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合同合宿①

更新が遅くなりましたが合宿編スタートです。

 三年の先輩も引退し、高校生活にもすっかり慣れてブレザーも馴染んだ冬、オレと陽菜は相変わらずな距離感のままでいた。


 どちらかの家のリビングでテレビを見ていれば肩を貸すような関係のくせに、恋人というには遠い位置で。そんな関係をキープしたまま、古後との合宿を一週間後に控えていた。


「合宿はちょっと心配ねぇ」


 陽菜の家で夕食を御馳走になった後、リビングでまどろんでいると、おばさんが隣で皿洗いをしている陽菜に言った。


「泊まりでしょ? もし具合悪くなったりしたら……」


「大丈夫だよ。その時は帆立先生にちゃんと言うもん」


「でも、部員の皆に迷惑かけることになるんじゃない? ねえ、翔唯くん」


 おばさんに話を振られたオレは、ぎくりと肩を強張らせた。


「迷惑じゃないですけど……」


 正直、オレは陽菜には古後の学校との合同合宿に参加してほしくない。体調の面も心配だが、陽菜と古後が長時間同じ場所にいることが嫌だった。


「ヒヨコの体調が心配ではありますね」


「そうよねえ、陽菜、合宿はやめときなさい」


「大丈夫だもん」


 おばさんが諭すが、陽菜はゆずろうとしない。


「私、合宿行きたい。皆のお手伝いしなきゃ、マネージャーの意味ないもん!」


「でもねぇ……」


「行くのー!」


 陽菜がムキになって振り返った瞬間、陽菜の手から泡だらけの皿が滑り落ちて割れた。床に破片が飛び散り、木目に埋まる。


「何してんだよヒヨコ!」


 ソファから弾けるように立ち上がったオレはキッチンへと向かう。陽菜は小声で謝ると、散った皿の欠片へ手を伸ばした。その手首をオレが掴んで止める。


「此処はオレとおばさんで片付けるから、ヒヨコはスリッパ履いてこい。切るぞ」


「……ごめん」


 陽菜は肩を落として言った。


「カナくんにも相談してみる……。カナくんなら、反対しないかも……」


 陽菜の一言に、オレの眉間の皺が深くなる。なんでそこで古後の名前が出てくんだよ。


「ヒヨコお前さ」


「なあに?」


「あんまり古後とメールするの、やめとけよ」


「ほえ……どうして?」


「そうしてってそりゃ……あいつはライバル校だし、うっかりうちの水泳部の情報漏らしちまったら困るだろ」


「そんなことしないもん」


 陽菜は心外だと言わんばかりに、小さな唇を尖らせた。


「分かんねえだろ。お前うっかりしてるし、古後がお前から色々と聞きだそうとしたら引っかかって教えちまうかもしれねえじゃねえか」


「カナくんはそんなスパイみたいなことしないもん」


「へえ、随分カナくんを信頼してんだなぁ」


 おばさんが用意してくれたゴミ袋へ叩きつけるように破片を入れる。語尾には苛立ちが混じってしまった。


「じゃあ勝手にしろよ。合宿にも行きたきゃ行けばいい。倒れてもオレは知らないからな」


「何で不機嫌なの……。最近、ショウちゃんちょっと変だよ」


 オレを不機嫌にさせてる原因はいつだってお前にあんだよ。


 その言葉が喉元までせり上がってきたが、オレは代わりに細い息を吐いて堪えた。


 結局、陽菜は両親を説得して合宿についてくることになった。


 合宿当日までオレと陽菜はギスギスしていたが、流石幼い頃から一緒にいるだけあって、会話は少なくても登下校は一緒にしていたし、互いの親からディナーの誘いがあれば食事も共にしたし、英語の課題が出ればどちらかの部屋に上がりこんで一緒に頭を抱えた。


 オレと陽菜にとって幼なじみっていうのは家族のように絶対的なもので、言い争いをしたくらいでは離れたりしないのだ。




 冬休み、合同合宿は室内プールが併設された合宿所で、三泊四日の予定で行われることになった。


 学校からバスに揺られること一時間、緑の豊かな合宿所についたオレと陽菜は、バスから荷物を下ろしていた。ほどなくして、古後たち明南学園のバスも到着し、荷物を下ろし始めた。


 ホタテと明南の顧問が何やら挨拶を交わしているのをぼんやりながめていると、夏に会った時には伸びていた前髪を切ってこざっぱりとした古後が、こちらへ歩いてきた。


「相変わらず明るい髪やな、掛川。ヒヨコ、久しぶり」


「塩素で抜けるから仕方ねえんだよ」


 自身の短髪を撫でながらオレは言った。陽菜を交えて再会の挨拶を交わしていると、スニーカーで軽快にこちらへと駆けてくる足音が聞こえ、ついで背中に衝撃が走る。


「センパーイ! お久しぶりッスー!」


 驚いて振り返ると、天然パーマの髪をした懐かしい後輩がオレの背中にのしかかっていた。中学時代の水泳部の後輩、叶だ。


「叶? どうしてお前がこんなところにいるんだよ」


 瞠目するオレへ、叶は悪戯が成功したガキのように笑った。それから、胸の前でスイカのような形をジェスチャーしてみせながら言う。


「あのナイスバディの帆立先生に誘われたんスよ! オレ、センパイと同じように泉心高校のスポーツ推薦もらったんで、来年からはまたセンパイの後輩になるんス! だからこの合宿にも折角だし参加しておけって誘われて! だからね、センパイ」


 叶は意味深に声のボリュームを落としてオレの肩を組んだ。


「陽菜センパイとどれだけ関係が進んだか包み隠さず教えてくれて良いッスよ! もちろん服で包み隠すことなんかないくらい陽菜センパイの裸体を毎日堪能してる感じッスよね! そろそろマンネリしてきて緊縛プレイとか始めちゃう頃じゃないッスか?」


「何で久しぶりの再会なのにドン引きするぐらいゲスなんだよお前は!」


 オレは叶の頭頂部に容赦なく手刀を振り落とす。会話の内容が聞こえていない陽菜はたんぽぽの綿毛のようにふわふわとした笑みで叶へ話しかけた。


「カノちゃん、久しぶりだねー」


「お久しぶりッス陽菜センパイ! 相変わらず可愛いッスね! ちょっと髪伸びましたか? んで、そちらさんは……」


 叶の好奇の視線が古後へと向くと、陽菜が紹介した。


「明南高校の古後カナタくん。カナくんだよ」


 紹介された古後は人好きのする笑みを浮かべて会釈した。叶は意外そうに目を丸める。 


「珍しいッスね、陽菜センパイが掛川センパイ以外の名前をあだ名で呼ぶなんて」


「なに言ってんだよ」


 オレは叶の脇腹を小突いて突っこんだ。


「お前もヒヨコから『カノちゃん』って呼ばれてるじゃねえか」


「それは『叶』って名字のあだ名じゃないスか。陽菜センパイが男相手に下の名前をあだ名で呼んでる人って『ショウちゃん』呼びの掛川センパイ以外には初めてじゃないッスか」


 何気なく発せられた叶の言葉に、オレの心臓は軋むような音を立てた。


 叶にはその気がなくても、まるで古後は陽菜にとって特別だと言われているようで。陽菜自身、無意識のうちに古後は別格だと認識していそうで嫌だ。


「仲良くしてくださいね、古後さん! 夜は掛川センパイも交えて猥談で盛り上がりましょーね!」


 初夏に吹く清風のような爽やかさで言った叶に、古後は口元を引きつらせながら握手をしていた。


「ヒヨコ、合宿中はあんまりオレから離れるなよ」


「分かってるよショウちゃ……っくしゅん!」


 耳にタコが出来ると言わんばかりな陽菜は小さくくしゃみをした。オレはジャージを脱いで陽菜に放る。


「これ着とけ。それから、具合が悪くなったらすぐに言うこと。良いな」


「……はあい」


 陽菜は筋の通った鼻をスンと鳴らしながら、オレのジャージを口元へ近付けてへらりと笑った。


「ショウちゃんの匂いするね、これ。お日様と、塩素の匂い」


「……何だそれ」


 照れていることを悟られないよう、オレは小馬鹿にしたような口調で言った。陽菜はずるい。一言あれば、オレを殺すことが出来るんだから。


「うーわ、見せつけないでくださいよー!」


 叶は蚊を払うように手を振り、古後に同意を求めた。


「こんなむっさい男だらけの合宿でラブラブしやがって! 練習中にプールの底に沈められても文句は言えないッスよ! ねえ、古後さんもそう思うッスよね?」


「ん? ああ、そやな……」


 陽菜の姿を見つめていた古後は虚をつかれたように相槌を打った。環境の変化に追いつけず戸惑う人のような様子だった。


「ほんま、二人は仲ええんやな……」


 そう呟いた古後の目が少し虚ろだったことが、オレには気にかかった。


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