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第12話 白石瑠璃の選択

担当を外された翌朝、私のデスクには何もなかった。

 昨日まで置いていたLumiRiseの進行表、体調管理表、ファンミーティング台本、衣装確認リスト。すべて自分で整理して引き出しに入れたはずなのに、空いた机を見ると、急に現実味が増した。

 現場担当ではない。

 本社待機。

 言葉だけなら、ただの人事異動だ。

 けれど実態は違う。

 現場から引き離し、情報から遠ざけ、本人たちとの接点を断つための処分。

 私は椅子に座り、パソコンを開いた。

 会社用の共有カレンダーには、今日のLumiRiseの予定が表示されている。

 午前、ファンミーティング後の取材対応。

 午後、オンライン特典会。

 夕方、テレビ局打ち合わせ。

 夜、SNSライブ配信。

 私は眉を寄せた。

 夜のSNSライブ配信。

 昨日までの予定にはなかった。

 しかも、優芽の足首はまだ完全ではない。奈々はファンミの緊張で疲れているはずだ。澪も昨日の切り抜き対応で精神的負荷が高い。花音は全体を支えていた分、反動が来る。

 ファンミ翌日に、夜の生配信。

 須藤が入れたのだろう。

 私はすぐに詳細を開こうとした。

 しかし、カレンダーの詳細欄にはアクセスできなかった。

閲覧権限がありません。

 昨日の担当外しと同時に、予定詳細の閲覧権限も削られている。

 私は息を吐き、メモに記録した。

担当変更後、LumiRise予定詳細へのアクセス権限削除。

ファンミ翌日に夜のSNSライブ配信追加。詳細確認不可。

 記録は、もう習慣ではない。

 呼吸に近い。

 何かが起きたとき、残っていなければ「なかったこと」にされる。

 だから残す。

 たとえ今すぐ使えなくても。

 八時半、LumiRiseのグループチャットが動いた。

 花音。

起床しました。睡眠五時間半。体温36.4度。少し疲れがあります。

 優芽。

起きました。睡眠六時間。足首は痛み二です。昨日ちょっと張りました。

 奈々。

起きました。睡眠六時間。体温36.5度。少しぼーっとします。

 澪。

起きました。睡眠五時間。声は問題なし。気分は悪いです。

 私はすぐに返信しようとして、手を止めた。

 今の私は現場担当ではない。

 会社から見れば、このグループチャットで体調確認を続けることも「越権」と言われるかもしれない。

 だが、彼女たちが送ってきた。

 自分たちの意思で。

 ここで既読だけつけて黙れば、不安にさせる。

 私は短く返した。

報告ありがとうございます。

私は現場担当から外れていますが、皆さん自身の体調記録として続けてください。

本日の夜配信について、詳細を確認できる人は確認してください。

体調に不安がある場合は、必ずその場で伝えること。

 すぐに優芽から返る。

夜配信、昨日聞いてません。

 奈々。

私も今朝知りました。

 花音。

須藤さんから、ファンミの反応が良いので今日の夜に感想配信をすると言われました。二十一時半開始予定です。

 澪。

佐伯さんがいたら止めるやつですよね。

 私は画面を見つめた。

 止めたい。

 だが、今は現場にいない。

 勝手に会社へ抗議すれば、彼女たちとの連絡自体を止められる可能性がある。

 戦い方を変える必要がある。

まず、皆さんの現在の体調を花音さんがまとめて、須藤さんに文面で共有してください。

優芽さんの足首、奈々さんの疲労感、全員の睡眠時間を記載。

配信実施の場合は、終了時刻、内容、座り進行、コメント監視体制を確認してください。

口頭ではなく、メッセージで残してください。

 花音。

わかりました。送ります。

 澪。

こういうときほど文書。

 優芽。

もう合言葉ですね。

 奈々。

文書にします。

 私は小さく頷いた。

 彼女たちはもう、ただ我慢する段階を抜け始めている。

 相手の土俵で感情的に反発するのではなく、自分たちの状態を記録し、意思を文書に残す。

 それだけでも、大きな進歩だった。

 九時過ぎ、総務部長から内線が入った。

「佐伯さん、少しよろしいですか」

「はい」

「昨日の法務確認の件です」

 私はすぐにノートを開いた。

「結果が出ましたか」

「正式回答ではありません。口頭の一次見解です」

「伺います」

 総務部長は声を落とした。

「RVEとの業務委託契約にある『ポジティブ・ネガティブを問わず一定基準以上の拡散を成果対象に含む』という文言について、法務はかなり問題視しています」

「理由は?」

「タレント本人の名誉や心理的安全を害する可能性のある施策まで成果対象になるように読めるためです。特に、未成年者を含むグループで、本人・保護者への説明が不十分な場合、後から問題になる可能性が高いと」

 私はペンを握り直した。

「書面で回答はもらえますか」

「まだ無理です。常務案件なので、法務も慎重です」

「常務案件」

「はい。RVE契約は黒崎常務の主導です」

 予想通りだ。

「契約承認フローは?」

「最終承認は黒崎常務。神田部長と営業部長が確認。総務は手続きのみです」

「須藤さんは?」

「営業担当として企画立案側に名前があります」

 私はメモを取った。

 黒崎、神田、営業部長、須藤。

 RVE契約承認ライン。

「総務部長」

「はい」

「この一次見解について、日時と相談先だけでも記録に残してください」

「わかっています」

 少し疲れた声だった。

「佐伯さん、あなたの影響で、私も記録ばかりするようになりました」

「悪い癖ではありません」

「ええ。最近、そう思います」

 総務部長は小さく息を吐いた。

「それから、LumiRiseの契約書閲覧ですが、本人または保護者からの開示請求であれば、拒否は難しいです」

「本人たちに伝えても?」

「制度としては当然の権利です。ただし、会社側は嫌がるでしょう」

「承知しました」

「佐伯さん」

「はい」

「あなたは今、現場担当を外されています。動き方を間違えると、懲戒に持ち込まれる可能性があります」

「わかっています」

「でも……」

 総務部長は一度言葉を切った。

「昨日のファンミ、うちの娘が配信で一部見ていたんです。LumiRise、いいグループですね」

 私は少し驚いた。

「ありがとうございます」

「だから、潰さないでください」

 その言葉は命令ではなかった。

 祈りに近かった。

「そのつもりです」

 通話を切った後、私は記録を残した。

総務部長より口頭共有。

法務一次見解:RVE契約のネガティブ拡散成果対象文言に問題意識あり。

未成年者含むグループにおける本人・保護者説明不足はリスク。

契約主導:黒崎常務。企画立案側に須藤。

本人・保護者からの契約開示請求は拒否困難。

 保存。

 次の一手が見えてきた。

 契約書は、私が見るのではなく、本人たちが開示請求する。

 自分たちの契約を知る権利。

 それを会社は簡単には拒めない。

 私はLumiRiseへ送る文面を考えたが、すぐには送らなかった。

 今日はファンミ翌日。

 夜配信の問題もある。

 契約開示請求という重い話は、タイミングを見なければならない。

 そのとき、白石瑠璃から連絡が来た。

今日、例の子と会えます。

本人は、美月さんだけなら話したいそうです。

場所は彼女の指定で、夕方十七時。

来られますか?

 私は予定を確認した。

 本社待機。

 現場担当ではない。

 皮肉にも、今日は外へ出やすい。

 ただし、会社に見られている可能性がある。

 私は返信した。

行きます。

場所を教えてください。

録音なし、メモも本人の許可を取ります。

名前は出しません。

 瑠璃。

ありがとう。

彼女、今は一般人です。すごく緊張しています。

美月さんなら大丈夫だと思って声をかけました。

 私はしばらく画面を見つめた。

 私なら大丈夫。

 その信頼が、時々怖い。

 期待に応えられなかったとき、傷つくのは私ではなく、相手かもしれないからだ。

 それでも、会う必要があった。

 Milky Gateの過去は、LumiRiseの未来を守る鍵になる。

 十一時頃、LumiRiseから報告が来た。

 花音が須藤へ送った文面の写しだった。

本日の夜配信について、メンバーの体調状況を共有します。

西園寺:ファンミ後の疲労あり、睡眠五時間半。

朝比奈:睡眠五時間、精神的疲労あり。

橘:右足首に痛み二、前日のステージで張りあり。

三枝:睡眠六時間、疲労感あり。

実施の場合、座り進行、二十二時十五分完全終了、コメント監視体制、事前質問中心での進行を希望します。

口頭ではなく、文面でご回答ください。

 完璧だった。

 数分後、須藤からの返信を花音が転送してきた。

細かい。

でも昨日の反応が良いので配信は実施。

終了は流れ次第。

コメントも盛り上がっていたら拾う。

体調についてはプロ意識で対応してください。

 私は画面を見て、静かに息を吐いた。

 流れ次第。

 コメントも拾う。

 プロ意識。

 危険な言葉が並んでいる。

 澪からメッセージが来た。

これ、記録ですよね。

 私は返す。

はい。

次に、花音さんから再度確認してください。

「終了時刻が未定であること」「コメント監視体制が未定であること」「体調不良時の中断基準が未定であること」を明記して、責任者の確認を求めてください。

 花音。

わかりました。

 優芽。

佐伯さんがいないと、こういう確認しないまま始まってたんだなって思うと怖いです。

 奈々。

私、コメント少し怖いです。

 澪。

コメント欄を直接見ない形にできるか確認します。

 私は続けて送った。

事前質問だけにするよう希望してください。

生コメントはスタッフが選別して読み上げる形式。

不仲説・切り抜き・個人攻撃に関するコメントは読まない。

これも文面で残してください。

 花音からすぐに返信。

送ります。

 現場にはいない。

 でも、彼女たちは自分たちで確認できる。

 それが大事だった。

 私がいなくても、守るための手順が残ること。

 それが、本当のマネジメントかもしれない。

 午後、私は本社で引き継ぎ書の補足を作り、十五時過ぎに外出した。

 行き先は、瑠璃から指定された小さな喫茶店だった。

 新宿から少し離れた住宅街にある、昔ながらの店。観光客も業界人も来ないような場所だ。

 店の奥の席に、白石瑠璃がいた。

 帽子を深くかぶり、眼鏡をかけている。それでも、立ち姿だけでわかる。三年間担当した歌手だ。

 彼女の隣に、一人の女性が座っていた。

 二十代前半。

 薄いベージュのカーディガンに、肩までの黒髪。芸能人らしい華やかさは抑えられているが、姿勢に名残があった。

 ステージに立っていた人間の姿勢。

 瑠璃が立ち上がった。

「美月さん」

「瑠璃」

 彼女は少し笑い、隣の女性を見た。

「こちら、元Milky Gateの青井莉子ちゃん」

 女性はゆっくり頭を下げた。

「青井莉子です。今は、青井という名前では活動していません」

「佐伯美月です。今日はお時間をいただきありがとうございます」

 私は深く頭を下げた。

 席に座る前に、確認した。

「最初にお伝えします。今日のお話は、あなたの許可なく記録として外に出しません。録音もしません。メモも、許可がある範囲だけにします。話したくないことは話さなくて大丈夫です」

 莉子は少し驚いたように私を見た。

「そういう確認、してくれるんですね」

「必要です」

 彼女は小さく笑った。

「当時は、誰も確認してくれませんでした」

 その一言だけで、胸が痛んだ。

 瑠璃が心配そうに莉子を見る。

 莉子は大丈夫、というように頷いた。

「メモは取ってもらって大丈夫です。ただ、私の今の名前や住所、仕事は書かないでください」

「わかりました」

「それから、記事にするなら、私の名前は出さないでください。青井莉子の名前も、本当は怖いです」

「出しません」

 彼女は深く息を吸った。

「じゃあ、話します」

 私はノートを開いた。

 莉子は、三年前のことを話し始めた。

 Milky Gateは、スターリットと外部プロモーション会社の協力で作られた期間限定の若手グループだった。

 最初は仲が良かったという。

 全員、十代後半から二十代前半。

 小さなライブハウスから始まり、少しずつファンが増えていった。

「でも、途中から変わりました」

 莉子はカップの縁を指でなぞりながら言った。

「メンバーに役割がつけられたんです。私は泣き虫で守られる子。別の子は毒舌で怖い子。リーダーは苦労人。すごく似ていますよね、LumiRiseの資料と」

 私は頷いた。

「はい」

「最初は、キャラ付けってそんなものかなと思ってました。でも、SNSで私とその子の不仲説が出始めたんです。最初は小さな噂でした。でも、運営は否定しませんでした。むしろ、次の配信で本音トークをやることになりました」

 莉子の声が少し震えた。

「台本では、私が泣いて、その子が謝って、最後に抱き合う流れでした。実際には、その子は何もしていません。むしろ、私をずっと助けてくれていたんです」

 瑠璃が黙って彼女の手元を見つめている。

「でも、配信で私は泣いてしまいました。怖くて。台本通りに言わないと怒られると思って。そうしたら、視聴者は本当にその子が私をいじめていたんだと思いました」

 私はペンを止めた。

「その後、どうなりましたか」

「その子への批判が増えました。私のファンが、その子を叩くようになりました。私は違うって言いたかった。でも、スタッフに止められました。『今はこの流れが盛り上がってるから余計なことを言うな』って」

「スタッフとは?」

 莉子は少し迷った。

「須藤さんです」

 やはり。

 私は静かにメモした。

 須藤、Milky Gate本音トーク後の否定発言抑制。

「RVEの人はいましたか」

「いました。名前は……小早川さん。あと、真壁さんも一度だけ見ました」

 私は顔を上げた。

「真壁亮司ですか」

「はい。直接話したわけじゃないです。でも、配信の後にスタッフさんたちと話していて、『いい燃え方だった』って言っているのを聞きました」

 いい燃え方。

 あまりにも軽い言葉。

 人の心が燃えているのに。

「その後、私は体調を崩しました。コメントを見るのが怖くて、でも見ろと言われて。私を守るコメントも、その子を攻撃するコメントも、全部つらかった」

 莉子は一度言葉を止めた。

 瑠璃が小さく声をかける。

「無理しないで」

「大丈夫」

 莉子は首を横に振った。

「言いたいんです。今度は、ちゃんと」

 彼女は私を見た。

「リハーサル中に過呼吸になりました。でも、その日の夜に配信があって、出ました。泣いた顔がリアルでいいって言われました」

 私は手のひらを握った。

 爪が食い込む。

「誰に?」

「須藤さんと、RVEの人です。小早川さんだったと思います」

 瑠璃が目を伏せた。

 莉子は続けた。

「それで、私は辞めました。正確には活動休止から退所です。表向きは体調不良。でも本当は、もう自分が誰なのかわからなくなったからです。泣き虫の莉子、守られる莉子、かわいそうな莉子。そういうのを求められすぎて、自分の言葉がなくなりました」

 自分の言葉がなくなった。

 LumiRiseが今、必死で取り戻そうとしているものだ。

「LumiRiseの奈々ちゃんを見て、怖くなりました」

 莉子が言った。

「あの子、昔の私に似ています。でも昨日のファンミの映像を見ました。澪ちゃんのこと、自分の言葉で話していました。あれを見て、少し泣きました」

 彼女は小さく笑った。

「私も、あのとき言えばよかったって思いました。あの子は私をいじめていませんって。でも言えなかった」

「言えなかったことは、あなたの責任ではありません」

 私は言った。

 莉子は私を見た。

「そう言ってくれる人、当時はいませんでした」

「本当に、あなたの責任ではありません」

 私の声は、自分でも驚くほど低かった。

「言わせなかった大人の責任です」

 莉子の目に涙が浮かんだ。

 瑠璃がそっとハンカチを差し出す。

 莉子はそれを受け取り、目元を押さえた。

「今日、話してよかったです」

 彼女は少し落ち着いてから言った。

「私、名前は出せません。でも、匿名でなら証言できます。書面でもいいです。LumiRiseの子たちが同じことをされそうになっているなら、止めてください」

「必ず止めます」

 私は言った。

 その言葉が重いことはわかっていた。

 でも、言わずにはいられなかった。

「ただし、あなたの安全を優先します。証言書を作る場合も、内容、使用範囲、保管先を確認してからにしましょう」

 莉子は頷いた。

「はい」

 瑠璃が私を見た。

「美月さん。私も証言します」

「瑠璃」

「私も、過密スケジュールで声が出なくなったことがあります。美月さんが止めてくれたから今も歌えています。でも会社は、その判断を問題視していた。今回のことと無関係ではないと思います」

「あなたは今も所属アーティストです。リスクが大きい」

「わかっています」

 瑠璃の目は揺らがなかった。

「でも、黙っていたら、私もあの会社の都合のいい成功例にされます。『無理を乗り越えて売れた白石瑠璃』って。違う。私は無理を止めてもらったから、まだ歌えているんです」

 私は言葉を失った。

 瑠璃は続けた。

「それを、ちゃんと言いたい」

 彼女の声には、歌う人間の芯があった。

 三年前、喉を押さえて泣いていた彼女とは違う。

 今の瑠璃は、自分の声を持っている。

 私は頷いた。

「わかりました。ただ、順番は慎重に」

「はい」

 喫茶店を出る頃には、外は薄暗くなっていた。

 瑠璃と莉子を先に帰し、私は少し遅れて店を出た。

 すぐにノートの内容を整理し、安全な形でデジタル記録に移す。

 青井莉子匿名証言_初回面談。

 内容は慎重に。

 実名は別管理。

 証言使用不可、本人許可前提。

 須藤、小早川、真壁の発言。

 不仲演出。

 泣き演出。

 活動休止。

 私は保存ボタンを押した。

 その直後、LumiRiseからメッセージが届いた。

 花音。

夜配信、中止になりました。

 私は目を見開いた。

 続けて優芽。

私たちが文面で確認し続けたら、宣伝担当さんが「今日は公式投稿に切り替えましょう」って言ってくれました。

 奈々。

今日は休めます。

 澪。

文書、強いですね。

 私は思わず深く息を吐いた。

 彼女たちが、自分たちで止めた。

 私が現場にいなくても。

 記録と確認で、無理な配信を止めた。

 これは大きい。

よくできました。

今日は本当に休んでください。

体調記録は各自残してください。

 優芽。

褒められた!

 澪。

子どもみたい。

 優芽。

嬉しいものは嬉しい。

 奈々。

私も嬉しいです。

 花音。

佐伯さん、今日は何か進展がありましたか?

 私は少し考えた。

 全部は言えない。

 だが、希望は伝えたい。

過去に似た経験をした方から、話を聞きました。

皆さんを同じ目に遭わせないために、協力してくれる可能性があります。

詳細は慎重に進めます。

 しばらく間があった。

 花音。

その方に、ありがとうございますと伝えてください。

私たちのために話してくれるなら、とても勇気がいることだと思います。

 奈々。

私も、ありがとうございますって言いたいです。

 澪。

その人が傷つかない形にしてください。

 優芽。

私たちも、ちゃんと頑張ります。

 私は画面を見つめた。

 彼女たちは、もう自分たちだけのことを考えていない。

 過去に傷ついた誰かのことまで想像している。

 だからこそ、守る価値がある。

 夜、会社に戻らず自宅へ向かった。

 電車の窓に映る自分の顔は、疲れていた。

 でも、目は昨日より少しだけ前を向いていた。

 担当を外された。

 現場から遠ざけられた。

 だが、今日一日で得たものは大きい。

 法務の一次見解。

 RVE契約の問題点。

 本人・保護者説明不足の可能性。

 青井莉子の匿名証言。

 白石瑠璃の証言意思。

 LumiRise自身による夜配信中止。

 相手は私を現場から外せば終わると思ったのだろう。

 でも、逆だった。

 現場から外されたことで、私は外へ動く時間を得た。

 そしてLumiRiseは、私がいなくても自分たちで立つ方法を覚え始めた。

 それは、黒崎たちにとって最大の誤算だ。

 夜、自宅で記録を更新した。

LumiRise、夜配信について体調・終了時刻・コメント管理を文面確認。

宣伝担当の判断により配信中止、公式投稿へ切替。

佐伯不在でも本人たちが記録と確認を用いて過剰稼働を回避。

自律的なリスク管理の第一歩。

 最後に、莉子の言葉を書き留めた。

「自分の言葉がなくなりました」

 その下に、私は自分の言葉で書いた。

LumiRiseには、自分の言葉を失わせない。

 保存。

 そこへ、瑠璃からメッセージが届いた。

莉子ちゃん、帰り道で「初めて自分が悪くなかったと思えた」と言っていました。

美月さん、ありがとう。

 私はしばらく返信できなかった。

 救えなかった過去がある。

 でも、過去を語ることで、今を守れるかもしれない。

 その重さを、簡単に美談にはできない。

 それでも、莉子が少しでも自分を責めるのをやめられたなら、今日会った意味はあった。

こちらこそ、話してくれてありがとうと伝えてください。

絶対に無理はさせません。

 送信。

 深夜、最後にLumiRiseのグループチャットを確認した。

 花音。

今日は全員、早めに寝ます。

体調記録も残しました。

 優芽。

足冷やしました。痛み一です。

 奈々。

お母さんと契約書を見ています。難しいです。

 澪。

私も契約書を読み直しています。小さい文字が多すぎます。

 私は返信した。

契約書の小さな文字ほど大事です。

わからない部分は、付箋をつけておいてください。

明日、確認しましょう。

 澪。

やっぱりそう来ると思いました。

 優芽。

小さい文字、敵。

 奈々。

でも読みます。

 花音。

四人で確認します。

 私はスマートフォンを置いた。

 契約書の小さな文字。

 そこに、大人たちの都合が隠れていることがある。

 だが、もう隠れたままにはしない。

 明日から、契約の問題に踏み込む。

 RVEとの関係。

 成果報酬。

 説明不足。

 そして、本人たちの権利。

 スカッとする瞬間は、まだ先だ。

 でも、確実に近づいている。

 裏方が集めた記録。

 元担当タレントの声。

 過去に傷ついた人の証言。

 そして、今を生きる四人の意思。

 それらが少しずつ、一つの線になり始めていた。

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