。
私は読み終えて、しばらく言葉が出なかった。
瑠璃は静かに言った。
「美月さんが私を守ってくれたことは、私自身が証言できます」
「リスクが大きいです」
「知っています」
「会社はあなたにも圧力をかけるかもしれません」
「もう、かかっています」
私は顔を上げた。
「何かあったの?」
「昨日、神田部長から連絡がありました。『余計な人間と連絡を取るな』『佐伯に巻き込まれると仕事が減る』って」
私は拳を握った。
「記録は?」
「残しています。通話ではなくメッセージだったので」
「見せてもらえますか」
瑠璃はスマートフォンを差し出した。
そこには確かに、神田からのメッセージがあった。
佐伯の件には関わるな。
今の立場を守りたいなら、余計な発言は控えろ。
仕事の調整にも影響する。
露骨だった。
私は画面を写真には撮らなかった。
「スクリーンショットを保存して、バックアップしてください。今は私に送らなくていいです」
「わかりました」
瑠璃はスマートフォンをしまい、まっすぐ私を見た。
「美月さん。私はもう、守られているだけの新人じゃありません。自分で選びます」
その言葉は、LumiRiseの四人と同じだった。
自分で選ぶ。
それが、この数日で何度も聞いた言葉の中心にある。
タレントは商品ではない。
人だ。
意思がある。
選ぶ力がある。
その力を奪う仕組みと、私は戦っている。
会議室を出る前、莉子が私に言った。
「LumiRiseの奈々ちゃんに、伝えてもらえますか」
「内容によります」
「怖いままでも、言えたならすごいって。私は言えなかったけど、あの子は言えた。それは本当にすごいことだって」
私は頷いた。
「必ず伝えます」
莉子は少しだけ笑った。
「それから、澪ちゃんにも。言い直せる人は、悪者じゃないって」
胸が詰まった。
「伝えます」
夕方、私は本社へ戻った。
デスクに着くと、社内メールが届いていた。
差出人は総務部長。
件名:契約関連確認について
本人および保護者から契約書・追加同意書・外部プロモーション施策に関する説明記録の確認希望があった場合、総務にて受付可能です。
申請書式を添付します。
短いメール。
だが、大きな一歩だった。
総務部長が動いた。
法務の一次見解も、おそらく背中を押している。
私はすぐにLumiRiseのグループチャットへ送った。
契約書・追加同意書・外部施策の説明記録について、本人および保護者から総務へ確認申請が可能になりました。
申請書式があります。
保護者と相談のうえ、希望する人は手続きを進めましょう。
花音。
ありがとうございます。家族と相談します。
優芽。
親に見せます。たぶん秒で申請します。
奈々。
お母さんと出します。
澪。
出します。
続けて、私は莉子からの言葉を送った。
昨日話を聞いた方から、伝言です。
奈々さんへ。怖いままでも言えたなら、それは本当にすごいこと。
澪さんへ。言い直せる人は、悪者ではない。
しばらく返信がなかった。
最初に返ってきたのは奈々だった。
泣きました。
優芽。
私も泣きそう。
花音。
その方に、ありがとうございますと伝えてください。私たちも、自分の言葉をなくさないようにします。
澪からは少し遅れて来た。
悪者じゃないって言ってくれて、ありがとうございます。
私も、誰かを悪者にするための物語には乗りません。
私はその文面を見て、静かに目を閉じた。
証言は、過去の記録であると同時に、今を支える声になる。
莉子の声は、奈々と澪に届いた。
瑠璃の声は、私に届いた。
LumiRiseの声は、会社へ届き始めている。
小さな声だ。
だが、確かに増えている。
夜、私は証言書の整理をした。
青井莉子。
白石瑠璃。
神田の圧力メッセージ。
総務の契約確認受付。
法務の一次見解。
RVE契約の成果報酬文言。
ファンミ切り抜き動画。
LumiRise本人意思文書。
点は、もう十分に増えた。
あとは線にする。
そして、線を誰に、いつ、どう見せるか。
その判断を誤れば、全員が傷つく。
私は相沢へ短いメッセージを送った。
匿名証言一件、所属アーティスト証言一件の意思確認。
RVE契約の問題、本人・保護者開示請求が動きます。
まだ記事化は不可。
ただし、構造は見えてきました。
相沢から返信。
了解。
焦らず、しかし急ぎましょう。
相手はそろそろ本気で潰しに来るはずです。
その予感は、私にもあった。
ここまでくれば、黒崎たちも気づくだろう。
私を現場から外しただけでは止まらないことに。
LumiRiseが自分たちで文書を残し始めたことに。
保護者が契約確認に動くことに。
過去の被害者が証言しようとしていることに。
瑠璃が黙っていないことに。
次に来るのは、もっと露骨な排除だ。
私への懲戒か。
LumiRiseへの圧力か。
瑠璃の仕事を人質に取るか。
莉子の過去を掘り返すか。
どれが来てもおかしくない。
私は記録フォルダをバックアップし、複数の保管先を確認した。
最後に、今日の記録の末尾へ書く。
青井莉子、匿名証言の意思を明確化。
白石瑠璃、実名証言の意思を明確化。
証言は、過去の被害を再消費するものではなく、同じ構造を止めるために使用すること。
本人意思・安全・使用範囲を最優先とする。
保存。
そのとき、会社用メールに新着が入った。
差出人は黒崎常務。
件名は、緊急人事面談。
明日午前九時、常務室。
佐伯美月の今後の処遇について。
私は画面を見つめた。
来た。
相沢の予想通り、相手は本気で潰しに来る。
だが、昨日までの私とは違う。
もう、私一人の記録ではない。
証言する声がある。
契約を確認する本人たちがいる。
保護者がいる。
現場で見ていた味方がいる。
そして、LumiRiseは自分の言葉を持ち始めている。
私は黒崎からのメールを保存した。
ファイル名は、緊急人事面談通知。
それから、静かにノートを閉じた。
明日、何を言われても、最初にすることは決まっている。
理由を文書でください。
記録に残します。
その二つだ。
裏方を黙らせるには、肩書きを奪えばいいと思っているなら、間違いだ。
声は、もう私の中だけにない。
証言する人たちの中に、確かに広がり始めている。




