第10話 契約書の小さな文字
ファンミーティングの最終リハーサル当日、私は朝から契約書を探していた。
正確には、LumiRise四人の所属契約書と、プロモーション関連の同意書だ。
昨日、相沢と話してから、ずっと引っかかっていることがあった。
未成年の奈々を含むグループに対して、外部会社が関与した炎上前提の施策が提案されている。
衣装、SNS、ファンミ構成、キャラクター付け。
それらはすべて、本人たちのイメージと肖像、場合によっては人格そのものに関わる。
では、その使用範囲は契約上どうなっているのか。
RVEプロモーション企画室のような外部会社に、どこまで情報や素材を渡すことが許されているのか。
本人たちは、それを理解しているのか。
保護者は、説明を受けているのか。
ここを確認しない限り、次の一手は打てない。
だが、降格された私の閲覧権限では、契約管理フォルダの一部にアクセスできなくなっていた。
パソコンの画面に表示されるのは、冷たい文字だけだ。
アクセス権限がありません。管理者に問い合わせてください。
私は画面を見つめ、静かに息を吐いた。
昨日までは見られたフォルダだ。
つまり、誰かが意図的に権限を変更した。
黒崎か、神田か。
あるいは総務部が指示を受けたか。
いずれにせよ、見られたくないものがある。
私はすぐに総務部へ内線をかけた。
「佐伯です。LumiRiseの所属契約関連フォルダへのアクセス権限が外れています。担当業務上、確認が必要なので復旧をお願いします」
電話の向こうで、総務の担当者が明らかに戸惑った。
「少々お待ちください……あ、佐伯さんの権限は昨日付で変更になっていますね」
「担当業務は継続です」
「はい、ただ、契約書類については部長以上の承認が必要になっています」
「いつからですか」
「昨日の夕方に、神田部長から依頼が来ています」
やはり。
「では、契約確認のため、閲覧申請を出します」
「申請は可能ですが、承認は神田部長です」
「承知しました。申請履歴が残る形でお願いします」
電話の向こうで、担当者が少し黙った。
「……はい。申請フォームを送ります」
「ありがとうございます」
通話を切り、私はすぐに申請を出した。
申請理由:LumiRiseファンミーティング、外部プロモーション施策、未成年メンバー稼働管理に関する契約範囲確認のため。
閲覧希望書類:所属契約書、肖像使用同意書、外部業務委託関連同意書、保護者説明記録。
送信。
五分後、神田部長から却下通知が届いた。
却下。
補佐職に契約書閲覧権限なし。
必要な事項は上長へ確認すること。
早い。
早すぎる。
読まずに却下している。
私はその通知を保存し、ファイル名をつけた。
契約書閲覧申請_却下。
そこへ、背後から声がした。
「佐伯さん」
振り返ると、宮内が立っていた。
周囲を気にしながら、小さく一枚の紙を差し出す。
「これ、昨日の夜にコピー機の出力トレイに残っていました。たぶん、須藤さんが印刷したものです。名前が見えたので……」
私は紙を受け取らず、まず確認した。
「会社の機密書類ですか」
「契約書そのものではありません。RVEとの業務委託契約の要約表です。総務の確認用みたいです」
私は紙を見る。
そこには、表形式で項目が並んでいた。
業務委託先:RVEプロモーション企画室。
対象案件:LumiRiseプロモーション強化施策。
業務範囲:SNS話題化支援、イベント演出企画、メンバー個別ブランディング、ファンコミュニティ分析。
成果報酬:指定指標達成時に追加支払い。
指定指標。
私は目を止めた。
細かい文字で、こう書かれていた。
SNS上の話題化件数、関連投稿数、イベント誘導率、個別メンバー認知指標。
さらにその下。
ポジティブ・ネガティブを問わず、一定基準以上の拡散を成果対象に含む。
私は紙を持つ手に力が入るのを感じた。
ポジティブ・ネガティブを問わず。
つまり、炎上も成果として報酬対象になる。
RVEは、LumiRiseが好意的に話題になっても、悪意で燃えても、数字さえ出れば報酬を得られる契約になっている可能性がある。
「宮内さん」
「はい」
「これはどこまで共有されていますか」
「わかりません。でも、出力したのは昨日の十九時過ぎです。コピー機のログを見れば、誰が印刷したかわかると思います」
「この紙は預かれません」
宮内が驚いた顔をした。
「え?」
「出力トレイに残っていたものとはいえ、私が持ち出した形になると危険です。まず、あなたが見つけた場所と時刻をメモしてください。可能なら、コピー機ログの保全を総務に依頼します」
「でも、証拠が」
「写真は撮ります。ただし、原紙は元の場所ではなく、総務に『出力忘れとして拾得』で渡してください」
宮内は少し緊張した顔で頷いた。
「わかりました」
私は紙面の写真を撮った。
手が震えないように、スマートフォンを両手で固定する。
小さな文字も読めるように、複数枚。
撮影後、すぐに記録フォルダへ保存する。
RVE業務委託要約_成果報酬記載。
宮内は紙を封筒に入れ、小さく息を吐いた。
「佐伯さん、これって……」
「かなり重要です」
「やっぱり、炎上でもお金が入るってことですか」
「その可能性があります」
宮内の顔が青ざめた。
「そんなの、ひどすぎます」
「はい」
「でも、こういう契約って普通なんですか」
「話題化支援として成果指標を置くこと自体はあります。ただ、ネガティブ拡散まで成果対象に含むのは、少なくともタレント本人を守る契約設計ではありません」
宮内は唇を噛んだ。
「Milky Gateのときも、そうだったんでしょうか」
「確認が必要です」
私は紙の写真を見返した。
これだけではまだ決定打ではない。
だが、炎上を利用する構造の一部が見えた。
RVEは燃えれば得をする。
スターリットの誰かも、その構造を承認している。
そしてLumiRise本人たちは、おそらく何も知らされていない。
午前十時。
LumiRiseの最終リハーサルが始まった。
今日はファンミ本番前日ということもあり、会場と同じ広さを再現したスタジオを使っている。客席位置にはテープが貼られ、立ち位置には番号が振られている。
四人は元に戻した白と淡いブルーの衣装を着ていた。
まだ仮縫いの部分もあるが、昨日の黒と赤の衣装とはまるで違う。ステージに立つ四人が、同じ朝の光の中にいるように見える。
優芽の足首はかなり回復していたが、まだジャンプは入れない。
代わりに、座り振付講座のコーナーでは、手の動きと上半身のリズムでファンが一緒に楽しめる構成にした。
「ここ、客席も一緒にやってくれるかな」
優芽が少し不安そうに言う。
澪が即答した。
「やってくれるでしょ」
「澪、そういうとこ自信あるよね」
「ファンを信じてるだけ」
優芽が目を丸くした。
「今のかっこいい」
「言わなくていい」
奈々が小さく笑った。
花音は進行台本を確認しながら、全体の流れを見ている。
以前なら、その顔には「失敗できない」という緊張だけがあった。
今は違う。
責任感はある。
でも、背負いすぎてはいない。
「花音さん」
私が声をかけると、彼女は顔を上げた。
「何か気になるところはありますか」
「あります」
花音は台本の一部を指した。
「最後の挨拶、私だけがまとめる形になっています。でも、四人で言いたいです」
「いいですね」
「時間、押しますか」
「一人十五秒ずつなら問題ありません」
「じゃあ、そこを変えたいです」
私は台本に修正を入れた。
花音が自分で背負わない選択をしている。
それは小さなことに見えて、彼女にとっては大きな一歩だった。
リハーサルが一通り終わったところで、私は四人を休憩に入れた。
温かい飲み物を配りながら、契約の話を切り出すべきか迷った。
明日は本番。
今、余計な不安を与えるべきではない。
だが、知らされないまま利用されるほうが危険だ。
私は少し考えてから、必要最小限で話すことにした。
「皆さんに確認したいことがあります」
四人の表情が引き締まる。
澪がすぐに言った。
「また何かありましたね」
「はい」
優芽がカップを置く。
「言ってください」
私は言葉を選んだ。
「皆さんは、所属契約や肖像使用、外部会社がプロモーションに関わることについて、どこまで説明を受けていますか」
花音が少し考える。
「契約のときに、親と一緒に説明は受けました。でも、正直、全部理解できたかと言われると……」
優芽も頷く。
「私も。写真とか動画を宣伝に使います、くらいの説明だった気がします」
澪は腕を組んだ。
「外部会社って、RVEみたいなところですか」
「はい」
「聞いてないです」
奈々が不安そうに言った。
「私も、お母さんと聞きました。でも、難しくて……事務所がちゃんと管理しますって言われたと思います」
「契約書の写しは持っていますか」
花音は頷いた。
「実家にあると思います」
優芽も。
「たぶん親が持っています」
澪は少し顔をしかめた。
「私、自分で持ってます。読んだけど、よくわからなかった」
奈々は首を横に振った。
「私は持ってないです。お母さんが持ってると思います」
私は頷いた。
「可能なら、契約書の写しを確認してください。写真で送る必要はありません。まず、手元にあるかどうかだけで構いません」
花音が不安そうに尋ねる。
「契約に、何か問題があるんですか」
「まだ断定はできません。ただ、皆さんのイメージやSNS上の話題化に外部会社が関わる場合、本人がどこまで同意しているのかを確認する必要があります」
「話題化って、不仲説みたいなものも含まれるんですか」
澪の声が冷えた。
「含めようとしている可能性があります」
優芽が低く言った。
「最悪」
奈々はカップを両手で握りしめた。
「私たち、知らないうちにそういうことに同意してたんですか」
「まだわかりません」
私はすぐに言った。
「契約書を確認しない限り、断定はしません。ただ、知らないまま進められていることがあるなら、確認する権利があります」
花音が頷いた。
「確認します」
澪も短く言った。
「今日、帰ったら見ます」
優芽はスマートフォンを取り出した。
「親に聞きます」
奈々は少し迷ってから、小さく言った。
「お母さんに言ったら、心配するかもしれません」
「心配させることが悪いわけではありません」
「でも、私がちゃんとできてないと思われたら……」
「奈々さん」
私は彼女の前にしゃがんだ。
「契約を確認することは、ちゃんと活動するために必要なことです。心配をかけるのではなく、一緒に守ってもらうことです」
奈々はゆっくり頷いた。
「……聞いてみます」
澪が言った。
「必要なら、私も一緒に話す」
奈々が驚く。
「澪ちゃんが?」
「うん。奈々のお母さんに、私がいじめてないって言う」
優芽が吹き出した。
「そこから?」
「大事でしょ」
奈々は少し笑った。
「ありがとうございます」
花音がそのやり取りを見て、静かに微笑んだ。
この四人は、確実に変わっている。
不安を一人で抱えず、互いに差し出せるようになっている。
午後、ボイストレーニングの後、私は総務部へ向かった。
契約書閲覧申請の却下について、正式に異議を出すためだ。
総務部長は私の顔を見るなり、明らかに困った表情をした。
「佐伯さん、今度は何でしょう」
「契約書閲覧申請の却下について、理由の詳細を確認したいです」
「神田部長の判断です」
「担当業務に必要な確認です。特に未成年者の契約説明記録と外部会社への情報共有範囲は、現場運用にも関わります」
総務部長は声を落とした。
「佐伯さん、正直に言うと、今はあまり動かないほうがいいと思います」
「どういう意味ですか」
「常務が、あなたの動きをかなり気にしています」
「契約確認を避ける理由にはなりません」
「そうではなくて……」
総務部長は周囲を見た。
「LumiRiseの契約は、少し複雑なんです」
私は黙って待った。
総務部長は言ってしまった、という顔をしたが、もう引けないと思ったのか、小さく続けた。
「通常の所属契約に加えて、プロモーション強化期間に関する追加同意書があります。外部パートナーの関与もそこに含まれています」
「本人たちへの説明記録は?」
「あります。ただ、どこまで実質的に理解していたかは……」
「未成年の奈々さんについて、保護者説明は?」
「書類上はあります」
書類上。
その言葉が引っかかった。
「実際の説明者は誰ですか」
総務部長は視線を逸らした。
「黒崎常務と、神田部長です」
「総務は同席していないのですか」
「契約締結時の事務手続きには同席しましたが、プロモーション強化の説明は別室で行われたと聞いています」
「議事録は?」
「添付されていません」
私は息を吐いた。
書類上は同意がある。
だが、説明の実態が曖昧。
外部会社の関与範囲も不明。
かなり危ない。
「総務部長」
「はい」
「私は契約書そのもののコピーを求めているわけではありません。まず、現場運用上必要な範囲として、外部会社への情報提供、肖像使用、SNS施策への本人同意の範囲を確認したいだけです」
「それでも、上長承認が」
「では、総務として法務確認を依頼してください。未成年メンバーを含む施策において、ネガティブ拡散を成果指標に含む外部委託契約が本人同意の範囲内かどうか」
総務部長の顔色が変わった。
「ネガティブ拡散?」
「RVEとの業務委託要約に、その趣旨の記載があります」
「どこでそれを」
「契約確認の必要性を示す情報として把握しています」
総務部長は額に手を当てた。
「佐伯さん、本当に……」
「面倒ですか」
「面倒です」
「よく言われます」
「褒めていません」
「承知しています」
総務部長は小さくため息をついた。
だが、完全に拒否はしなかった。
「法務には、一般論として確認します。あなたの名前は出さない形で」
「ありがとうございます」
「ただし、これ以上は私も守れません」
「守っていただく必要はありません。記録だけ残してください」
総務部長は疲れたように笑った。
「あなた、本当に記録ばかりですね」
「記録がないと、なかったことにされますので」
「……それは、そうですね」
その一言に、少しだけ重みがあった。
総務部長も、何かを見てきた人なのかもしれない。
夕方、最終リハーサルの通しが行われた。
小さなミスはあった。
奈々が一度、コメントの順番を飛ばした。
優芽が振付講座で左右を間違えた。
澪が言葉を選びすぎて黙り込んだ。
花音が最後の挨拶で、また自分一人でまとめようとした。
けれど、そのたびに四人で立て直した。
奈々が止まると、優芽が「ここで私の出番です」と笑ってつないだ。
優芽が左右を間違えると、澪が「ファンも間違えていいという見本です」と言った。
澪が黙ると、奈々が「澪ちゃん、ゆっくりで大丈夫です」と声をかけた。
花音が一人でまとめようとすると、三人が同時に「四人で」と言った。
リハーサル後、イベント制作会社の女性が拍手した。
「いいです。すごくいいです。台本通りじゃないけど、そこがいい」
宣伝担当も頷いた。
「これなら、ファンも安心して楽しめると思います」
私は四人を見た。
疲れはある。
不安もある。
でも、壊れそうな顔ではない。
自分たちで立っている顔だった。
その夜、契約確認の件で動きがあった。
澪から個別に連絡が来た。
契約書、見つけました。
追加同意書に「話題化施策への協力」って項目があります。
でも、炎上とか不仲演出とかは書いてません。
続いて、写真ではなく、澪が自分で読んだ内容を箇条書きで送ってきた。
賢い。
私が写真を要求しなかった理由を理解している。
花音からも来た。
親に確認しました。
外部会社が入ることは「宣伝協力」と説明されたそうです。
SNS上のネガティブ拡散を成果にするような話は聞いていないとのことです。
優芽。
親に聞いたら「怪我を売り物にするなんて聞いてない」と怒ってます。
明日のファンミには来る予定です。
奈々からは、少し遅れて電話が来た。
「佐伯さん」
「はい」
「お母さんに話しました」
「どうでしたか」
「最初、すごく心配してました。でも、佐伯さんの名前を出したら、少し安心してました」
「私の?」
「はい。最近ちゃんと食べてることとか、休めてることとか、澪ちゃんがいじめてないこととか、話しました」
最後の部分に、少し笑いそうになった。
「そうですか」
「お母さん、契約書を見てくれるそうです。難しいところは知り合いの人に聞くって」
「それは良かったです」
「佐伯さん」
「はい」
「私、前は大人に言うのが怖かったです。怒られると思って。でも、お母さん、怒らなかったです。もっと早く言ってほしかったって言われました」
奈々の声が少し震えた。
「泣きましたか」
「少し」
「泣いてもいいです」
電話の向こうで、奈々が小さく笑った。
「澪ちゃんみたいです」
「影響を受けました」
「佐伯さんも?」
「はい」
奈々はしばらく黙り、それから言った。
「明日、ちゃんと立ちたいです。怖いけど」
「怖くても立てます」
「はい」
通話を切った後、私は四人からの報告を整理した。
本人・保護者への説明内容と、実際の施策内容に齟齬がある可能性。
外部会社の関与範囲が曖昧。
ネガティブ拡散成果報酬について、本人説明なし。
これは大きい。
まだ法的に断定はできない。
だが、少なくとも会社内部で無視できる問題ではない。
私は総務部長へ短くメールを送った。
本人および保護者から、外部プロモーション施策の具体的内容について十分な説明を受けていない可能性があるとの情報がありました。
特にネガティブ拡散、虚偽の不仲演出、怪我・涙の話題化については同意範囲外と考えられます。
法務確認を急いでください。
送信。
すぐに返信はなかった。
だが、既読はついた。
深夜前、LumiRiseのグループチャットに最後の連絡を入れた。
明日はファンミーティング本番です。
今日まで準備してきた通り、自分たちの言葉で話してください。
体調が悪い場合は、必ず朝の時点で連絡すること。
SNSは見ない。
早く寝ること。
優芽。
明日、楽しみです。ちょっと怖いけど!
花音。
四人で立ちます。
奈々。
怖くても立ちます。
澪。
嘘の演出はしません。
私は返信した。
それで十分です。
その直後、知らないアドレスから一通のメールが届いた。
件名はなかった。
本文には、一行だけ。
明日のファンミで、全部壊れるよ。
添付ファイルが一つ。
私はすぐには開かなかった。
差出人、ヘッダー、添付形式を確認する。
怪しい。
だが、中身を確認しないわけにもいかない。
安全な隔離環境で開く。
中に入っていたのは、一本の短い動画だった。
リハーサル室の映像。
澪が奈々に向かって強い口調で何かを言っている。
奈々が俯いている。
音声は不自然に切られていた。
文脈を知らない人間が見れば、澪が奈々を責めているように見える。
しかし私は、その場にいた。
これは奈々のカメラ目線練習の一部だ。
澪は「怖いなら、怖いまま見る」と指導していた。
その前後が切られている。
悪意ある切り抜き。
ファンミ当日に出すつもりだ。
私は動画を保存し、すぐに記録する。
切り抜き動画_澪奈々誤認誘導。
手が冷える。
相沢の予想通りだった。
写真や動画を切り取った、内部告発風の偽情報。
しかもリハーサル室の映像。
社内、または関係者しか撮れない。
火元は、もうすぐそこにいる。
私は深く息を吸い、宣伝担当と宮内に連絡した。
緊急。明日のファンミ前に悪意ある切り抜き動画が流出する可能性があります。
澪と奈々の練習風景を不仲に見せる内容です。
同じ場面の前後映像が残っているか確認してください。
リハーサル記録カメラ、会場確認用動画、スタッフ撮影素材を至急確認。
そして、LumiRiseにはまだ送らなかった。
明日本番を控えた夜に、彼女たちへこの動画を見せるべきではない。
ただし、朝には説明が必要になる。
私は画面の中の切り取られた澪と奈々を見た。
誰かが、この二人の信頼を壊そうとしている。
誰かが、明日のファンミを壊そうとしている。
そして、そのために社内の映像を外へ流そうとしている。
怒りは静かだった。
とても静かで、冷たかった。
私は記録の最後に書いた。
ファンミ前夜、悪意ある切り抜き動画を受信。
リハーサル室映像を使用。内部関係者による撮影または流出の疑い。
明日、流出前提で対策を行う。
保存。
明日は、ただのファンミーティングではなくなった。
仕組まれた炎上を、会場ごとひっくり返す日になる。




