退職
茜は3月末で退職した。
送迎会は遠慮した。
ギリギリまで仕事をして、有給は消費せずに退職した茜のことを周囲はどう思ったかなど全く気にしなかった。
部下たちへの最期の言葉を伝えた。
「退職の時には有休を全て使って下さいね。
私は悪習慣として皆さんの記憶に残るかもしれません。
でも、これは私だけです。
私は最後の日まで皆さんと仕事をしたいだけで有休を使いませんでした。
皆さんは是非とも使い切ってからの退職して下さい。
最後の日まで、皆さんと仕事が出来て本当にありがとうございました。
皆さんの御多幸と御健康と、そして御社の御発展を心から祈念しております。
身体が資本です。
どうか、くれぐれもご自愛下さい。
今まで本当にありがとうございました。」
笑顔で茜は統括本部秘書課を去った。
統括本部長は出張で不在だった。
茜は本部長の出張の前に挨拶を終えていた。
秘書課を去った茜は、上司である大和へ最後の挨拶に向かった。
「細川副部長、お世話になりました。」
「あ………今日が最後の出勤………。」
「はい、我儘を聞いて下さり、後任を早く決めて下さり……
心から感謝しております。」
「次の職場には何時から?」
「はい、この後ご挨拶を、と思っております。」
「そうか………その後でも……少し話せないか?」
「………副部長………お話しすることは……もう、ありません。」
「茜………。」
「その呼び方は………お止め下さい。」
「もう……会えないのか………。」
「縁は無かったと思っております。」
「そうか………。」
「副部長………どうかお元気で………。」
「茜、最後にお願いだ。」
「何でしょうか?」
「名前を呼んでくれ。前のように……一度だけでいい。」
「…………大和……さん、お元気で……幸せで居て下さい。
さようなら………。」
「茜……ありがとう。
…………元気で………幸せになって………。」
大和は「さようなら」と言わなかった。
いつの日にか再び巡り逢えることを願って………。
茜は本社社屋を出た時、振り返り社屋を見つめた。
涙も努力も全てを社屋が知っているような感じがした。
そして、社屋に深く頭を下げて別れを告げた後は踵を返して、真っ直ぐに前を向いて歩いた。
茜は新しい職場を目指して歩みを進めた。




