転機
茜の部下が退職することになった。
実家の会社を継ぐためだった。
若い女子社員、そして総合職。
茜は身体に気をつけて頑張って欲しいと伝えた。
暫くして退職した彼女から会いたいと連絡が入った。
会いに行くと「課長、私の会社に入って頂けませんか?」と言う。
給与も賞与も激減する。
それでも若い彼女の役に立つなら行きたいと茜は思った。
「私が役に立つと思わないけれども……。」
「そんなこと無いです! 中森課長とこれからも一緒に働きたいです。
ただ、収入が激減します。」
「いいよ、今までの貯えもあるし、一人だからね。
子どもが居ないから大丈夫よ。」
「じゃあ!」
「ええ、お願いするわ。」
「中森課長~! ありがとうございます。」
「お礼を言って貰えるかどうかは働かせて頂いてからです。
これから、どうかよろしくお願いいたします。
社長。」
「じゃあ、私も……中森さん、よろしくお願いします。」
茜は転職を考えていた。
どうなるか分からないけれども、やってみたいと思った。
今までの会社とは違う。
中小企業で頑張れるか……今までのことを捨て去り、新しく学び直して生きていく。
そう茜は決めた。
◇◇◇◇
茜は大和に退職願を提出した。
「これは…………。」
「はい、退職をお願い致します。」
「我が社は現在、早期退職者を求めていないが?
………ヘッドハンティング……か………?」
「そのような輝かしいものではございません。
私はヘッドハンティングして頂くような功績などございません。」
「否……そんなことは無い。
………どの企業に行く?
当社より良いのか?」
「中小企業でございますので、収入面はたぶん激減致します。」
「減るのに行くのか?」
「はい。元部下の実家でございます。
私でも役に立つのなら行きたいと思いました。」
「………引き止めることは……?」
「もう決めました。」
「無理なのか………。」
「はい。」
「俺が!………俺が居て欲しいと頼んでも……無理か?」
「副部長、もう私は決めました。
なるべく早く新しい会社で働きたいと思っております。」
「後任を決めるのに時間が掛かる。」
「承知致しております。
それで、3月末の退職をお願い致します。
4月1日付けで社内異動は毎年行われておりますので……。
その時に退職させて頂ければ、と思っております。
よろしくお願いいたします。」
「決意は固いのだな。」
「はい。」
「…………分かった。後任の人選を行う。」
「宜しくお願い致します。」
茜は部屋から出て、未だ心の中に残る大和への自身の気持ちを感じた。
二度目の恋は終わっても全て消えてはくれなかった。
離れることで完璧に想い出になると茜は思った。
転職を決めた時、そんな気持ちには気付かなかった。
気付くのを怯えていたのかもしれない。
大和が独りだと知った時の哀しい喜び………を、茜は醜いと思った。
想いが残っても、それを良い想い出に代えたいと茜は思っている。
大和は茜が出て行ったドアを見つめていた。
別れた後も茜を大和は忘れられなかった。
花奈との別れは大和にとって「そうか……そうだったんだ。」と呟いて終わった。
そうなるだろうと思っていたのかもしれない。
茜が会社を辞めたら、もう茜のことを知る術がなくなった。
彼女が結婚したのかどうかを知る術はもう無い。
今度こそ、本当の別れになると大和は、それが苦しく辛い日々の始まりだと分かっている。
それも、全てあの日の己の判断故だ。
「人生は選択――とか言うな。
俺は選択を間違ってばかりだ………ふっ………。」
大和は茜への想いが終わりを告げる日がやって来るのか分からない。
ただ、この辛さも苦しさも全ては自分が蒔いた種だと自らに言い聞かせるしかない。
◇◇◇◇
花奈の再々婚は、男子を産むこと。
それを求められている。
「この子は、僕の子じゃない。
僕は、僕の子が欲しい。
僕の血を受け継いだ跡継ぎが欲しいんだ。」
「分かったわ。産むから……。」
「うん、頼むよ。」
舅や姑からも男子の出産が求められた。
花奈は産み続けた。
3人産んだが、女児だった。
4人目をもう直ぐ産む。
「今度こそは男の子でありますように!」
それが花奈の切実な願いだった。
そして、それは花奈にとっての第一子と第二子を手元から放すことも意味していた。
第一子は花奈の両親が育て、第二子は再婚相手の両親が育てている。
それらを弁護士に委ねたのは、花奈の今の夫だった。
裕福な暮らしと引き換えに、花奈は男子を産む機械になってしまったのだ。




